第60話華音vs空手部顧問

「松井先生、どうします?」

華音から、声がかかった。

周囲の空手部員も、見ている。


松井顧問は「逃げられる状況」ではないと、理解した。

「わかった」

空手部練習道場の中央、華音の正面に立つ。


「審判は・・・」

華音の次の言葉は、審判を誰にするかというもの。

空手部主将剛は、壁際で腰を抜かして、立ち上がれない。


「俺がやるよ、いいかな」

剣道部顧問の佐野が歩いて来た。

空手部顧問松井も、納得した。

「すまない、頼む」

かえって、その方が、公平だとも思った。


「はじめ!」

剣道部顧問佐野による試合開始の号令がかかった。


その言葉と同時に、空手部顧問松井は、主将の剛と同じ、半身の構え。

少し、ステップを踏みながら、華音を見る。


「く・・・両腕をだらりと下げ、何の構えも取っていない」

「打ち込んで来いと言うかのように」

「なめるな・・・俺だって・・・国体の三位・・・」

「たかが、高一の子供に・・・」

「しかも、空手部志望でもなく」


空手部顧問松井は、少し迷った。

「突くか・・・」

「蹴りか・・・」


「剛は正拳突きで、突いた途端、壁まで飛ばされた」

「俺まで飛ばされたら、まるで笑いもの」

ここで、空手部顧問松井の気持ちが固まった。

「少々、厳しいが、一番得意の蹴りで」


空手部顧問松井は、一瞬、身体を丸め、思いっきり跳躍。

「エイヤ!」

そして、右のハイキックを華音の左頭部に向けて、繰り出した。


「あっ!」

次の瞬間だった。

空手部顧問松井は、自分の身体が、空中で一回転することを理解した、


「ズドン!」

そして、その次の瞬間、自分の目に映るのは、「拳と華音の顔」、そして空手部練習場の天井。


「一本!」

剣道部顧問佐野の声も聞こえて来た。


「俺・・・負けた・・・のか?」

空手部顧問松井は、全く何が起こったのか、理解できない。


華音の拳と顔が、目の前から消えた。

そして畳と背中の間に、誰かの腕を感じた。

「松井先生、大丈夫ですか?」

華音の声も聞こえた。

そうなると、この自分を起こそうという腕は、華音の腕なのか。


「・・・ああ・・・」

「自分で起きる」


空手部顧問松井は、そう答えた。

自分で起きようとした。

しかし「あれ?」起き上がれない。

何より、足腰に、力が入らない。

そして、身体がブルブルと震えだしている。

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