9.帰宅
パワードアーマーは武装解除ができた。
頭部や上腕部、大腿部のアーマーが別部位に格納され、残ったアーマーも表層擬態を実行することで、まるで元々着ていた革鎧のようだ。
はじめからこの状態でチームメンバーに合流すればよかった……。
チームメンバーがベースキャンプへと戻っていくのを、俺はやや遠巻きに確認している。本当は先にベースキャンプ近くに到着していたのだが、林ではぐれたはずの奴が先にベースキャンプに戻っていたら変だろう。
だからといって、あまり遅くなると今度は捜索を出されるなど、大事になるだろう。ここはタイミングが重要だ。
マグダイムたちがベースキャンプに入って数分。俺はベースキャンプへと戻った。
「ルクト君!?」
「無事だったか!!」
今まさに俺の話をしていたところだったのだろう、オーツ教官とレイヴが同時に俺に話しかけてくる。
「ええ、運よく逃げ出すことができました。」
とりあえず詳細は伏せとこう。
と、オーツ教官が凄みのある表情で近づいてくる。
「怪我は!? どこにも問題ないか!?」
俺の肩を掴み、体のあちこちを探るように確かめる。
「だ、大丈夫です、なんともないです。」
教官はほっとした表情をしたのも束の間、直後にものすごい形相でいきなり顔面を殴られた。
「んがっ!」
「ごわ!」
「ぐえ!」
「ぎゃ!」
「……っ!」
「ぐあ!」
俺たちのチームメンバー全員が張り倒されている。ついでに引率だったと思われる教官も。
「ばかやろう!! 無理するなと最初に言っただろうが!!」
オーツ教官が俺たち全員に怒鳴る。
「確かに、兵団に入団すれば命を賭ける時もある。だが、その時はそれが"必要"だからだ!! 不必要に命を賭けるのはただの馬鹿だ!!」
悲しそうな顔でオーツ教官は続ける。
「俺たちが命を賭けるのは、大切な人やその人が住む国を護るためだ。そういう大切なときに賭けられる命があるように、命を大事にしろ。」
「はい。」
それぞれが全員、神妙な表情で答えた。
「で、ルクト・コープ。その女性はどうしたんだ?」
あ、レインのことをすっかり忘れていた。
「この子ですが───、」
「その子、ソルドレッド様の……?」
レイヴが俺の言を遮る。あの時、やっぱり見られてたか。"ソルドレッド様"しか見えてないかと思ったんだが。
「俺も、その、そ、ソルドレッド? という人に助けられまして……、」
「ほぅ、レイヴからも聞いたが、何者だ?」
オーツ教官の目が変わる。あれは獲物を狙う獣の目だ。
「いえ、俺も良くわからないです。」
ヒーローのフリしてたなんて、恥ずかしくて言えない。
「それで、この子、あ、名前はレインです。レインを遺跡で見つけたので、保護してほしいそうです。」
ソルドレッドの話は逸らすように、レインを保護してもらえるように持ちかける。
「遺跡だと?」
オーツ教官は急に怪訝な表情に変わる。
「そんな軽装で遺跡の中に居たというのか……? どこかほかの場所から連れてこられたのではないのか?」
レインの服装を一瞥した跡、オーツ教官はレインに直接問いかける。
「覚えていない。気が付いたらあの部屋に居た。」
レインは首を振りながら答える。
「以前住んでいた場所は?」
オーツ教官の追加質問に、レインは再び首を振る。
「記憶が無いのか? フム、どうにも俺にはソルドレッドって奴が怪しく思えて仕方ないが……。」
オーツ教官は顎に手を当て、独り言のようにつぶやく。
「まあ、今考えても仕方ないな。とりあえずレインは一旦兵学校で保護しよう。」
「ありがとうございます。」
俺は礼を告げ、レインをオーツ教官に引き渡し───、
「コースケがいい。」
レインが俺の服の裾を掴んで離さない。
「こーすけ?」
教官が再度怪訝な顔になる。コースケだけど! どうしよう、何と説明したものか!
「コースケーというのはですねー、あの、アレです……、そう、記憶にある兄の名前みたいです。俺がそのお兄さんに似てるみたいで……。」
「え、コースケはコ───、」
急いでレインの口を塞ぐ。
「……、そ、そうか。それなら、お前が保護したらどうだ? 懐いているということだろう?」
「えっ。」
俺一人暮らしだし、生活も結構ギリギリなんだけど……、
レインは輝くような瞳で俺を見つめてくる。
「わ、わかりました、下宿のおかみさんに聞いてみます。」
「無理そうなら、いつでも相談しろ。」
オーツ教官は気休めの一言を告げながら、俺の肩に手を置く。
そして俺の耳元に口を近づけて一言、
「手を出すなら、ちゃんと責任をとれよ?」
「なっ!!」
「教官!」
そんな俺と教官のやり取りが概ね落ち着いたところを狙っていたのか、マグダイムが口を挟む。
「俺たちの実地戦闘実技はどうなるんですか!?」
そうか、まだ課題である小型モンスターの魔核3つの内2つしか取得できていない。まだ規定の時間までは間があるが……。
「この状況では、お前たちに今日これ以上の戦闘をさせるわけにはいかん。後日再試験だ。」
マグダイムとスピネルは"えー"という抗議の声を上げる。レイヴは"ご最も"と言いたげに頷いている。
メイベルは……、いつの間に出したのか干し肉を齧っていた。
「日程は追って連絡する。それを楽しみにしておけ。」
オーツ教官は不敵な笑みでそう告げた。
実地戦闘実技から引き揚げた日の夕方、俺はレインを連れ、下宿に帰ってきた。
今のレインは、女性教官が準備してくれた亜麻のワンピースを着ている。女性教官はヨダレをたらしながらレインにあれこれと服を見繕っていた。ちょっと怖かった。
「サンディさんに聞いてみるけど、ダメだと言われたら大人しく兵学校で保護してもらってくれよ?」
レインは頷いて、俺の言葉に同意を示す。
「よし、いくぞ。」
「あんた、女の子を放り出すつもりかい!?」
下宿のおかみさんであるサンディさんに事情を話したところ、帰ってきた第一声はこれだった。
別に見捨てるとかでなく、学校に保護してもらうってだけなんだが、サンディさんの中では、レインを見捨てる薄情者扱いのようだ……。
「記憶を無くして、一番心を許せるのは、怖いところに一人でいたところに救ってくれた人なんだろう? ならその人と一緒に居たいと思うのはあたりまえさね!」
なぜかサンディさんは涙ぐんでいる。
「最近は女の子の行方不明事件なんかもあったりするんだから、放り出すなんてあたしゃ許さないよ!」
「いや、別に放り出すわけでは……。男女が同室というのもアレですし、それに俺は生活費も……。」
二人いたら俺のバイトだけでは生活費が賄えない。なにより同室で過ごしつづけたら俺も紳士で居続ける自身が無い。俺は彼女居ない歴~~だが、ルクトにはリリアが居るしな。
「なら、住み込みのお手伝いさんとして雇うよ! 家賃と食事代はお給金から天引きでどうだい? 部屋も別なら文句ないだろ?」
サンディさんは俺への説明と同時にレインへ視線で確認を取る。
「私は、同じ部屋でも大丈夫。」
レインが良くても俺がダメなんだって。
「こういうお年頃の男の子にはいろいろ事情があるんさね。それに常にべったりよりは、時には引いたり押したりするのが駆け引きってもんだよ。」
サンディさんはニヤリと笑みを浮かべながらレインに説明する。何の駆け引きを教えているんだか。
「ぉぉー、わかりました。では、駆け引きでお願いします。」
「決まりだね!」
サンディさんとレインの間でがっちりと握手が交わされる。これは一体何が決まったんだ?
実施戦闘実技の翌日は休暇だ。いわゆる"お疲れ休み"というやつだ。今日はバイトもお休みにさせてもらっているため、一日予定がない。
時間があると、自身の状況が気になってしまう。
俺はルクトであり孝介だ。俺の感覚では交通事故に遭った直後、廃墟の地下空間で目覚めたように感じられる。だが、同時にルクトとして暮らした15年の記憶もある。
俺は瀕死だったルクトに憑依した──、もしくは、俺はルクトに生まれ変り、廃墟での出来事をきっかけとして前世の記憶を思い出した──、ということなのか?
それに……、俺って喧嘩もまともにしたことなかったのに、猿型のモンスターを相手にした時、自分でも驚くほどに手馴れてた気がする。何かがおかしい……。
一瞬、視界にノイズが走り、怪物の姿が見えた……、気がした。
「え……、ドラゴン?」
だが、その姿を思い返そうとすればするほど、記憶の彼方に消えていく。なんだったんだ……? うーん、だめだ、考えてもわからん。
とりあえず、惰性的にルクトの記憶に沿って下宿に戻ってきたが、これからどうすべきか……。
孝介としての人生はそんなに楽しい記憶があるわけでもないが、やはり戻れるなら戻りたい。そうなると、孝介としての俺を知っているらしいレインの記憶が手がかりだろうか。
やはり、当面はルクトとして生活しつつ、レインの記憶を戻す方法を探るしかないか……。
いかん、いかん。どうも思考が暗くなりがちだ。ルクトの習慣に倣って、学校の予習復習でもしておこう。
何かをしていた方が、余計な思考をしないで済みそうだ。
ふと、部屋の隅に置いた革鎧に目が行く。
あれは革鎧の見た目をしているが、実体はパワーアシスト機能付きのチタン合金製パワードアーマーだ。
「ちょこっと変更くらいにしとこうか……、とりあえず、全身金属そのままは目立つんだよねぇ……。ここは……、」
全身のカラーリングを
「昨日、いろいろと動きで気になったところがあったんだよな、そういえば。」
パワードアーマーの動作補正設定数値をあれこれ調整する。
「あ、義手のフィールド発生器のレスポンスも……、」
「……、ちょっと変更した設定を試してくるか……。」
パワードアーマーを装着し、下宿のまどからこっそり外へでる。
俺の部屋は二階で、路地裏に面している。
俺は窓から飛び上がり、滑るように2階程度の高さで路地裏を進んでみる。
「もう少し両足のバランスを……、」
「いや、ここは両手のフィールド発生器で……、」
「──ゃ、」「──、ぅ──、」
集音センサーが微かな声を拾った。なにやら揉めている声のようだ。動体センサーでは、路地を曲がった向こう側に2つの動体が確認できる。
建物の二階部分からこっそり曲がり角を覗く。
あまりにも怪しい、頭からすっぽりとローブに隠れた男(?)が、女性の腕を掴み揉み合っている。
「もしや誘拐?」
「嫌がっているんだから、やめた方が良い。」
俺は気が付いたらローブの男に声をかけていた。俺ってこんな正義感強いタイプだったっけ?
「なんだ貴様、黙っていろ、『
ローブの男は大した魔力凝縮も無く魔法を放ってきた、が、次の瞬間には俺の右手から放たれた
相手からのいきなりの魔法攻撃に、打ち消すだけでなく、うっかり反撃してしまった。
男は路地で大の字に伸びている。
揉めていた女性は既に逃げている。
「……。」
俺は急いで帰った。
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