似合いの夫婦
平中なごん
一 山小屋の夫婦
明治の
「………………どっちが麓だ?」
ところが、分け入った草深い山の中で、不覚にも道に迷ってしまったのだった。
獰猛な狼もうようよといる、人里離れた山中に自分ただ一人……まあ、こんな学問をやっているとままあることなので、最近ではさほど慌てることもなくなってはいるが、さすがにこれは命の危機を感じる状況である。
さらに最悪なことにも日が暮れ始め、そろそろさすがにヤバイと思い出した矢先、薄暗い闇の中にポツンと灯る、小さな人家の明かりを私は見つけた。
当然、地獄に仏と道なき道を駆け下り、その人家へ助けを求めたわけであるが、そこの住人を見た瞬間、むしろ危機的状況はより深刻になりつつあることを私は直感的に感じた。
いや、なにも鬼婆の家であったわけでも、山賊の隠れ家だったわけでもない。
その山小屋に住んでいたのは、猟師の夫とその妻の中年夫婦だった。
一夜の宿を求める私に、旦那の方はにこやかな笑顔で大歓迎してくれて、対する奥さんの方は声にこそ出さないものの、浮かぬ表情で迷惑に思っている様子だ。
……だが、嫌な印象を持ったのは、むしろ旦那の方だ。
一見、人の好い親切な山男のようにも見えるのであるが、その柔和な笑みとは裏腹に、眼だけはなんだかギラギラとしていて、それになんだか妙に慣れ慣れしいのだ。
この眼は、
私の本能は、そんな笑顔の下に隠された正体を教えてくれていた。
それでも他に頼るべき者もなく、このままここを発っても狼か山犬の餌食となるだけだし、私はその動物的直観を無視すると、その夫婦のご厄介になることにした――。
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