僕、何故か万次郎に拝まれる



「なんじゃ? わしの顔になんかついておるのか?」


 僕、モブ子、クーちゃんからガン見された桑原万次郎は顔を洗うように両手で顔をごしごしとこすった。


 手を離して両の手の平を見ても、何も付いていない事に不思議がるように何度か小首を傾げた。


「目と鼻と口と眉毛と顎髭がついているかな?」


 牛魔王の件を誤魔化すために、僕は適当な冗談を放り投げておいた。


「おお!! そうであったか! なるほど、人の顔についていて当然のものであるな!」


 万次郎は全て承知したかのように破顔して見せたかと思うと、


「兄じゃの渾身のギャグであったか!! がはははっ!! これは面白い!! 兄じゃがギャグを言うなどまっこと面白いことじゃ!! がははっ!!」


 腹を抱えて笑い出してしまった。


「ギャグじゃないから! 渾身のギャグじゃないから! 笑わないで万次郎!」


 僕は決して冗談のつもりで言ったんじゃないよ?


 誤魔化すために言っただけだよ?


「いやいやいやいやいや!! 兄じゃのギャグは最強じゃ! 腹筋が十二等分しそうじゃ!! がはははっ!!」


 心の底から笑っているのか、本当に腹を抱えているし。


「……さすがに腹筋は十二等分しないでしょ?」


「そうであるな! 十等分くらいであるな!!」


「……ええと……。まあ、いいか」


 等分の意味分かっているのかな、万次郎は?


「……お兄様は牛魔王に『兄じゃ』と呼ばれているのか? お前は一体……何者なのだ?」


 僕と万次郎のやりとりを見ていたクーちゃんが、目を大きく見開き、魔王とはとてもじゃないが思えないキラキラと輝く瞳で僕をじっと見つめてくる。


 驚いているというよりもむしろ憧憬に近い目の煌めきだった。


「一度自己紹介はしているんだけどな……」


 僕は照れくさそうに頭を掻いて、


「僕は桑原光臣。一介の高校生だ」


 もう一度そう名乗った。


「クーの目に狂いがなければ、お兄様は魔族を統べるために生まれてきた確とした男に違いない」


「はい?」


 僕の目には、クーちゃんが目をキラキラと輝かせながら崇高なものを拝んでいるかのような目で見つめてきているようにしか映らない。


「この子、目が腐っている?」


 モブ子がぽつりと呟いた。


 それはさすがに言い過ぎじゃないかな?


「だから、僕は普通の男の子であって、特別な存在じゃないんだ」


「謙遜するでない。クーは分かっている。お兄様は神に近い存在であろう」


 クーちゃんは腕を組み、目を閉じて、クーは何でもお見通しだとばかりに何度も何度も頭を縦に振った。


「兄じゃは神だったのか!! これは御利益がありそうじゃのう! なんまんだぶ、なんまんだぶ」


 そう大声を上げたかと思うと、やにわ万次郎が僕の事を拝み始める。


「……兄じゃ、何なの、この光景?」


 モブ子。


 それは僕が口にしたい台詞だよ。


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