第11話 冬に向けての準備
ロジックス教会に泊めてもらった二人は用意してもらった朝食を食べる。メニューは固い黒パンと具のほとんど入っていない塩スープ。ロジックス教は清貧を掲げているわけでは無いが、屋敷の一流料理に慣れた二人には侘しい食事に映る。当然そんな事を口にも態度にも出す事は無い。
固くて食べ辛いパンをスープに浸して柔らかくしてから食べる二人。レーベは実家でこういう食べ方は行儀が悪いと言われて禁止されていたが、こうでもしないと歯が負けそうだった。
味はともかく、腹は膨れた二人は用も済んだのでさっさと教会を出て行った。若い修道士達も率先して死霊術を扱い、死者を意のままに操る外道とは関わりたくないのか、見送りは司祭のジョージだけだった。彼はまた今度仕事を頼むと頭を下げ、メルも一言了承して去った。結局レーベは最後まで二人の関係を聞く事は出来なかった。
街に降りた二人は今日はどうするか話し合う。レーベはそのまま依頼を受けても良いが、メルの方はしばらく考え込んでから、弟子の体を上から下まで眺めて一人で勝手に納得した。
「今日は買い物よ。貴方、冬用の服持ってないでしょうし、色々買い揃えましょう」
現在の暦は秋の後半。あと一月もすれば本格的に冬になる。メルの言う通り、今のレーベの服装では冬の野外活動は厳しい。
レーベはオリハルコン製の軽鎧の下にレザージャケットやハードレザーのパンツを装備している。なめし固めているので、なまくらの刃物や棍棒程度なら防げる防御力を有しつつ温かいが、本格的な冬装備とは言えない。今後の活動に備えて今のうちに揃えておいた方がいい。
さっそく毛皮服を扱う店に行き、あれこれ品定めをする。内陸のコーネル王国では基本的に革製品は鹿、猪、熊、兎を使う。単純に寒さを凌ぐだけなら熊皮だが、冒険者は防具を装備する兼ね合いもあるので、ある程度軽さと重ね着出来る薄さを求める傾向があった。
レーベもその例に漏れず、上下ともに下着に近い薄めの鹿皮の防寒着を選んだ。それと靴には猪、手袋は兎を選ぶ。鎧の上に羽織る外套には熊を選んだ。
値段は合計金貨六枚。金貨一枚は銀貨二十枚と交換するので、討伐報酬銀貨五枚のオークを二十四体倒した金額と同じだ。まだ一月も冒険者稼業をしていないレーベの稼いだ額より多い。当然これらは師のメルが支払った。
レーベはそれが後ろめたかったが、メルは先行投資とだけ言って弟子を窘めた。
「装備品をケチると稼ぎが落ちるし不意の事故が増えるわよ。命の危険を金で減らせるならそれに越した事は無いわ」
言わんとする事は分かるし、師匠の気遣いがありがたかった。
それとレーベばかり冬装備を買っていたが、メルが何も買わない事を不思議に思い、理由を尋ねると彼女は腕を出して、身に着けている赤い石を嵌め込んだブレスレッドを見せた。
「火のブレスレッドといって、身に着けていると外気温に関わらず、常に体温を一定に保ってくれるの。これがあれば真冬の極寒でも平気。服屋泣かせの魔法具でしょ?」
茶目っ気を乗せた笑みを見せる師に連れられて、レーベも便利だと言って笑った。
服屋で必要な防寒具を手に入れた二人は屋敷に帰るつもりだったが、そこでレーベはふと足を止める。彼は目の前の出店の商品に気を取られていた。赤と白が螺旋を描く棒を山と並べた飴屋の出店だった。
レーベも飴は食べた事はあるが、こうした出店で買って食べるような事は一度も無い。だから好奇心を揺さぶられ、ごくりと唾を飲んだ。そしてメルの声にも気付かず、店の店主に昨日の教会の依頼報酬だった銀貨一枚を差し出して買えるだけ買った。
メルは喜びに満ちた笑みを浮かべながら飴を受け取ったレーベに苦笑した。
「先生、一緒に食べよう」
弟子が差し出した飴を一つ摘んで口に放り込む。甘い、ひたすらに甘い。
「甘いわ。でもたまにはこういうのも悪くないわね」
安物の飴は砂糖の味しかしなかったが、二人は不思議とその飴がとても美味しく感じられた。周囲の住民から二人は仲の良い冒険者姉弟のように見られていた。
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「おかえりなさいませ。お二人とも、朝帰りした感想はどうですか?」
「ストーンスマッシュ」
屋敷に帰って来て畜生メイドからの第一声にメルは魔法で対応した。上から拳と同じぐらいの石が降って来て、ムーンチャイルドの頭に直撃した。彼女は暫く動かなかったが放って置かれた。
荷物を部屋に置いた二人はアトリエに居る。レーベは何を作るか知らない。
「明日採集に出かけるから、その時に使う物を作るわ。これがその材料」
メルは容器から材料を取り出す。木の枝だったが酷い悪臭がする。思わずレーベは後ずさる。
「臭いは我慢しなさい。この枝はグロアッシュの木の枝、古来から猛獣除けに使われてきたの」
それならレーベも聞いた事がある。酷い臭いがするが、おかげで肉食獣も敬遠して寄ってこない。長旅をする旅人に好まれる木だった。それに長旅で風呂に入れず体臭が酷くなるのを誤魔化す言い訳にも使えた。
メルはこのままでも使えるが、もっと臭いを強くしつつ長く使えるように加工する方法を知っているそうだ。
つまりこのような猛獣除けが必要な場所に採集しに出かけなければならないという事にレーベは気付いた。
「冬が来る前にヒグマやモンスターの居るフラウ山で採集しておきたいの。安全に眠るにはこういう予防策が幾つも必要よ」
フラウ山とはコーネル王国の中で豊富な鉱石を産出する山の一つだ。貴婦人の名を持つ山だが、その優美な名とは裏腹に幾度も噴火を経験しており、今も時折小規模な噴火をして人を寄せ付けない。そのため影では『あばずれ山』と蔑まれている。
その上、人が来ない事で野生動物や魔法生物の縄張りと化し、山全体が要塞のようになっていた。国も出来れば豊富な鉱物資源を採掘したいが、災害とモンスターによる被害を利益とで天秤にかけて放置する事を選んだ。基本的に立ち入り禁止区域だが、罰則があるわけでもないので、メルはそこで鉱物資源を採集していた。もちろんそこで何があっても自己責任の範疇になる。
「と言うわけで今からグロアッシュの枝を使った『悪魔の木炭』を作るわよ」
調合机に出した材料は硫黄、赤い石、そしてグロアッシュの枝。赤い石はフラム石と呼ばれ、砕いて粉末にすると激しく燃える性質を持つ石だ。
まずこのフラム石を金槌で細かく砕く。その砕いた石をさらにすり鉢で地道にゴリゴリと砕き続け、砂粒になるまで続ける。
二人は無言で石を磨り潰し続け、手が痛くなるころには万遍なく粉になった。
次に硫黄を取り出し、こちらもすり鉢で細かく磨り潰しておく。地道な単純作業はレーベには辛いが、時々休憩を入れつつ頑張って続けた。
どちらもメルから合格を貰え、次の段階に入る。グロアッシュの枝はナイフで手のひらの長さに切っておき、枝を硫黄と共に火にかけた釜の中に入れて、魔力を込めた棒でかき混ぜ続ける。
熱した硫黄は目に染みるが我慢して続けると、枝が光を纏い硫黄の煙を吸い始めた。おかげで目は痛くない。
十分に熱した枝に、さらにフラム石の粉末を入れてかき混ぜる。ここでも魔力を込めるのを忘れない。
数十分も地道にかき混ぜると、今度は枝が黒く変色し始め、強烈な異臭を放ち始める。その臭いは生の枝の何倍も臭くて、レーベは吐きそうになったので、途中から鼻を使うのを止めて口で呼吸していた。
枝が完全に黒く炭のようになったところでメルが火を止めた。
「これで完成よ。どう、酷い臭いでしょ?これなら嗅覚のある生き物なら耐えられなくて近づいて来ないわ」
枝はまだ熱いので金属製のやっとこばさみで取り出す。見た目はただの木炭だが、臭いは比較にすらならない。
悪臭をこれ以上撒き散らさないように陶器の器に入れて蓋をすれば完成だ。
枝の方は容器に入れたのでこれ以上臭わないが、アトリエ内に悪臭が充満していたので、二人で全ての窓を全開にして換気をした。やはりメルも作業中ずっと臭いと思っていたのだろう。
そしてこの炭はさらに手を加えると逆に水の汚れや毒気を吸収する『浄化の炭』になるそうだ。そちらは難易度が高く、まだまだ教えるのは先になると言われた。
調合の片づけをしている時、レーベはふと嗅覚の無い魔法生物はどうするのか疑問を抱き、師に尋ねる。彼女は棚から白い石を取り出して見せる。よく見ると何か赤字で文字が書かれている。
「結界石という物よ。魔力を込めると魔法生物を寄せ付けない結界を形成するの。これと組み合わせれば安心して眠れるわ」
便利な道具がポンポン出てくる。まるでここは吟遊詩人の唄う冒険譚に出てくる古代遺跡の宝物庫だ。
こうした魔法具や傷薬各種を鞄に詰め、さらに今回は鉱石を採集する為のピッケルやロープを用意した。
テントや寝袋などは折檻から回復したムーンチャイルドが既に済ませており、その日は夕食を摂って早めに就寝した。
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