第20話 波止場
「なぁイルヤ姉、ホントに送って行かなくて大丈夫か?」
「なーにを言ってんだい、ガキの使いじゃあるまいし」
二泊三日の行程を終え、イルヤ姉たちは再び王都の港へ訪れていた。
行きと違うのは抱えきれないほどの大量の荷物、その多くはミントの戦利品だが、イルヤ姉は農作業で鍛えた健脚でしっかりとそれを背負っている。
「まぁこれと言った後遺症も無かったですし、ハリス教授も太鼓判を押して頂いたので大丈夫ですよ」
教授にはここに来る前に挨拶をさせて頂いた、研究が忙しいとのことで、ぶっきらぼうに眉ひとつ動かさずに礼を受け取っていたが、大きな借りが出来てしまった。
「うぅ、それは分かってるけど……」
分かっているし、教授の事は信頼しているけど、それとこれとは話が別、心配なものは心配だ。
「はぁ、あんたもやっぱり父ちゃんの子だねぇ、心配性な所はそっくりだよ」
むっ、あんなダメおやじと似ていると言われるのは心外である。とは言え、そのセリフを言われたら黙るより他は無い。
「それじゃ、またねお兄ちゃん」
ミントはそう言って俺に抱き付いて来る。無くなって、初めて分かる、暖かさ。俺はミントを精一杯抱きしめる。
「ほら、イルヤ姉も」
俺は片手を広げてイルヤ姉を催促すると、彼女は仕方がないねぇと苦笑いを浮かべて応じてくれた。
船が離岸していく。元気に手を振るミントと、穏やかな笑みを浮かべるイルヤ姉の姿が遠くなる。
「元気でなー!」
俺はあらん限りの声を上げる。本当ならばサン助に乗ってジョバ村まで送り届けたかったが、そんな事をしたらまたお上のお世話になっちまう。
空は自由だが、人間は自由じゃないって事だ。
「元気でなー」
どこまでも続く大空に、俺の声は吸い込まれて行った。
「ふう、帰っちまったな」
とんでもない旅になったが、2人は満足してくれたのだろうか。
「そうね、帰っちゃったわね」
旅の間ミントに付きっきりで世話をしてくれたチェルシーが小さくなった船を見ながらそう呟いた。
「ごめんなさいアデム、私が付いていながら」
「いや、罠に気付けなかったのは俺も同じだ」
もう何度目かになる謝罪を受け取る。悔しさは俺も同じ、だが結果的にあの2人は無事だったんだ、過ぎたことは水に流すしかない。
「そうですわ、チェルシー。あまり謝罪の言葉を重ねると薄くなりますわよ」
「そうね、シャルメル。これで謝るのは最後にする」
チェルシーはそう言うと、決意の炎を目に宿し大空を見上げる。
「次は見てなさいよ! 絶対許さないんだから!」
「わっ、私もです! 次は絶対私が治して見せます!」
波止場に2人の声が響く、何だ何だと人々が振り向くが、2人にとってそれは関係のない視線だ。
「うふふふ、良いですわね。では
「お嬢様、おやめください」
続いて叫ぼうとしたシャルメルの口をジム先輩が速やかに塞ぐ。
「むー、むむーむー」
それを見た2人から笑い声が漏れる、何処かしこりのあった空気は霧散して、何時もの穏やかな空気が戻って来たのだった。
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