5章 Enslave

1.続・魔改造

 殲滅卿は王国の捕虜として拘束されることになった。もちろん、そのまま牢獄へ収容したところで、捕えておくことはできない。なので、俺がある装着品を提供した。


 拘束環バインド


 環状の装着品で、装着者の思念力ウィラクトを拡散する効果がある。一般人ならそれを装着するだけで魔法や戦技兵器を使用できなくなる。

 殲滅卿にはこれを両手、両足、腰、首、頭の7か所に取り付けることで無力化した。

 ただ、これにより伝心ディチーテもできなくなるため、会話はおのずと筆談になるため、取り調べなどには苦労することになったらしいが……。


 王都防衛戦から2日。戦後のドタバタで兵学校は再開していない。

 下宿は全壊を免れたが一部崩壊した部屋などがあり、俺とレインはサンディさんの手伝いで瓦礫の片づけなどをしている。


 一部壁内へと帝国兵が侵入したため、街の中にもそれなりの被害が出ている。元の落ち着きを取り戻すのにはしばらくかかりそうだ……。



「ルクト君? ちょっといい?」

 崩壊した部屋の出入り口に板を張り付けていた俺に、サンディさんが声をかけてきた。

 そうそう、サンディさんと再会したときにはレインの義体は概ね修復が終わっていたらしく、俺が目覚めた時にも特に叱責などは受けずに済んだ。

 手足が欠けた姿を見られていたら、今頃どんな扱いを受けていたことか……。


「どうしたの? ぼんやりして。」

 おっと、少々思考に没頭してしまったせいか、サンディさんに訝しがられた。

「あ、いえ、大丈夫です。それでどうかしました?」

 サンディさんは「そう?」と言いつつ、少し表情を曇らせて言葉を続けた。

「なんか表に変な男がうろうろしてるのよ。ちょっと見てきてもらえる?」

 む。まさか火事場泥棒か!? いや、もう騒ぎは終わってるから、火事場"後"泥棒か? いや、その場合ただの泥棒か?


「わかりました。俺が何とかしてきます。」

「さすが男の子。頼もしいわ!」



「あ、変質者だ。」

「へ、変質者とはなんだ!!」

 下宿前をうろうろしていたアルバートが抗議の声を上げる。


「貴様こそ、真っ黒な鎧で王都を飛び回る変質者だろうに!」

「ぬ、ただの黒じゃなく艶消し黒マットブラックだ。落ち着いた色合いだろうが! 文句言いに来たんならさっさと帰れよ。俺も暇じゃないんだから。」

 いつも通りに売り言葉買い言葉で応じる。少々邪険に扱いすぎな気もしないでもないが、こいつの場合、変に気を使うと調子に乗るからな。このくらいでいいや。

「ぁー、その、すまない。そんなつもりは無かった。」

 アルバートは急に神妙な顔つきになり、軽く頭を下げる。

 あれ、珍しい。あっさり折れた。というか、こいつが一人でやってくることが初の出来事なんじゃなかろうか。


「いや、別にそこまで気にしてないからいいけど……。なんの用だ?」

 あっさりと引かれてしまうと調子が狂う。俺もなんだか返し方が変になってきた。

 俺の問いに、アルバートは「実は……、」と説明を開始した。


 用とはレミエルのことらしい。

 レミエルは先日の殲滅卿との戦いで大破した。第13独立部隊の整備班が組立修理を実施したが、事後の状況が良くないらしい。

 いつも通りなら、軽い破損は半日程度、重度の損傷は2日程度で修復されるところが、今回は2日経った今でも軽度の破損すら修復していないらしい。王国で最高の整備士にも見せたらしいが、「ヴェタスマグナは死んだ」との見立てらしい。

 一応、稼働させることはできるのだが、反応レベルや動作制御は一般のマグナアルミスと同程度。そうなると"レミエル"の独立運用を前提とした部隊である"近衛兵団第13独立部隊"も解散になるかもしれないそうだ。


「エリーゼ様は気丈に振る舞っておられる。だが、私にはわかるが、明らかに落ち込んでおられる……。」

 アルバートは強く拳を握りしめつつ言葉を続ける。

「私にはどうにもできない……。だが、貴様なら、あるいは何とかできるのではないか?」

 強い意志を感じさせる視線で、俺を見るアルバート。

「恥を忍んで、頼む。レミエルを、エリーゼ様をお助けしてくれないか。」

 アルバートは深く頭を下げる。こいつエリーゼのこと好きすぎだろ。

 いや、主従と言われればそうなのかもしれないが。これだけ慕われる関係ってものなんだか少々羨むものがあるな。


「……、わかったよ。直せる保障は無いが、とりあえず診てみる。」

 俺の言葉に反射のようにアルバートが起き上がる。

「そ、そうか! すまない。恩に着る!」




「あら、二人が連れ立っているなんて珍しいわね。」

 第13独立部隊の王都内屯所へと着くと、控室にはエリーゼが居た。

 言葉は明るいが、心もち表情に影があるように見える。

「ああ、ちょっとレミエルを診せてもらいにね。」

 俺の言葉に、一瞬にしてエリーゼの表情が曇る。

「まさかアル!」

「これでダメなら諦めもしましょう! だが、可能性があるなら、私は賭けます!」

 エリーゼは非難するような視線をアルバートに向ける。だが、奴はそれを正面から見つめ返す。


「アル……、」

 エリーゼは泣きそうな表情でつぶやく。


「ま、まぁまぁ、直るかわからないし、そう熱くならずに……。」

 なんで俺が仲裁してるのか……。というか、以前、散々図々しくも俺を巻き込んだ割には、最近はなんだかエリーゼが遠慮がちに見える。こういう時こそ、頼ってくれてもいいのに……。



 早速マグナ格納庫へと足を運ぶ。

 格納庫内にはレミエルとアルバートのマグナが静かに佇んでいた。


 レミエルを見上げる。見た目は以前と遜色ない状態だ。さて、内部はどうかな?


 早速魔核がむき出しになっている関節部に触れ、情報端末メディアで接続。μファージの状態を精査サーチする。

 視界投影型ディスプレイインサイトビュー精査サーチが済んだ各部の状態が表示される。


 体の部位ごとで魔核の質が合わないのはマグナとしては普通だが……。

「これは……。」

 全身の統制を行う管制システムが稼働していない。自己修復機能があるとうことは、全身を常に最適に管理運用するための管制システムが稼働しているはずだ。それが無いということは……、


「管制システムが全損しているか、もしくは何かの理由で稼働できない状態か……、」

 もし全損している場合、同じシステムを再構築することはできない。まあ、その場合でもこちらで勝手に管制システムを構築してもいいのだが。だが、残っていてくれれば、その方が修復は容易だ。


 μファージ内に保持しているファイル情報を片っ端からサルベージする。すると、管制システムの痕跡をあちこちから発見した。


「どうやら残っているようだ。これならシステムを集めて再構築してやれば……、」

 先ほどから繰り返している俺の独り言に、エリーゼもアルバートも怪訝な顔をしっぱなしだ。


 俺はそんな視線は気にせず、ひたすら視界投影型ディスプレイインサイトビュー上での作業に集中する。

「これで!」

 最後の起動コマンドを入力。

 直後、レミエルから駆動音が響き、各部の同調処理が開始する。


「ああぁっ! これは!!」

「おおおお!!」

 横でエリーゼとアルバートが歓声を上げている。二人して手を握り合って、仲のよろしいことで。

「……。」

 俺はついでに管制システムの設定も確認する。

 DNA認証による使用者制限が設定されている。どうやらエリーゼは"親類"認定されているためレミエルを起動できるらしい。

 だが、所詮は"親類"。一部火器には使用制限がかかっている。


 これもついでに切り替えしとくか。


「あーっと、大変お喜びのところ申し訳ないけど、もう少しだけいいかな?」

 エリーゼとアルバートは、俺の言葉で急に我に返り、手を離す。


「エリーゼ、1滴程度でいい、血液をくれ。」

 俺の言葉にエリーゼが少し赤面し、そして少し困惑顔になる。

「ぇ……、まさかルクト、そういう──」

「趣味じゃないからな!」

 針で指先を少しつつき、1滴程度の血液を採取する。

 レミエルのDNA読み込み機能を強制起動する。コックピット内の壁面から、シリンダー状の装置が姿を現す。


 コックピットへと乗り込み、俺はそこへエリーゼの血液を投入した。


 管制システム内でDNA解析が行われ、使用者登録が"エリーゼ"に書き換わった。


「これで良し。あとは……、ん?」 

 管制システムに思念同調システムが存在していることに気が付いた。

 これを使えれば、機体は思念で反応させることができ、反応速度は手動操作の比ではなくなる。


「エリーゼ、少し頭を……。」

「そ、そういうフェチも──」

「だから趣味じゃないっての!!」

 思考攪乱改ハイパラライザの思念攪乱プログラムを投入する要領で、思念同調の端末プログラムをエリーゼの脳内に設置する。

「ん? なにか変った?」

 脳内リソースの余剰スペースを利用するため、本人の思考には特に影響がない。


「レミエル本来の機能を引き出せるようにしておいた。使えなかった武装も動くはずだ。それに、思念に反応する機能もあったから、それも有効化しておいた。」

 俺の言葉にエリーゼは目を丸くしている。


「まさか、そこまでできるなんて……、もっと早くルクトに診てもらうべきだったかもね……。」

 エリーゼは喜び半分、後悔半分といった様子だ。

 そうか……、確かに、これまでの戦いでも、この力があれば救えた命があったかもしれない……。


「……、お互いに手抜きをしていたわけじゃないんだ。あまり気にしない方がいい。」

「うん、そうね。ありがとう……、」

 エリーゼは涙目で、だが笑顔でそう告げる。


「貴方には、いつも借りばかりを作っているわね。何と言ってお礼を言っていいか……、本当なら王国を挙げて、"英雄"として褒賞、叙勲すべきだけど……。」

「そういう面倒なのは逆に遠慮させてもらいたいなぁ、謝礼の魔核をサービスしてくれればいいから。」

 エリーゼは「ふふ、そうね」と泣き笑いのような表情になる。だが、直後、急に神妙な表情に変えると、右手を胸に当て告げた。

「宣誓するわ。あなたが苦難に見舞われた時、私は必ず貴方を助ける。」

「エリーゼ様!?」

 アルバートが焦ってエリーゼに詰め寄る。

「私個人の宣誓で悪いけどね……。」

 いや、仮にも王族でしょ……。というか、重い。

「なんだかそこまで気にされると逆に申し訳ない気分になる……。」

「ふふ。」

 エリーゼが微笑み俺を見る。不思議とその視線はルクトではなく、孝介を見ているように思われた。


「そうだわ、頼みついでに、アルバートのマグナも診てくれるかしら?」

「ええっ!!??」

 アルバートが先ほどとはまた違う焦りの表情を浮かべる。


「さぁ!! 今の内に!!」

「ちょ、あ、え、エリーゼ、様!?」

 アルバートを後ろから羽交い絞めにするエリーゼ。アルバートの目が異常な速度で泳いでいる。

 あれは間違いない。当たっているな。


 うん、羨ましくない。羨ましくないけど、とびきりピーキーに設定してやる。


 ついでにアルバートにも思念同調システムを設定しといた。少々思考攪乱改ハイパラライザも混入してしまったが、まぁ、誰しも手元が狂うことはあるよね!





「助かったわ。これでこの部隊も存続できる。さぁ! 早速仕事よ! まだまだ帝国軍との戦いは終わっていないわ!!」

 先ほどまでのしおらしい雰囲気は完全に霧散し、いつもの調子でエリーゼが宣言する。

「え、そうなの?」

 王都防衛戦の後2日。そういえば、その後の戦況とか聞いてなかった。というか、気にしてなかった……。


「未だ緩衝地帯では帝国軍との攻防が続いている。」

 俺の疑問にアルバートが簡潔に応える。なんと、虎の子の作戦であろう"王都攻撃"を失敗したのに、経戦中だったとは……。


「近衛兵団第13独立部隊は緩衝地帯への増援として出撃するわ!!」

 いつの間にか格納庫には多数の整備員や部隊兵が居た。皆一様に士気が高いようだ、しかし……、


「俺が言うのもおかしいかもしれないが、皆無事に戻ってくれ……。じゃないと、俺がレミエルを修理したせいで殺したみたいになってしまう。」

 格納庫内に居た兵士たちは皆、ほほえましいモノを見るような、少し困ったような表情だ。

 くそぅ、子供扱いしやがって……。


「ふふ、そんなこと誰も考えもしないのに……。ええ、わかったわ。必ず全員で生きて帰る。貴方に約束するわ。」



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スペックシート:レミエル、アルバート専用マグナ・改2


名称:レミエル

種別:ヴェタスマグナ

搭乗者:エリーゼ・ナトリー

全高:5m

重量:8.2t

装備:

・高周波振動式大剣

 高周波振動により対象を切削する大剣。

・障壁展開式シールド

 思念力障壁ウィラクトシールド搭載のシールド。

・鋼鉄製装甲

 元来はセラミック素材との複合装甲だったが、度重なる破損と修理により現在は鋼鉄製装甲。

・管制システム

 各部機能、各火器の制御システム。機体全体の動作サポートや火器類の出力調整などを行う。

 さらに、機体の破損個所を診断し、自己修復を行う。修復には予備μファージを利用するが、素材が足りない場合

 には優先度の低い部位を解体して補填するなどの処置も行う。

・思念同調システム

 操縦者の思考領域に一部専用プログラムを仕込むことで、機体との同調を格段に引き上げるシステム。

 手動操作も受け付けするが、思念による操作が可能となり、反応速度は劇的に向上する。

・アクチュエータ

 人工筋繊維と思念力ウィラクトを併用した駆動系を使用。

 操作者が直感的に使用しやすいように骨格構成や動作パターンは人体を模している。

・PEバッテリー

 高性能なエネルギー蓄積装置。装置内部に陽電子化した状態でエネルギーを保持するため、小型で超高容量。

 無線給電によりエネルギー量は自然回復する。

・複合加速式投槍砲・量産版

 思念力ウィラクト加速方式と電磁加速方式の複合システムによる投槍砲。

 弾頭にはタングステンなどの高重量高高度材質を用いる。

 両肩に1基ずつマウントされており、内部に鋼鉄製弾頭が装填されている。

 (旧来はタングステン製弾頭だったが、ルクトもタングステン鋼を生成できなかったため、鋼鉄製)

・サテライト

 付属の小型支援機。全12機を展開可能。それぞれにPEバッテリーが搭載されており、思念力ウィラクト

 により飛行が可能。

 思念力ウィラクトによる防御や攻撃支援を行う。

諸元:

・PEバッテリー

 容量:4800kWh、最大出力:800kW、最大蓄積能力:300kW

・フィールド発生器

 最大出力:260kW(推力:30000N)

技能:

・使用者制限

 DNAにより使用者を判断し、稼働制限を行う。

 現在はエリーゼのDNA情報に固定されている。

・飛刃

 大剣に思念力ウィラクトを纏わせ、斬撃と共に撃ち出す。

・光盾

 盾の思念力障壁ウィラクトシールドにエネルギーを過剰供給し、瞬間的に小爆発を起こす。

 シールドを使った体当たりというわけではないが、シールドバッシュと呼ばれることが多い。



名称:なし(アルバート専用マグナ・改2)

種別:マグナアルミス

搭乗者:アルバート・ワカーロック

全高:5.1m

重量:7.5t

装備:

・高周波振動式大剣×2

 高周波振動により対象を切削する大剣。それを両手に所持し二刀流で戦う。

・障壁展開式シールド

 思念力障壁ウィラクトシールド搭載のシールド。

・鋼鉄製装甲

 マグナ専用に鍛えられた鋼鉄で造られた装甲。

・管制システム

 各部機能、各火器の制御システム。機体全体の動作サポートや火器類の出力調整などを行う。

 さらに、機体の破損個所を診断し、自己修復を行う。修復には予備μファージを利用するが、素材が足りない場合

 には優先度の低い部位を解体して補填するなどの処置も行う。

 レミエルの管制システムを元に、ルクトが新たに追加。

・思念同調システム

 操縦者の思考領域に一部専用プログラムを仕込むことで、機体との同調を格段に引き上げるシステム。

 手動操作も受け付けするが、思念による操作が可能となり、反応速度は劇的に向上する。

 レミエルに搭載されていたものをルクトが流用。

・アクチュエータ

 人工筋繊維と思念力ウィラクトを併用した駆動系を使用。

 操作者が直感的に使用しやすいように骨格構成や動作パターンは人体を模している。

・PEバッテリー

 高性能なエネルギー蓄積装置。装置内部に陽電子化した状態でエネルギーを保持するため、小型で超高容量。

 無線給電によりエネルギー量は自然回復する。

 遺跡からの出土品を使用。

諸元:

・PEバッテリー

 容量:3000kWh、最大出力:500kW、最大蓄積能力:300kW

・フィールド発生器

 最大出力:100kW(推力:20000N)

技能:

・飛刃

 大剣に思念力ウィラクトを纏わせ、斬撃と共に撃ち出す。

・光盾

 盾の思念力障壁ウィラクトシールドにエネルギーを過剰供給し、瞬間的に小爆発を起こす。

 シールドを使った体当たりというわけではないが、シールドバッシュと呼ばれることが多い。

特記:

・管制システムの導入と、アクチュエータ搭載により、操作性や動作速度が非常に向上している。

 従来のマグナとは一線を画する。

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