am03:13~

   am03:13


 背中越しに二発発砲し、従業員フロアに入った護送者は周囲を見渡す。

 惣菜の調理場らしく、調理具が多く見られる。奥のドアは事務所と表示が貼り付けられている。

 そこへ向かおうとして、棚の角に足を引っ掛けてしまい、置かれていたものが落下し、紙の包みから白い粉末が零れた。

 薄力粉と表記されている。

 いわゆる小麦粉だ。

 揚げ物に使うのだろう。

 男はそこで足を止め、次には棚戸を開き、中に保管されていた大量の小麦粉の袋を見つける。

 そして食品売り場にいる追跡者の動く姿を確認したため、一旦牽制として、弾倉が空になるまで撃ち込む。

 ホームパックのジュース類が内容物を四散させ、追跡者にシャワーを浴びさせる。

 そして棚の中の小麦粉を抱えられるだけ抱えると、奥の事務所へ走り、鍵のかかっているドアを蹴破って室内へ入ると、小麦粉の封を破り、内容物を散布する。

 三袋もしないうちに事務室内は白い粉末で充満した。

 調理室でなにかが転がる音がした。

 発火能力者が侵入して来た。

 まだ早い。

 事務室入り口に備え付けてある消火器を手にすると、調理室へ向けて噴射する。

 そして消火器そのものを消化剤がまだ噴射している状態で投げつけた。

 そして事務室の窓を開け、屋外へ出るついでに、最後の小麦粉の袋を一つ室内へ投げるように撒き散らすと、全力で走った。



   am03:15


 奥田佳美は調理室へ入った途端襲ってきた白い粉に、再び戦慄を感じ、いったん退却しようとした。

 しかし慌てていたせいか転がっていた鍋に躓き逃げ遅れる。

 白粉に包まれたが、しかし今度は目に刺激反応は現れなかった。

 そしてボールペンの代わりに転がってきたのは、消火器だった。

 粉塵は消火剤だ。

「くそ、こけおどしか」

 奥田佳美は怒りを感じる。

 ガスに消火器、さっきはジュースを頭から引っ掛けてくれた。

 事務室を窺えば、ここも煙幕代わりの消火剤で充満している。

 だがそんな小手先の策など通用しない攻撃を食らわせてやればいい。

 奴の潜む事務室に小型火球をばら撒こうと、限界形成数の二十四個の火種を形成した。 威力は抑えられ、近距離でしか使えないが、これで避けることはできない。

「ツカサ、奴は食料品店の事務室だ。今から突入する」

 耳が回復してきたのか、返答が微かに聞こえた。

「待て! 俺が到着するまでそこで待機しろ! あと三十秒で付く」

「到着した時には奴の死体を見せてやるよ」

 事務室のドアを蹴破って、火球を乱射した。

「死ね!」

 弾ける炎の乱舞が花火のように綺麗で、しかし次には特大の花火が彼女を襲った。

「え?」

 迫る赤と白光の乱舞に、疑問を上げた瞬間、ダイナマイト数本分に及ぶ爆風が、彼女を事務所のドアから調理室の端まで吹き飛ばし、体を壁に錐揉み状態で叩きつけた。

 即死だけは免れた彼女の瞳に、事務室から巻き上がる炎が映る。

「……ど……どう、して?」

 呼吸も困難を伴う状態で発したその疑問の本質を、彼女自身理解していたのだろうか。

 粉塵爆発。

 可燃性物質の粉末が閉じた空間に一定量空中に浮遊している状態で、なんらかの火種が起こると、粉末に引火し爆発が発生する。

 昔は炭鉱などでよく起きた事故で、炭鉱労働者はこの現象を恐れていた。

 しかし彼女が疑問に思ったのはそんなことだったのだろうか。

 彼女にとって炎は友達だった。

 自分の意思でいつでも生まれ、いつでも側にいてくれる友達。

 近所の同年代の子供たちを恐れさせ、ムカつく両親から早く自立させてくれ、研究所も評価し認めさせた存在。

 全ての人間から優越させてくれる、けして裏切らない味方だったはずなのだ。

 その炎が自分を傷つけた。

 けれども彼女は考えたことがあるだろうか。

 火は友達であるとか、仲間であるとか思わない。

 そんなこと考えない。

 そんな構造自体していない。

 火とは化学変化に伴う現象に過ぎないのだ。

 そして№42・奥田佳美にはそのことに気がつく時間は永遠に失われた。



   am03:16


 スポーツ用品店の付近を探索していた№31・仲峰司は、耳鳴りの治まらない鼓膜に、微かに届いた奥田佳美の連絡をかろうじて聞き取って、食料品売り場に走った。

 階段を下りたが標的の姿を見失い、結果、まったく反対側に移動してしまったようだ。

 全速力で食料品店に向かうが、進行方向から爆発が起き、仲峰司は咄嗟に身を伏せた。

 その後銃声が続く。№42・奥田佳美が戦いを始めている。

 流れ弾を警戒して、靴屋の前で少しの間、様子を窺っていたが、この場に留まっても事態収拾に繋がりそうもない。

「ツカサ、奴は食料品店の事務室だ。今から突入する」

 耳が回復してきたのか、連絡が比較的明確に聞こえた。

「待て! 俺が到着するまでそこで待機しろ! あと三十秒で付く」

 仲峰司は再び食料品店へ走った。店舗を一軒挟んで中央ホールが見えた。

「到着した時には奴の死体を見せてやるよ」

 食料品店の奥から爆発音が轟き、仲峰司は咄嗟に身を伏せた。

 しばらく様子を見て進展がないと見なすと、身を低くして前進する。

 やがて調理室へ辿り着き、その有様に眉根を顰める。

 爆薬を大量に起爆させた後のように、食器棚類は半ば潰れかかって倒れ、壁のタイルは剥がれ落ち、室内は半壊状態だ。中央ホールの火災といい、市街地での戦闘といい、周囲の被害や事後処理を考慮していない。

「№42、少しは手加減を考えろ」

 無線機越しに彼女に抗議するが返答はなかった。

 また無線を切ってしまったのだと、仲峰司は苦々しく思う。

 今日の彼女は血気に逸って独断専行が多い。

 このことは後で大学長を通じて厳重に注意警告しなければならないだろう。

 そう決心した時、その機会が二度と訪れないことを知った。

「№42?」

 調理室の端で倒れているその死体は、前面部分が焼け爛れ原型が留めないほど破損しているが、脱色した金髪とライダースーツは確かに彼女のものだ。

 仲峰司は奇妙に冷淡に無線機に向かって話しかけた。

「№42・奥田佳美、応答しろ。№42・奥田佳美、応答しろ」

 無線機からは返事はない。

 しかし自分の声が別の場所から発生しているのに気が付いた。

 死体の側の転がっている無線器からだった。

 不意にバンから連絡が入る。

「こちら№13。バンは二台ともLシック付近に到着したよ。それで消防車が集まっているんだ。見つかるとまずいから一旦そこから退避して。それと№42はどうしました? 見つかったんですよね? 今、一緒なんですか? 彼女のモニターが全部消えちゃったんですよ。一体どうなったんだか」

 副所長のヒステリックな声が加わる。

「ちょっとなにしてるの? №42はどうしたの!? モニターが消えちゃったのよ! センサーを外しちゃ駄目って何度も説明したでしょ! もう! モォオ! キィイイイ!」

 質問に仲峰司は答えず、ただ妹の声が何故だか聞きたかった。

「美鶴、そこにいるかい?」

「兄さん、どうしたの?」

 美鶴の声は、すぐに副所長に遮られた。

「№32のことは後にしなさい! 話がしたかったら実験を終わらせてからにしてよ! 早く№42と一緒に実験体を取り戻しに行きなさい!」

「ちょ、ちょっと副所長落ち着いて。話が進まないから、ほら、あたしが代わりにね」

「なに言ってるの! 指揮は私が取るのよ! 実験体の分際で命令する気!?」

 どこか放心していた仲峰司は、その騒ぎで正気を取り戻し、報告しなければならないことをようやく告げた。

「№42は死亡した」

 バンからの声が、瞬時に静寂で満たされた。

 糸が切れたように声が途絶えた副所長の代わりに、№13・荒城啓次が確認を取る。

「仲峰君、もう一度はっきり報告してくれるかな。奥田さんがどうしたって?」

「№42・奥田佳美は奴に殺された」

 仲峰司は苛立つように答え、今度は質問する。

「荒城さん、いま彼らは何処にいる? デパートにまだいるのか?」

「それはわかんない。今すぐに探すよ。ね、ねえ、ほ、ほんとに奥田さん、殺されたの?」

 次第に声が震えていくのを抑えられない。

 これで二人目だ。

 超能力、次世代の進化の力の発現とも称される特殊能力者が、通常の人間に戦って負け、死に至った。

「そうだ。荒城さん、早く彼らの位置を捕捉してくれ。すぐに追跡する」

 仲峰司の覇気に押され、荒城はそれ以上の質問を相殺されてしまう。

「う、うん、わかった。仲峰君もそこから早く離れて、消防員が駆け込んでくると思うから」

 副所長からはなにやら責任がどうのとブツブツ独り言を呟いているのが聞こえるだけ。 他の研究所員はデーターの解析に熱心なのか、報告に衝撃を受けているのか、関心を払っていないようだ。

 不意に仲峰美鶴の声が届いた。

「兄さん、一人で大丈夫なの? やっぱり私も一緒に戦うわ」

 それは普段の彼女には見られない必死さが現れていた。

 彼女もことの重大性を理解しているのだろう。

 しかし兄の返事は冷たいものだった。

「駄目だ、美鶴。おまえはそこで待っているんだ」

「でも……」

 事務所から耐火防護服の集団が現れた。

 仲峰司を発見すると、保護しようと駆け寄ってくる。

「おい、君、無事なのか?……う!?」

 しかし傍らにある女性と思しき遺体と、彼が手にする拳銃を視認すると、呻いて後退った。

「お、おまえが、やったのか?」

 慄く消防員の質問は、爆発を起こしたことか、二度と動かない彼女のことなのか、判断が付かなかった。

 しかし仲峰司の心を深く抉った。

 彼は身を翻すと、調理室から撤退する。

 消防員は殺人犯を追跡して捕らえようとはしなかった。

 それは警察の仕事で、自分たちの仕事は火災を止めることだ。

 ましてや拳銃を相手にはしたくない。

 消防員は消防車に不審な男のことを連絡すると、そのまま消火活動に取り掛かった。

 仲峰司は食料品店から駆け出し、中央ホールを抜け、靴鞄店を曲がると裏口から外へ出た。

 デパートの裏通りには人気はなく、消防車の姿もこの辺りには見られず、大通りのほうから喧騒やサイレンの明かりが見える。

 バンも大通りのほうにいるのだろう。

 冷えた外の空気が頬を弄る。

 奥田佳美はもういない。番号消失者ロストナンバーがまた一人増えた。

 これを仲峰司の責任かどうか、その判断を大学長がどう下すのかわからない。

 しかし彼は自責の念に駆られずにはいられなかった。

 自分がもっと上手く彼女を制していれば死ぬことはなかった。

 彼女に好意を持ったことはなかった。

 妹以外に実験体の中で好意を持った者など誰もいない。

 だがそれでも、同じ場所で自分の居所を見つけた、仲間だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る