長編 元歌舞伎町ホスト代表だったけどなんか質問ある?
Dio
第1話 幼少期
「お母さんを殴らないで」
親父が怒り狂って母親を蹴ったり殴ったりしている。
それを守ろうと必死に足掻き、盾になろうとしている小さなガキが自分だ。
母親が殴られた原因は、勝手に高価なネックレスを買って借金を作ったことだった。
それを知ったのは17歳の時になるが、今は5歳頃の話になる。
母親は古ぼけたアパートの二階の台所でよくコソコソとタバコを吸っていた。
ある時、昼間にたまたま親父が帰ってきた。
慌ててタバコを消して煙を手であおぎ、あたふたしていたのを見た。
小さい子供の自分は思った。
悪いことをしているんだ・・・
その記憶があるせいか、自分はタバコを吸う女は生理的に受け付けない。
ある日、母親は知らない男を家にあげていた。
あっちに行ってなさいと母親に言われた時、また悪いことをしていると思っていた。
その日の夜、親父が殴りながら無理やり母親を犯している。
「触らないでやめて」
母親が必死に抵抗している光景が自分の心深くにある一番古い記憶になった。
自分を産んでくれた母親のことなのに記憶はそれぐらいしかない。
それからほどなくして親父と母親は離婚をした。
母親との最後の日、親父がどちらについていくか選べと幼い子供に言ってきた。
母親が悪い人だと認識があったので迷わず、自分は親父を選んだ。
オロオロしていた双子の妹も泣きながら親父を選んだ。
それから母親が死ぬまで会うことは一度としてなかった。
それからおじいちゃんとおばあちゃんの家に住むことになった。
かなりの田舎で近くにコンビニや家すらなく、道路も草が生えているほど整備されていない所だった。
おばあちゃんは、とても優しく幼稚園などの送り迎えや夜中にトイレに起こしてくれたり、自分が食べたいものを言えば、なんでも作ってくれた。
自分はそんなおばあちゃんのことが好きになった。
ある時、駄菓子が食べたくて買いに行こうとした。
その頃の自分は幼かったため、お金の価値など分からない。
家にたまに来る色んな物を売ってくれるトラックの人におばあちゃんが一万円を出しているのを思い出した。
真似をしておばあちゃんの財布から一万円を持って駄菓子屋にいった。
駄菓子屋で1万円を出したら明らかにおかしいと思った駄菓子屋の店主がうちのおばあちゃんに連絡して迎えをよこした。
そして、おばあちゃんに初めて怒られた。
お金をくすねたことや妹を連れて駄菓子屋に来たことなども怒られてかなり反省した。
ただ、おばあちゃんの説教も終わりかけた時に言われた。
「やっぱりあの母親の子供だわ」
衝撃的な一言だった。
子供の自分が大きなショックを受けたのはこれが初めてだった。
表向きに優しくても心の奥底で思っていることは違う。
子供ながらにその時に理解した。
それからおばあちゃんのことを好きになることをやめた。
家に帰ったらおじいちゃんにハエ叩きで殴られた。
鞭のようにしなるハエ叩きは幼い自分にとっては、かなり痛かった。
それがきっかけで、ハエ叩きがおじいちゃんの愛用の武器になった。
ある時、おじいちゃんがメガネを探していた。
おじいちゃんのメガネは本人の頭の上にあったのを見つけた。
頭にかけていたおじいちゃんのメガネを指差して笑った。
それを怒ったおじいちゃんはハエ叩きを手にとってすごい強さで叩かれた。
おじいちゃんと話すとろくなことにならないと悟った自分は、話しかけることをやめた。
ご飯を食べている時に、リモコンを手に取ろうとしたおじいちゃんを見て、ビクッとした自分がいた。
リモコンの先にハエ叩きがあったからだ。
完全にハエ叩き恐怖症になっていた。
ハエ叩きがあまりに怖いのでこっそり山に埋めることにした。
それをこっそり見ていた妹がおじいちゃんにチクった。
かなり怒られたが、愛用のハエ叩きがないのでガミガミいってくるだけだった。
幼い自分の中で初めて閃きを感じた。
人の武器を隠すことは有効なことだと学んだ。
そんなおじいちゃんとおばあちゃんとの生活から何年かたったある日、父親が初めて顔を見せに帰ってきた。
父親は一緒に暮らすために引っ越す計画を話した。
妹は拒否していたが、自分はついていくと言った。
結局、兄弟三人は父親と共に都会に引越しすることになった。
別れの時に、おばあちゃんと妹達は泣いていたが、自分は1ミリも泣くことはなかった。
悲しい気持ちより心にできた傷が大きく、感情的にもならなかった。
ただ、これから引っ越す場所が楽しみだった。
引っ越し先は、都会で近くにコンビニやスーパーなどもある所で、道路もしっかり整備されていた。
田舎との違いにワクワクした。
家の近くに着くと、マンションのベランダから手を振る女の人がいる。
「あれは新しいお母さんになる人だ」
と、親父が言った。
家に着くと笑顔で女の人が招き入れた。
新しく母親になる人らしいが、自分は一切そんな気になれなかった。
おじいちゃんとおばあちゃんの件で優しいのは最初だけというのが、わかっていたのでこちらから歩み寄るようなことは一切しなかった。
ただ、最初の家族会議でお母さんと呼ぶことは決まった。
母親に歩み寄ることはしなくても子供なので、ご飯を食べないと生きていけない。
ある日、晩御飯が遅くなった時があった。
母親にお腹すいたと言ったら、その一言で腹を立てたらしく、ご飯を茶碗の6倍ぐらい高く盛られた。
これを全部食わないと寝かせないと言われた。
テーブルの裏にご飯を貼り付けたり、トイレに吐きながら6時間かけてすべて食べた。
母親にわがままを言ったのはこれが最後だった。
門限六時を過ぎて六時半に家に帰ったことがあった。
遅くなったことを母親が親父に報告して怒られたが、叱り方が甘いと母親が言った。
それで、ベルトでお尻を1分に一回というルールで、30発打たれた。
お尻が腫れてミミズ腫れになり、血が滲んでいた。
まともに立てないし、座れない状態になった。
部屋でお尻をコンクリートの冷たい壁に押し当てて冷やした。
冷たい壁に血がついていた。
仰向けで寝ることにしたが、痛すぎてその日は寝れなかった。
母親がここまで厳しくするには理由があった。
親父は母親を月20万で家政婦として雇っていた。
そのため、母親になろうとする気持ちはなく、単純に自分を嫌っていたので、厳しくしていた。
当然、そんな母親を好きになることはなく、自分と家族の溝は深くなっていった。
時代がバブル絶頂期から不景気に移行したこともあり、親父は母親にお金を渡す余裕がなくなり、母親は家を出ることになった。
それから、親父と三兄弟の生活が始まった。
血の繋がった家族だけになったせいか、かなり楽だった。
いやなことなど何もなかった。
ただ、小学校の運動会、全校生徒とその親が風呂敷広げて昼ご飯を食べている時に、周りの家族と比べて、母親のいない自分の家族に少し寂しさを感じた。
ある時、母親がいないことを友達に言われてカッとなって喧嘩した。
自分は体育の授業の整列の時、必ず前へ並え!の号令で、一番前の腰に手を当てる人だっため、背が低いチビだった。
喧嘩の対戦相手は体格が大きくボス的なやつだっため、あえなく喧嘩はぼろ負けした。
悔しくて喧嘩が強くなる方法がないか、友達に聞いたら空手をやってる人がいると聞いた。
親父に空手をやりたいと懇願して空手を習うことにした。
空手の稽古は楽しかったが、事件が起きた。
稽古中にどうしてもトイレに行きたくて、めちゃくちゃ恐い先生に
「トイレいっていいですか!!」
と、大声で叫んだ。
先生はもう少しで稽古が終わるから我慢しなさいと言われたがもうすでに遅かった。
その場で漏らしてすぐに先生にトイレに行け!と言われて走り始めたら自分のおしっこで滑って転んでみんなに笑われた。
あれほど恥ずかしかった記憶はないが、トイレは我慢してはいけないということを学んだ。
給食を食べている時に牛乳が嫌いな生徒が無理やり先生に牛乳を飲まされて、その場で吐いてしまった。
周りの生徒は、気持ち悪いという表情を浮かべ、先生は怒っていた。
吐いた本人はどうしていいかわからないから泣いていた。
自分は、吐いた物を雑巾で拭き掃除を率先して始めた。
おしっこ漏らした時の自分と重なって、恥ずかしい思いがわかったからだった。
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