【5-2話】
実害はほぼゼロ。女子高生のスマホが壊れたかもしれないが、彼女らに怪我はない。
「(読み通りだ! 僕が『軽い』と思った規則違反は、能力の規模も小さい!)」
筋道が見えた気がした。真っ暗闇のトンネルに光が差し込んだ気分。
あとは、違反者を見かけてもなるべく怒りを抑えるようにすれば……、世界は救われる!
ちょうど、朝日が辺りを照らし始めた。僕は一層の気を引き締めて、自宅に帰った。
「兄さん、おかえり」
「ソラ、起きていたのか」
普段はまだ寝ている妹が起きて出迎えてくれた。まだ眠そうだけど。
まぁ、七時になっていないしな。小五には早い時間だ。
「何だか目が覚めちゃって」
「そっか。待っていてくれ。すぐに朝ごはん作るから」
僕はそう言って、汗で濡れたジャージを着替えるために脱衣所へと向かう。
「兄さん」
そんな僕に、ソラが再び声をかける。
「何かイイことあった?」
さっきまで寝起きの顔をしていたソラは嬉しそうだった。僕もそれに対して、ニッと笑って返答する。
「あぁ。あった!」
僕は能力を使いこなしてみせる。
安心してくれ、ソラ。僕はソラが尊敬できる兄で居続けてみせるぞ。
滅びを望む天使になんて、絶対に従わない!
*
昨日一日で、僕の不確かな推測は確信に変わりつつあった。
登下校や学校内で、比較的「軽い」と思える違反を探し、能力発動を試みた。中には、普段は気にならないような、ものすごく些細なことまで目ざとく。
ゴミのポイ捨て。
犬の糞の放置。
歩きスマホ。
女子の必要以上の化粧。
等々。
その結果、それらの中にも被害の大小はあれど、死者を出すほどの怪奇現象は起きなかった。一番被害が大きかったもので、火傷。タバコのポイ捨てによるものだった。死者が出なかっただけマシだと言える。
ただ、死者を出していないとは言っても、小さくても被害と呼べる被害は出してしまっている。まだまだ訓練が必要だろう。
余裕を持って生活していると、心構えも変わってくる。怒りを抑え、心を落ち着けて生活することができている。これがでかい。
能力の乱発は、平常心であれば防げる。それを実感させられる。
三限終わりに廊下を歩いていると、同じクラスの男子生徒が隣のクラスの友人から漫画を借りているのが目に入る。
普段であれば風紀委員として近寄って注意するところだが。
「あれ? これ、めっちゃ濡れてるじゃん!」
「え? ……うわ! マジだ! 昨日買ったばかりの新作なのに!」
「水筒の中身でもこぼしたのか? それとも、雨に濡れたか?」
「俺、水筒持ってきてねぇよ! ウソだろ!? 今日は小雨じゃん! カバンも全然濡れてねぇよ!」
騒ぐ漫画の持ち主。
それを確認したところで、僕は彼らに近づく。
「校内への漫画の持ち込みは校則違反だ」
「げ!
「没収するから漫画を出すんだ」
同じクラスの男子生徒はしぶしぶコミック本を取り出し、僕に手渡す。その本は、見事に濡れていて、ページによっては読めない箇所もあった。
「これは君たちがやったのか?」
「いや……。聞いてくれよ、灰川! 俺が気づかないうちに何故かそんなことになっていたんだ! カバンは全然濡れていないんだぜ!?」
「不思議なこともあるもんだ」
「だろ? 没収でも何でもしてくれ! もうその漫画は読めないしな」
「分かった。処分しておく。もう持ってくるんじゃないぞ」
「は~い」と気の抜けた返事で応じる男子生徒。僕は濡れた漫画を片手に自分の教室へ歩き出した。
「(すまない……)」
校則違反をしたのだから自業自得ではあるが、没収という形でなく、漫画そのものをダメにしてしまったことには罪悪感がある。
これも死者を出さないため。「強制遵守の力」のコントロールのため。許してほしい……。
僕は男子生徒たちに心の中で謝罪した。
「(だが、何となくだが使い方が分かってきた気がするぞ)」
昨日と今日でおよそ十五件。それだけの経験値を積んで、多少見えてきたことがある。
能力を発動する際のスイッチ。強制遵守させる方法。
これらが、感覚的に分かるようになってきた。
昨日の時点ではどのような現象が起きるかまでは分からなかった。それが、たった一日半でこれだ。このまま行けば、割と早く能力を制御できるようになるかもしれない!
「(よし、このまま気を抜かずに)」
能力習得に努めよう。僕は揺るがぬ決意のまま、教室へ向かった。
*
昼休み。
僕は風紀委員会で雑務をこなしていた。昼食を片手に、昨日やりきれなかった仕事を片付けていく。
普段は昼休みに誰も来ない風紀委員室だが、今日は違った。
「あ、灰川先輩」
扉を開けて入ってきたのは、副委員長の
「あの、灰川先輩。昨日は、大丈夫だったんですか? あの、……昨日起こった怪奇事件の後、すごく怖い顔をしていましたけど……」
そうだった。プリファを問い詰めるために、黄倉さんには先に帰ってもらったんだっけ。
「ああ。すまなかった。あんな恐ろしい事件の後なのに、ついていてあげられなくて」
「い、いえ。それは、いいんですけど」
黄倉さんは控えめな声で応じる。怖い思いをさせてしまったかもしれない。僕も気が気でなかったとは言え、黄倉さんの気持ちも考慮すべきだったかもしれないな。
「そ、それで、もう大丈夫なんですか?」
「あぁ。突然起こった怪奇事件にちょっと驚いてしまっただけだ。黄倉さんも同じ体験をしたのに、あんなに取り乱してしまって、情けない」
「い、いえ。仕方ないと思います。あんなの、平気な人はいません」
黄倉さんの暗い表情に責任を感じた。自分が望んでやっていることではないとはいえ、原因は僕だ。元凶はともかく、能力を発動しているのは僕なのだ。
一刻も早く、何とかしないといけないな。
*
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