第402話合同イベント「万葉集 笠女郎の恋」(7)
鈴村律が司会。
「それでは、笠女郎の落胆と哀しみの歌三首の紹介となります」
その一首目の詠唱は、志田真由美。
「相思わぬ 人を思ふは 大寺の 餓鬼の後へ 額付くごとし」
現代語訳を深沢知花。
「片思いの貴方を、ひたすらに思い続けるのは、大寺の餓鬼の象の像の後ろ姿を額付いて拝むような、そんな惨めで無意味なことなのです」
解説を長谷川直美。
「家持との決別宣言の歌となります」
「結局、自分の片思いに過ぎなかった、ただ、私は一時、遊びの相手にされただけだった」
「あの時の貴方の甘い言葉など、信じるべきではなかった」
「大寺は、おそらく大貴族の大伴家、餓鬼はその大寺にいる冷酷な家持」
「冷酷な貴方を思い続けるなど、地獄の餓鬼に額づいて願掛けをするような無意味なことだったのです」
「別れを決意し笠女郎は、こんな皮肉と嫌味に満ちた歌、決別宣言を家持に贈るのです」
聴衆が笠女郎の落胆にざわつきが起こる中、二首目となった。
詠唱は、花井芳香。
「心ゆも 我は思はずき またさらに 我が故郷に 帰り来むとは」
現代語訳を春香。
「全く考えてはいませんでした。再び故郷に帰って来ることになろうとは」
解説を佐藤美紀。
「この歌は、前の歌で決別宣言をして、別れた後に、家持に贈った歌」
「引っ越しをしたのですから、転居通知となりますが、単純な転居通知ではありません」
「家持が住む平城京まで、笠女郎は追いかけて行き、一時はストーカーのように、家の近くまで行き、歌も二十首以上、贈り続けて、愛を訴え、訪れを願いました」
「しかし、何の音沙汰も訪れもなかった」
「結局、一時的に、遊ばれただけのことだった」
「大貴族と下級貴族の身分の差も確かにある、しかし、あまりにも家持様は冷たかった」
「舞い上がっていたのは、愚かな自分だけだった」
「だから、平城京に追いかけて行った時には、考えもしなかったけれど、こうして故郷に戻るしかなかった」
「ただ・・・」
春香が聴衆を見回した。
「本当に別れを決意した女が、こんな歌を男に贈るでしょうか」
「一切、贈らないのではないでしょうか」
「となると、こんな歌をまた贈ってしまう、気持ちが完全に断ち切れない」
「そんな女の哀しみを感じてしまうのです」
女子生徒たちによる笠女郎二十四首の最後の歌になった。
詠唱は佐藤美紀。
「近くあれば 見ねどもあるを いや遠に 君がいまさば ありかつましじ」
現代語訳をシルビア。
「貴方と近くに住んでいれば、逢わなくても過ごせるでしょうけれど、これほど貴方が遠くに隔たってしまえば、とても生きてはいられません」
解説は長谷川直美。
「結局、まだ消えていなかった家持への熱い思いが、この歌に露わになっています」
「自分から失恋を悟って、決別宣言を送って、平城京から故郷の飛鳥に戻っておきながら、まだ恋心は消えていない」
「同じ空気を吸えないので、生きている心地がしないと嘆くのです」
鈴村律が司会。
「この歌を持ちまして、万葉集第四巻の笠女郎の連作二十四首の紹介を終わります」
「まだまだ、語り尽くせない思いが、多くあります」
「少しでも、笠女郎の哀しい失恋を思い、古代の愛に感じていただければ幸いと思います」
その鈴村律の言葉で、発表者の女子生徒たちが整列、そして聴衆に深く頭を下げる。
「ありがとう!」「よかった!」「感動した!」
地鳴りのような大拍手や大歓声を受けて、女子生徒たちは揃って顔を上げる。
ホッとしたのか、感極まったのか、大拍手や大歓声に涙を流す女子生徒もいる。
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