第27話 怒りの悲鳴

「ハンナ。起きて。」


 私は目を覚ますと、ハンナに声をかけた。


「アリンちゃん……おはよ。右目の痛みは治った?」

「まぁね……また、お兄ちゃんの為に戦わないと。」


 私はそう言うと、長い髪を簡単に結って装備を整えた。ハンナも横で着替えを始める。しばらくして、ハンナは私に話しかけてきた。


「あっ……ちょっと良い?昨日の夜どうだった?怖くなかったかなと思って……」

「良かったよ。心配しないで……」


 私は安心させる為に、彼女の背中に手を回すとそのまま深いキスを交わす。


「また今度、お願いね。」

「ずるいよ……」


 健全とは言えないこの距離感が心地好い。いっそ交わったまま二人で死んでしまえないだろうか。


 私達は他の皆と合流して城で待っていると、魔王メイジーに呼ばれた。革命軍リベレーターが一つの拠点にしているらしい砦を兵団の副団長フィグネリアと共に制圧したとの話をした後で、魔王は今後の事について話を始めた。


「邪龍の大魔石は奪還しましたが、依然として要石の一つは革命軍リベレーターの手中にあります。未だにその在処は分かりませんが、とりあえずは彼らの拠点を減らして囲い込む事に注力する事にしました。

今回は特殊部隊リオックと共に彼らが占拠している廃村を奪還します。少し大きな拠点ですので、大規模な戦闘になるでしょう。準備は出来ているでしょうか?」


 魔王は感情を一切感じさせない淡々とした口調で話す。エリーゼは、彼女の問いにはっきりと答えた。


「もちろん、問題ありません。」

「了解です。では、行きましょうか。」



 私達が向かったのは、寂れた村だった。しかし、村の入り口には2人の武器を持った男が見える。


「私一人で正面から門番を相手します。皆さんは交戦している間に裏門から侵入して下さい。クラリッサはとハンナはここに残って外から様子を見ていて下さい。」


 そう言うと魔王メイジーは単騎で門番に向かって突撃しながら魔術を放つ。


「私達も行くわよ。」


 エリーゼを先頭にしてリオックの5人と共に、私達は裏門から侵入した。


「2、3人に分かれて家の中を調べろ。頼んだぞ。」

「了解したわ。任せなさい。」


 私はローシャと家を探索する事になっていた。すぐに私達は、入った門から左手にある家から声がするのに気付いた。


「何の声だ……?とりあえず行くか。」

「行くわよ。3……2……1……今!!」


 戸を開けて部屋の奥に行くと、そこに居たのは二人の武器を手にした男と縄で縛られた4、5人の子どもだった。


「どこから来やがった!!それ以上寄るとガキを殺すぞ!!」


 私は剣を仕舞って気を研ぎ澄ませたまま後ろを向いた。


「ローシャ、行くよ。」

「えっ……??」


 ローシャも戸惑いながらも後ろを向いて私と退こうとした。その時に、後ろから確かに殺気を感じた。子どもから男を引き離す為に、このときを待っていたのだ。


「せやあっ!!!」


 右の剣を即座に抜いて振り向きざまに一人を切り伏せると、もう一人をそのまま切り伏せようとする……が、距離感が掴めずその攻撃は空を斬りつける。


「喰らえっ!!」


 隙が出来た私に男が剣を振り下ろすが、私は寸での所でかわし男の頭を切り落とす。


「危なっかしい……お前らしくないミスじゃないか?」

「あぁ、右目のせいで間合いがよく分からなくてさ。案外響いてるわね。」


 私達は子どもの縄をほどくと、絶対にこの家から出ないよう約束させた。そして家の外に出て、リオックの男に話しかける。


「子どもを5人助けたよ。ここ、もしかして奴隷の裏取引をしてる場所なんじゃ……?」

「多分そうだろうな。俺たちの所にも縄で縛られた人達がいた。」


 法で取り締まられている奴隷だが、監視の目を潜り抜けてまだまだ行われているのが実情だ。そしてその中心にいるのが革命軍リベレーターだ。


「こっちには女の子が数人捕まっていたわ。同時に革命軍リベレーターの団員3人は無力化してあるわ。そっちはどうかしら?」


 少し遅れてエリーゼがやってきた。


「こっちとアリンの方には子どもが居た。さて……さて、他の所も見に行くか……」


 団員の一人が家のドアノブに手をかけた瞬間、軽い炸裂音と共に彼の体が崩れ墜ちた。


「おい!!しっかりしろ!!」


 カインが声をかけたが返事は無い。彼は頭を撃ち抜かれて一瞬のうちに息絶えていた。


「一体何処から?カイン、結界をお願い!」

「承知しました!」


 エリーゼに言われてカインが結界を張って様子を伺っていると後ろから何者かが歩み寄って来た。


「誰!?」

「あっははは!上手い事ひっかかってくれたわね!」


 声のする方を見て私は即座に振り向く。そこにいたのは意識を失ったハンナを抱えたリオックの女……クラリッサ・レミントンだった。長い銃杖を右手に、こちらを邪悪な眼差しで見つめる。


「これ以上寄ったらこの子の命は無い……それは嫌でしょう、アリン・クロミネ。」


 気づけば他の革命軍リベレーターが周りを囲っている。勿論、ハンナを殺されたくはないし彼女を怒らせたら何が起こるか分からない。そこで私は彼女の提案を聞いてみる事にした。


「どうすればハンナを離してくれる?」

「あんたが私達と共に来たら……考えてあげても良いわ。」


 私の身柄を差し出す事も頭が過ってしまう。どうすべきか迷っていると、私達の後ろから声がした。


「クラリッサ……何をしているんです?」

「アリンをこちらに渡してくれませんか、魔王様?彼女が裏切ったばかりにこんな状況になりましたので、私が落とし前を付けます。」


 魔王は何も言わずにとてつもない速さでクラリッサに飛びかかり、ハンナを引き離す。それを見て、私達も周囲の革命軍リベレーターと交戦を開始する。


「……流石に騙されませんか。」

「ふざけるな、ふざけるなァッ!!私を……この国を……バカにするなぁッ!!」


 魔王の怒り狂った叫びに押されながらも、クラリッサが彼女の腹に銃を向けるのが見えた。だが、クラリッサが魔弾を放つよりも速く魔王は彼女の腹を槍で貫いたようだ。


「痛い……痛いっ!!」

「何故裏切った!?」


 魔王は猛禽類のような目でクラリッサを睨んで叫ぶ。他の革命軍リベレーターを倒し終えた私達も、クラリッサを見る。


「何故って……?金に……なるからですよ。私の知識があれば……何人でも人を殺せる。貴女だって……それを“買った”から、私をリオックに……入れたんでしょう?」


 そう話したクラリッサは、次の瞬間には目の前から消えていた。魔王の持つ槍、グングニルが長く伸びて、村に置かれた矢倉の壁に彼女を叩き付けたのだ。クラリッサは破壊された体を地面に投げ出して、か細い悲鳴を上げる。


「ぁ……ぅぅ……」

「あなたのした事は……国の為に働く人全てへの侮辱だ……!!命で償えッ!!!」


 メイジーはクラリッサの首に槍先を向けると、彼女の首を胴から分かつ。その後、クラリッサはぴくりとも動かなくなった。それを見たメイジーは、我に返ったようにため息をついて私達の方を見る。


「申し訳ありません……ハンナに危害が加えられる可能性も考えず、感情が先行してしまいました……」


 彼女は申し訳無さそうな、或いは悲しそうな頼りない顔をしていた。いつもの落ち着いた様子は何処へ行ってしまったのだろう。


「そんな事より……ハンナ、大丈夫ですか?」


 ハンナは魔王の呼び掛けに応えるように右手を動かした。


「麻痺毒みたいですね……僕が治します。」


 カインが魔術を唱えて彼女の毒を取り除くと、ハンナは目を覚まして私達を見た。


「心配させて……ごめんなさい。」

「大丈夫……無事で何よりよ。立てる?」


 ハンナは、少しふらつきながらも立ち上がった。この様子ならもう大丈夫だろう。


 ふと魔王メイジーに目をやると、彼女は手を震わせながら立っていた。彼女をこれ程までに怒らせ、そして恐れを抱かせる物はなんだろうか。まぁ、私が考えた所で分かる物ではないのだろうが。

 

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