第14話 昇級祝い



 三体目のイグニスドレイク、別名『火竜の子』を一人で倒したレーベは始終笑みを浮かべながら解体作業をしている。メルは少々浮かれ過ぎな弟子を咎めながらも仕方が無いと笑って許していた。

 三頭分の鱗、角、牙、尻尾の核、それらを余す所なく取り切った二人は、意気揚々と山を下りた。略奪者の居なくなった山頂は再びイグニスドレイクの楽園に戻った。



 四日目の朝、レーベは何度目かの『悪魔の木炭』の強烈な臭いで叩き起こされた。

 二人は自動人形のムーンチャイルドが作ってくれた山羊肉入りの香草スープを飲みながら、今日の予定を話し合う。と言っても必要な材料を手に入れたので、朝食を食べたらテントを畳んで帰るだけだ。

 屋敷に帰ってから一旦採集品を分けて、ギルドに提出する目録を作って、毛皮なども買い取ってもらわねばならない。

 朝食を手早く食べた二人はムーンチャイルドと共に野営地を片付け、大量の採集品を手に帰路に着いた。



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 フラウ山から屋敷に戻り、採集品を仕分けした翌日。目録と買取品を携えた二人は冒険者ギルドに訪れた。

 十日近く顔を出していなかった魔女とそのペットが大荷物でギルドに来たので、他の冒険者達が注目し噂し合う。目敏い者はレーベの担いだ籠の中の赤い毛皮や長い山羊の角から、どこに行っていたのか察した。

 受付嬢は二人の認識証の提示を求めて要件を尋ねた。


「フラウ山に行って来たから、手に入れた物の目録を提出するわ。それと、そこで倒したモンスターの毛皮や角の検査と買取をお願い」


「分かりました。それでは査定もありますから、別室をご用意しますのでそちらでお待ちください」


 目録を受け取った受付嬢は一旦席を外して、二人を二階の一室に案内した。


 二階の応接室で待っていると、すぐにギルドの制服を着た中年男性が入って来た。


「お待たせした。今回の査定と審議応答をさせてもらう監督官のローゼンだ。第二級メル、第十級レーベで良かったな?」


 眼鏡をかけ、赤髪をオールバックにした如何にも仕事の出来る雰囲気を滲ませるローゼン。ちなみに監督官というのはギルドの中で職員達を監督する、かなり上位の役職だ。それより偉い者はギルド長ぐらいだと言われている。

 簡単な挨拶の後、監督官は目録にざっと目を通してパーティの代表のメルに質問する。


「フラウ山は宝石の採掘は禁止されているのは知っているだろうが、勿論手を付けていないだろうな?」


「ええ。私達には不要な物だし、金に困っているわけじゃないから触ってもいないわ。鉱石は目録にある通り、溶岩石と硫黄だけよ」


「そちらは禁止対象ではないので幾ら取っても構わない。――――アダマンタイト鉱石は?」


「えっ?あそこアダマンタイトがあるんですか!?」


「そうよ。露出してない内部や地下にだけどね。必要無いから言わなかったのよ。当然そちらも手付かずよ」


「――――ふむ。教え子の様子なら事実だろうな。よろしい。違法行為は無かったと判断する」


 ローゼンは二人のやり取りから宝石もアダマンタイトにも触れていないと判断した。

 アダマンタイトはミスリル、オリハルコンと並んで一流の武具に用いられる希少金属だ。性質は極めて剛健で、鋼の数倍の強度を誇り、鎧はまるで城の城壁のような堅牢さと言われている。反面、鉄の倍は重く、体格に優れた重戦士ぐらいしか使っていない。ただ、歴史上五人しかいない第一級冒険者の二人がこのアダマンタイトの武具を操っていたと言われており、戦士なら誰もが憧れる金属だった。

 当然先の二つの金属と並び、非常に高価なので、鉱脈では盗掘を警戒して国が目を光らせている。仮に盗掘が見つかれば、犯人は宝石の盗掘より重い死罪が待っている。

 そんな事を知らずに四日間も山に居たレーベは非常に複雑な想いを抱くが、実際にアダマンタイトを手に入れた所で自分には色々な意味で扱いきれないと分かっていたので、教えてくれなかった師の事をどうこう思う事はない。


 少し脇道に逸れたが、気を取り直してローゼンは採集品の検査を始める。

 火炎猿の毛皮、火吹き山羊の毛皮と角、その両方の内臓。イグニスドレイクの鱗、角、牙、尻尾の核。どれも普段取り扱わない品ばかりだったのでローゼンの見る目は真剣そのもの。一つ一つ丹念に調べて、書類に必要な情報をメモしている。

 一時間近く掛かった検査が終わり、レーベはごくりと喉を鳴らす。メルは慣れているのか、さほど気にせず出されたお茶に口を付けていた。


「結論から先に言う。どれも違法性は見当たらない。買い取ってほしい物を教えてくれ」


「火炎猿の毛皮、火吹き山羊の角、イグニスドレイクの鱗を三分の二、角は六本の内の半分というところね。残りはこちらで使うわ」


 ローゼンは言われた品の値を手早く計算し始めた。

 火炎猿の毛皮はそこそこの質で一枚が金貨四枚。二枚で金貨八枚。火吹き山羊の角は一本金貨五枚、二本あるので金貨十枚。イグニスドレイクの角は一本金貨十枚、三本で金貨三十枚。鱗は秤で纏めて計り、金貨四十枚となる。しめて金貨八十八枚。これだけでも一般人なら一年は遊んで暮らせる金額になる。さらにここから内臓を材料にして調合した薬を売れば、さらに金貨百枚以上が上乗せされる。メルの言う通りフラム山の入山料金貨三枚など必要経費でしかない。

 ローゼンが計算結果を職員に伝え、しばらくすると職員は身の詰まった革袋を持ってきた。


「入山料を差し引いた買取金額金貨八十二枚だ。確認してくれ」


 メルが差し出された革袋を開けて中身を確認する。全て金貨で数もあっているのを確かめた。

 受け取りのサインをして最後に認識証が返却されると、そこでふとレーベがおかしな事に気付いた。


「あの、僕の等級が十から九に上がっているんですが」


「間違いではない。今回の採集でこれらのモンスターを倒しているので、ギルドからは懸賞金は無いが経験点は加算されている。イグニスドレイクはゴブリンやオークに比べるとかなり高い点なので昇級したのだろう。それは君の正当な評価だ。おめでとう」


「あ、ありがとうございます」


 元々あと数回オーク討伐でもすれば昇級していただろうが、どんな形でも自分の成果が評価されるのは嬉しい。

 昇級が嬉しかったレーベは軽い足取りでギルドを出た。だがメルは浮かれるレーベを引き留める。


「まだ今日の用事は済んでないわよ。これから行く所があるんだから」


 そう言うとメルはレーベを連れて、街の職人通りに向かった。

 様々な職人の店が軒を連ねる喧騒に包まれた職人通り。その中の一つの武器工房に二人は入った。


「邪魔するわよ。ボルボはいるかしら?仕事を持ってきたわよ」


「――――あー?ん、なんだメルのお嬢ちゃんか。随分久しぶりじゃの」


「まったく、私をお嬢ちゃん扱いするのは貴方ぐらいよ」


 剣を研いでいた髭面寸胴の老人はメルを見て、珍しい物を見たと言ってこちらに近づく。顔なじみなのだろう。

 ボルボと呼ばれた老人はメルと何度か話し、次にレーベの身体をじっくり見定めた。


「――――ほーん。酒場で冒険者が話しておったが、本当に弟子を捕まえたんじゃな。ほんで、仕事っちゅうのはそっちの坊やの装備か?」


「そうよ。材料は持ち込みの火吹き山羊の毛皮とイグニスドレイクの鱗と角。盾と短剣が良いわね」


「あの、先生。僕の装備なのに何でどんどん話が進んでるんですか?」


 今まで師の教えは殆ど間違っていないし、千金の価値のある知識ばかりだが、流石に魔導師が戦士の装備にまで口を出してくるのは少し腹が立つ。

 弟子の憤りにもメルは淡々と、他に望みの装備があるかと逆に問いかける。

 しばらく考え込んだレーベは鎧と兜を思い浮かべたが、今着ているオリハルコン製から替える必要はあまり無い。コートなら使えるだろうが、山羊一頭分の毛皮では足りない。確かに盾なら毛皮と鱗を張り付ければ小さいのなら作れる。短剣の方は元々ドレイクの角が短いので用途が限られるが、槍の穂先としても使えるのではと思ったが、よく考えたら槍は元から得意ではない。そして予備の武器と考えれば短剣は妥当だった。

 あれこれ考えた末に師と全く同じ結論に至り、不承不承ながら納得した。


「じゃあ、盾と短剣三本でいいな。寸法を測るから上着脱げ」


 言われた通り服を脱いで腕や身長を測ってもらう。それに背筋や胸筋がどれだけあるかも直接触って調べていた。


「筋力はまあまあ。成長期だから、あと三~四年は軽い武具のままの方が良いな。盾は中型より一回り小さいのを、腕に差し込んでも手に持って使えるようにも出来る盾にしておくか。剣は短い奴で慣れてるなら、そのまま使えて投げるのもいけるヤツにしておく」


 あっさり作る武具の内容は決まった。そして出来上がりは一月後と言われた。


「代金は材料持ち込みだから、金貨で六十枚で良いぞ。支払いは後でも先でもどっちでもいい」


 メルはギルドで受け取ったばかりの金で支払いをした。あっさりとそれなりの大金が右から左に動くのを見たレーベは後ろめたさがあったが、師に言わせれば昇級祝いらしい。それに良い道具はその分長く使えて命を守るのに必要なのだから、むやみにケチるなと窘められた。

 一か月後の引き取りを楽しみに、工房を後にした二人は屋敷へと戻った。

 その日の夜は昇級祝いとしてメイドのムーンチャイルドが張り切っていつもより豪華なご馳走を作ってくれて、レーベは師と人形に最大限の感謝を述べた。


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