第18話 領主マケラ
領主の屋敷は、貴族の館のような豪邸だった。
俺は屋敷の庭で、地面に膝をつかされ、後ろ手に縛られている。
背後に口ひげとノッポが控えているため、逃げることはできない。
領主が屋敷の中から出てくる。後ろには執事らしき人物を従えている。
「おまえか。我が領地に無断で出入りしていたのは」
領主は俺に問いかけた。
「私はこのトンビ村の領主マケラだ。
トンビ村の平和を守るためなら、怪しい人物は誰であろうとひっ捕らえて裁判にかける。
それが私のやり方だ。
特におまえは怪しい。
トンビ村の東の森で御神の木に蹴りを入れていたというではないか。
そんな事をする奴は余所者か悪党、あるいは魔物の手先に違いない。
しかもおまえがいた場所はヤブカラ谷にしか繋がらぬ一本道。
荷物一つ持たずに森のあの場所で捕まったお前は、いったいどこから来た何者だ?
……答えよ!!」
マケラと名乗る領主は、堂々とした風格を持つ大男だった。
身長二メートルはあろうかという長身。
領主らしく、身なりの良い服を着ている。
年齢は四十歳代という所だろうか。
口ひげ野郎やノッポとは違い、抜け目のないその眼光鋭い目つき。
この男に嘘や誤魔化しは通用しない。
そう思わせるような雰囲気があった。
しかしここは、女神リーナの言う通りにした方が良いだろう。
俺はリーナから教わったセリフを思い出しながらマケラに説明した。
「はい、領主様、申し開きをさせてください。
実は私は、『アリアンナの街道を東に向けて旅をしていた時に盗賊に襲われた』のです。
そして、『命からがら森の中を逃げているうちに迷ってしまった』のです」
俺は暗記したセリフをほぼそのまま、マケラに伝えてみた。
さぁ、どうなる? 本当に大丈夫なのか……?
不穏な空気が辺りを支配する。
領主マケラの顔色が徐々に赤くなっていく。
握りしめた拳がかすかに震えている。
「おまえ、よくもそんな出任せを抜け抜けと……」
マケラがそう言いかけた時だった。
ノッポがマケラに言った。
「旦那様、こいつの言っている事、あながち嘘じゃないかもしれません」
マケラはノッポの発言に耳を寄せた。
「なんだって? どういうことだ?」
「四日前に行商人の一座がアリアンナの街道で盗賊団に襲われたって噂を耳にしましたぜ。
なんでも、行商人の連中は無残に切り刻まれて街道にうち捨てられ、女子供は盗賊団に拉致されて連れて行かれたとか……」
「ああ、俺も確かにその噂は聞いたな」
口ひげ野郎がノッポの証言を裏付けた。
マケラの表情が変わった。
「あっ、そうだったな。
そう言えば私も、アリアンナ街道に盗賊団が出たとの報告を数日前に受けていたことを思い出したぞ。
……じゃあおまえは、盗賊から逃げるためにアリアンナの街道を逸れて、三日も彷徨い、とうとうあんな遠くの森まで来ていたと、そう言うのか?」
なんだかわからないが、状況が改善しつつあるようだ。リーナ様ありがとう。
「はい。そんな所です。
三日三晩道に迷って、気が付けばあの森の中だったと、そういうわけです」
俺は適当に話を作りながら弁明を続けた。
「おまえさん、そんな事情があったなら、俺達に始めからそう言えば良かったんだ」
ノッポが俺の肩に手を置いて言った。
「よし、縄をほどいてやれ」
マケラが口ひげとノッポに命令し、俺は拘束から解放されて立たされた。
「済まなかったな。
お主を捕らえた場所が場所だっただけに、魔物の手先か、はたまた魔物そのものかと警戒していたのだ。
疑いが晴れたからには、お主を客人としてもてなすこととしよう」
かくして、俺は領主マケラの客人として屋敷の中に招かれることとなった。
俺は食堂に通され、肉や魚、野菜に果物、色とりどりの御馳走を振舞われた。
「これは数々の非礼の詫びだと思ってくれ」
マケラはそう言って、俺に食事を勧めた。
俺はといえば、今朝方まずいパンと干し肉を一欠片食べただけであるので、まともな食べ物を目の前にして食欲を抑えることもできず、モリモリむしゃむしゃと平らげてみせた。
特に旨かったのはスープだった。トロミがついていて、肉とも魚とも言えないコクがある。
「このスープ、旨いです。
肉のような味もするし、魚のような味もするし、食材は何ですか?」
俺は思わず質問した。
「それはスライムのスープだ。
天然物のスライムだから臭みがなかろう」
マケラが説明した。
「こっちのサラダも美味いから食ってみろ。
森エビの刺身と畑野菜だ」
メインディッシュはチキンの丸焼きのように見える料理だった。
ニワトリほどの大きさがあるが、大きな耳がついているその生き物の丸焼きも、旨かった。
そもそもこの世界の料理の味付けは塩とほんの少しのスパイスを使う程度であるようで、どの料理もやや大味で単調な印象ではあったが、あらかた平らげて満腹になった。
「ところで客人、名前を聞いていなかったな」
マケラは俺に聞く
「私の名前はプッピといいます」
リーナに注意された事を思い出し、俺はプレイヤーネームを名乗った。
「プッピ……プッピ……どこかで聞いた名前だ」
マケラは俺の名前を聞いて、何かを思い出そうとしている。
「思い出した!
ここより遥かに北のシャムタの寺院の僧正、ネリプの息子だ!
そうだろう?」
「あっ……。えーと、そうですそうです。
ネリプの息子のプッピです」
ついつい口から出任せを言ってしまったが……
「ネリプは気の毒なことだったな……」
マケラが祈りのポーズをして両手を捧げる。
「ネリプの死後、息子プッピは旅に出て行方不明と聞いていた。
まさか、こんな所でネリプの息子に会えるとは……。
嬉しく思うぞ」
マケラが目に涙をウルウル浮かべて俺に言う。
「プッピ、お主はマケラの事は覚えてなかろう。
最後に会ったのは、お主がまだ赤子の時だったからな。
今は放浪の旅をしているのか?
それとも何か職に就いたか。
そういえば行商人の一座と同行していたのだよな。
商人になったのか?」
商人……。
この世界の“商人”について予備知識がないから、これ以上誤魔化しトークは難しいぞ。
はて、なんと答えれば、この場を切り抜けられるだろうか……。
「マケラ様、実は私は、看護師を目指して旅をしながら修行を続けているのでございます」
とっさに、こんなセリフが口から出てしまった。
曲りなりにも看護師免許を持っている俺が、何か出来る仕事があるかといえば、そのまま看護師くらいしか思いつかないのだ。
「看護師? 看護師とは、いったいどんな職業なのだ?」
中世ファンタジー世界に看護師という職業の概念はないのだろう。
当然、マケラは質問してきた。
「えーとですね。
怪我や病気をした者を助ける手伝いをする職業です」
「怪我人や病人を助ける手伝い……。
ふーむ……」
マケラは肩肘をついて俺を見詰めながら、何か考えている。
「プッピよ。そのカンゴシという職業の修行がどこまで進んでいるのか知らんが、一つ頼みを聞いてくれぬか?」
会食ののち、俺はマケラの娘の部屋に案内された。
部屋には豪華なベッドがしつらえてあり、年の頃二十ばかりの女性がそこに横になっていた。
「次女のノーラだ」
「はじめまして。客人様」
ノーラはベッドに横になったまま、俺に挨拶をした。
「ノーラは妙な病気を患っておる。良ければ診てくれぬか?」
俺は焦った。
確かに十年間看護師をしてきたが、オムツ交換だの認知症老人の話し相手だのをしてきただけで、医者のような診療をすることなど到底できない。やったことがない。
「マケラ様、せっかくですが私は修行中の身で、とても病気の診察などはできません」
「まぁ、そう言わずに話だけでも聞いてやってくれ」
こうして俺は、半ば強引に、マケラの次女ノーラに対し、診療の真似事をすることとなってしまった。
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