28
でも結局、未来は涙くんの申し出を受けることにした。
未来が「じゃあ、せっかくだからモデルの話、受けてみようかな?」というと、すごい笑顔になって、「本当に!? ありがとう! 三上さん」と言って、ぎゅっと未来の手を握った。(突然のことですごくびっくりした。未来は思わず、すごくどきどきしてしまった)
「じゃあ、早速だけど、スケッチしてもいいかな?」
「え? 今ここで?」
「うん。さっきのベンチのところで。……だめかな?」涙くんは言う。
「ううん。別にだめじゃないんだけど、……本当にここ、誰もこないの?」モデルをしている自分を誰かに見られることはすごく恥ずかしいことだと未来は思った。
「大丈夫。誰もこないし、誰か来たとしても別に問題はないよ。三上さんはベンチに座って、僕を見て、じっとしていれくれればいいんだから」と涙くんは言った。(それが恥ずかしいと言っているのだけど……)
「……うん。わかった。いいよ」
まあ、モデルを引き受けたわけだし、別に本当の本当に嫌なわけじゃないからいいかな? と思ってにっこりと笑って未来は言った。
「ありがとう」もう一度、涙くんは未来にお礼を言った。
それから二人は初めて二人があった場所である植物園の中央にあるコーナーの前のベンチのところに戻ってきた。
未来はベンチに座って、涙くんのほうを向いてじっとした。そして涙くんは、そんな未来のことをじっと見つめながら、やがて、スケッチブックの上にすごく尖った(本当にすっごく尖っていた)鉛筆でさらさらと三上未来の人物画のスケッチを始めた。
未来は、なぜかすごく落ち着いていた。(自分でも不思議なくらいに)
世界はとても静かだった。
誰もこないし、ずっと植物園の外で降り続いている、雨の音も聞こえない。未来に聞こえてくるのはさらさらという涙くんの走らせている鉛筆の動く音だけだった。
まるで、今だけ、ずっと忙しなく動いていた時間が止まっているみたいだ。
そんなことを人形のように動かず、無表情を保っている(絵画のモデル初心者の)未来は思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます