第152話 コンテスト②

『さぁー! 次でいよいよ最終問題です! ですが、ここで順位をおさらいしましょう』

『暫定一位は3番の加藤、山本カップル! 第二位は1番の大久保、光浦カップル! 第三位は4番の濱口、有野カップル! 第四位は2番の矢部、岡村カップル! そして最下位は5番の中居、及川カップルとなっております!』

『このまま終わってしまうのか! それとも大判狂わせがあるのでしょうかー!』

 

 最初は問題なく正解していた中居だったが、途中から全く答えられなくなり、最下位になってしまった。及川も中居が不正解を出すたびに機嫌が悪くなっていくのが分かった。今では俯いてプルプル震えている。

 

 雰囲気が悪くなっているのは中居と及川だけでなく、客席でも言い争うカップルが出たりもした。

 問題が出される度に「どうしてこんな事も知らないの!」「最悪! 信じられない!」といった声があちこちから聞こえ、今では会場全体がピリピリしている。


 かく言う俺も分からない問題があったりしたが、俺達は周りのカップルの様に答え合わせをしたりしていなかったので喧嘩になる様な事は無かった。

 まぁ、今絶賛喧嘩中なんだけど……。



『さぁ! それでは最終問題に行きましょう!』

『おっと、最後は問題ではありません! 彼氏による彼女へのラブソング対決~!』

『この対決では彼氏がラブソングを歌い、採点機能で出た得点が今の持ち点に加算されます』

『ですので、どのカップルが優勝するかは彼氏の歌唱力に掛かっています! それに加え、どれだけ心に響くかの採点もします。審査員は観覧席に居るお客様全員が審査員となります!』


 司会の説明が終わるとスタッフからカラーボールを渡された。

 おそらくこのボールを一番良かったカップルの番号の箱に入れるのだろう。


 最後にカラオケ対決とはな。何度かグループでカラオケに行ったが中居の歌唱力はかなり高い。

 あとは選曲がどうなるかだな。今まで中居のラブソングなんて聞いた事が無いから、そこだけが心配だ。



『機材の準備も出来ましたので、早速行きましょー!』

『それでは1番の方から順番にお願いしまーす!』


 ―――――

 ―――

 ―


『ありがとうございましたー。どうぞ席にお戻りください』

『そしてとうとう次で最後です! 今までの最高得点が91点を獲得した2番の彼氏さんです』

『5番が優勝するにはポイントの差を含めて95点以上採らなければなりません!』

『果たして逆転勝利はあるのか! それでは歌って貰いましょう! どうぞー!』


 司会者の合図と共に曲が流れ、ステージに立っている中居に注目が集まる。


「……」


 ザワザワ ザワザワ


 中居の奴どうしたんだ? とっくにイントロが終わってAメロに入っているのに全く歌う素振りを見せない。そんな中居を見て会場のあちこちからザワザワし始めた。


「ボーッと突っ立ってないで早く歌えー!」

「もしかして音痴なんですかー!」


 会場のあちこちからブーイングが飛ぶが、中居は一向に歌おうとしない。

 歌う気配を見せない中居に対して更にブーイングが激しくなる。


『みなさーん、お静かにお願いしまーす』

『えーっと、彼氏さんも歌ってくださーい。このままですと棄権になってしまいますよー』


 司会者が観客を落ち着かせようとするが、ブーイングが収まる事は無かった。

 このままじゃ棄権扱いになると忠告されても尚、中居は歌うどころか思いつめたように俯いているだけだった。

 もうこのまま終わってしまうのかと思ったその時


「和樹ー! どうして歌ってくれないの! そんなに私の事がキライなの?」


 業を煮やした及川が中居に問いかける。


「ねえ! どうして……どうしてよー!」


 涙ながらに訴える及川の姿を見て、先程迄とは比べ物にならない程の大ブーイングが巻き起こる。


「お前それでも男かー!」

「可愛い彼女泣かせてんじゃねー!」

「とっとと別れちまえー!」


 歌わない中居も中居だがブーイングがヒドイな。


「友也さん……」

「大丈夫だ、今は見守ろう」

「……はい」


 沙月も心配なのか俺の袖をキュッと掴みながらステージを見ている。

 今は中居を信じるしかないが、会場の雰囲気がそれを許さない様に感じる。

 司会者も感じ取ったのか険しい表情でマイクを握ると


『えー、彼氏さんが歌う気配がないので5番は棄権とみな―――』

「待て!」


 司会者のセリフを遮る様に、ようやく中居が口を開いた。

 

『待てという事は歌う気になったのでしょうか?』

「俺の彼女は……」


 穏やかなバラードと幻想的な映像が流れ続ける。

 思いもよらない状況に、誰もが釘付けになっていた。


「……佳奈子はいつでも元気でアホみたいにはしゃいで、照れ屋な癖に自分からくっついてきて赤くなったりミートパスタを愛してるって言っちまうようなバカだけど……」

「急になんなのよ!」


 慌てて及川が口を挟む。

 いきなり見知らぬ大多数に自分の事を語られるのだから無理もない。

 

 構わず中居は言葉を続ける。

 今までになく真剣な表情で、恋人に対する真剣な想いを。


「俺と違ってバカ正直で。でもそんなところに惹かれていって……」

「そんなヤツが俺の事を好きだと言ってくれて、嬉しかった」

「和樹……」

「俺は恋愛は不器用で、何をすれば喜ぶのか、何を言われたら嫌なのかとか分からなくて……それが原因でこの間から喧嘩しちまってるけど、俺の気持ちはただ一つだ」

「……」


 少し深呼吸をして、中居は及川へと向き替える。

 

 

「佳奈子、お前が好きだ!」



 中居の告白に会場が静まり返る。

 袖がギュッと握られ、沙月の方を見ると固唾を飲んで見守っている。

 きっと会場に居る全員が同じだろう。

 俺も此処まで自分の気持ちをさらけ出している中居は初めて見る。

 及川はどう返事をするのだろうか?

 気づくと俺は手に汗握っていた。

 

 中居の告白を受けた及川はしばらく呆然と立ち尽くしていた。

 そして突然堰を切った様に走り出した。


「和樹!」


 名前を叫びながら中居に向かって走って行き、その勢いで思い切り抱き付いた。


「私も、和樹が大好き!」


 抱き付きながらそう叫ぶ及川を中居が優しく頭を撫でる。

 その光景を見た沙月が涙を流しながら「よかった……」と呟く。

 そしてそれは会場全体に広まり、あちこちから祝福の声が飛んだ。


「おめでとー」

「もう彼女を泣かすなよー」

「末永く爆発しろー」


 さっきまでのブーイングの嵐と打って変わって、今度は祝福の嵐が巻き起こる。

 観客からの祝福を受けて、及川は顔を真っ赤にして中居の後ろに隠れ、中居は気恥ずかしそうに頭を搔いている。

 そんな光景が暫く続いた後、司会者が慌てて仕切り直した。




 コンテストが終わり、会場の外で中居達を待っている。

 会場を湧かせた中居達だったが、採点とは関係無かった為結局最下位だった。

 だけど中居の告白で二人は特に不満は無さそうだった。

 それどころか、中居達を最下位にした運営に対してブーイングまで巻き起こる程だったが、運営はそれらを無視してごり押しでコンテストを終了させた。


 しばらくして中居と及川が出口から出て来た。

 及川が幸せそうに中居の腕に抱き付き、中居はバツが悪そうにしている。


「ふたりともお疲れ」

「佳奈子先輩~良かった~」

「ありがとう沙月ちゃ~ん」


 及川と沙月は手を繋ぎ合ってぴょんぴょん跳ねている。

 俺は中居の肩をポンッと叩き


「カッコ良かったぞ」

「うっせ!」

「無事仲直り出来たみたいで良かった」

「くっそ! 佐藤もいつまでも笑ってられねぇぞ。そっちもとっとと仲直りするんだな」

「うぐ! そ、そうだな」


 そうだった。他人事じゃないんだった。

 俺も沙月とキチンと仲直りしないと。


「佳奈子、ちょっとコッチ来い」

「ん? どしたの?」

「さっきコンテストの司会者から聞いたんだけど、この近くにミートパスタの美味い店があるみたいだぞ」

「ホント! 行きたい行きたい!」


 中居は本当は恋愛に不器用じゃないんじゃないか?

 ちゃっかり店を聞き出したりしてるし。


「つー訳だから、俺達は此処で帰るわ」

「ごめんねー」


 そう言って二人は出口の方に歩いていった。

 その後ろ姿を見ると、ついさっきまで喧嘩してたとは思えない程幸せそうだった。


 中居達と別れ、今は沙月と二人きりだ。

 仲直りするなら絶好のチャンスだが、辺りには人が多く中々切り出せない。

 何処か二人きりになれる場所は無いかと考えていると、前を歩いていた沙月が急に立ち止まった。

 

 体中をまさぐったり、鞄の中を漁ったりしている。

 何か探しているのだろうか?

 と考えていると、沙月が涙目でこちらに振り返り


「どうしよう友也さん……ネックレス、無くしちゃいました……」


 そう言って沙月はその場で泣き崩れてしまった。

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