【7-3話】
今日何度目になるか分からない、緊張を孕んだまま、僕らは書店を出た。再び会話が始まったのは、店外に出て、十秒くらいの沈黙の後。
「それにしても先輩、やっぱりすごいですね。こんな良質な問題集を知っているなんて」
「僕もそれを偶然見つけたんだ。僕も長文読解が苦手だったからね」
「何であまり注目されていないんでしょう?」
「多分、無名な出版社だからだと思う。僕もそれを偶然書店で見かけたときは半信半疑だったけど、実際に解いてみたら大満足だった。黄倉さんにも勧められて良かったよ」
多分、一年くらいしたらその良さに気づく人が増えて売れると思う。僕はそう思っている。質の高い商品というのは、そういうものだ。
「
「そうかな? 今のところ、教員免許を取る気はないけど」
「あと、弁護士なんかも向いていそうですね。風紀委員長の灰川先輩にぴったりです!」
「かもな。カタブツ委員長を十分に活かせそうだ」
僕の冗談に、黄倉さんは笑ってくれる。何だか黄倉さんも、言葉を区切るいつもの話し方ではなく、自然と話してくれている感じ。
「考古学者なんて、どうですか?」
「え? なぜ、考古学者?」
「みんなの知らない参考書を発掘したじゃないですか? 以前、自分でも成功すると思っていなかった案を引き出してくれましたし。先輩、発掘が得意かもしれませんよ?」
「それはまた、面白いモノの見方だなぁ。全然考えたことすらなかったよ。それなら、黄倉さんは企画の仕事とかが向いていそうだ」
「企画……ですか?」
「あぁ。営業は向いていなくても、人の思いつかない案を出すことができるだろ? いわゆる作戦参謀ってところだ。頭のキレる作戦参謀。サバイバルゲームとかで重宝されるかもね」
「もぉー。からかわないでくださいよ~」
僕がいたずら心を込めて言うと、黄倉さんはちょっとぷくっと頬を膨らす。なんか新鮮。こんな風に感情を現わにすることって、今まであまり見たことない。
「ごめんごめん。それより、どこか行きたいところとかあったら遠慮なく言ってくれ」
「い、いえ! 先輩の方こそどこか、ありませんか? 自分の行きたいところは後回しでいいですよ!」
「いや、そんな! 僕の方が後でいいよ。黄倉さんの行きたいところに!」
「いえ、先輩の行きたいところに!」
「いやいや」「そちらがお先に」と互いに遠慮し合う。周りから見るとバカみたいな会話だよな、本当。
「ノックしてもしも~し。ノックしてもしも~し」
と、そんなやりとりをしていると、後ろからキチガイに声をかけられた。何事かと思って振り返ると、キャップを被った女性が見知らぬハンカチを差し出していた。
「これ、落としませんでしたか?」
「いえ、僕のじゃないですね」
「自分でもないです」
ハンカチに目線を落としながら僕と黄倉さんが答えると、キャップを被った女性は軽い口調でこう答えた。
「あ、これ、私のでした♪ 失敬失敬」
「は?」
なんだこいつ。頭おかしいのか?
そう思って目線を上げ、僕は固まった。
キャップの下から垂れる汚れを知らない白銀色の髪。美しい白い肌。高校生特有の幼さを伴った宝石のように綺麗な容姿。
目の前にいたのは、軽く下を出してふざけた態度をとる、心の真っ黒な堕天使だった。
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