第2話 やり直しのスタート

「チャンスは一度きりだ。目が覚めたら、中学時代に戻っているはずさ」

「は? あんた何言って」

「さあ、そろそろ時間だ。うまくやれよ」

 その人はそれだけ言うと、光の中へ溶けていった。

「何なんだよ、全く」

 やはり、よくない思い出など思い返すべきではなかった。こうしてろくでもない夢を見ることになるのだから。


 チュンチュンと鳴く鳥の声が聞こえて、僕は目を覚ました。

 先日ネットで買った小さな木の時計を見ると、六時を指していた。

「わ、ちょっと寝すぎたな……。まだ見ていないアニメがあるのに」

 普段の僕なら、午後をずっと寝て過ごすなんてことはない。大抵、午後はアニメを見るのに費やしている。

 全くやらかしてしまったものだと思いながら身を起こすと、壁にかかっている学ランが目に入った。

「は?」

 今の僕の部屋には、高校の制服はもちろんのこと、学ランなんてかかっていない。

 それが一体どうしてかかっているのだろうか。

 何かの気の迷いで出したりしたのだろうか。

 記憶をフラッシュバックさせる。と。

 ──「目が覚めたら、中学時代に戻っているはずさ」

 夢の中で聞いたセリフを思い出した。

「そんな馬鹿な……」

 慌ててカレンダーを確認する。

 2019年4月20日。

「ありえねぇ……」

 今は2020年。世間は東京オリンピックで騒いでいるのだ。もちろん去年も騒いではいたけれど、問題はそこじゃない。

 誰かのいたずらかもしれないと思い、自分の部屋を出てリビングのカレンダーを確認しに行く。

 2019年4月20日。

「ありえねぇ……」

 一体どうしたものかと頭を抱えていると、二階から誰かが下りてくる音が聞こえた。

 その人は、僕の母親だった。

「あ、おはよう慧斗。今日は早いね」

「母さん?」

「そうだよ。何、気持ち悪い」

 母さんがけらけらと笑っている。そうだ、母さんに聞けばいいのだ。

「母さん、今日の日付って?」

「今日? 今日は、えっと、4月20日だけど。それがどうかした?」

「年は?」

「2019年だよ」

「マジか」

「そうだけど……。早く着替えてきなさい。せっかく早く起きたのに、時間がもったいないでしょ」

「う、うん……」

「ほら、行った行った」

 母さんに急かされ、そそくさとリビングを出ていく僕。

 どうしたものだろうか。

 母さんは、嘘をついているように見えなかった。そもそも、いつも九時ごろにひっそりと起きてきて朝ごはん食べている僕がこの時間にいたら、もっとびっくりするだろう。

 これは、事実を受け入れるしかなさそうだ。

 今は、2019年の4月20日。中学3年の1学期が始まったばかり。

 つまり、夢で会ったあの女が言っていたことは本当だったということだ。

学校に行った方がいいのだろうか。

この頃の僕は普通に学校に行っていたから、別に変な目で見られることはないだろう。数名だが、友達もいたことだし。

 ──「うまくやれよ」

 あの女が言っていたことを思い出す。

「せっかくだし、もう一回、やり直してみますかね」

 一人そんなことをつぶやいて、学ランにそでを通した。


 早く目が覚めたので、早く学校へ着いた。いつも僕が学校についていた時間よりも、だいぶ早くだ。このころ仲良くしていたやつらは、まだ来ていない。

 仕方ないから、本を読むふりをしながら、どうやって彼女を守るべきか考えることにした。

 彼女──本田さんは、もう学校に来ていた。仲のいい男女数名と話をしている。いわゆるリア充というものだ。ちょっとだけ妬ましい。

 気が付いたら、僕は本田さんを目で追っていた。サラサラのポニーテールが揺れている。その先まで美しい。

「っ」

 すると、さすがに視線を感じたのか、本田さんがこちらを振り返った。

 恥ずかしさで目をそらしてしまいそうになるも、いやだめだと本田さんを見る。ここで、きっと、本田さんは笑ってくれるはずだから。

 ポニーテールを揺らしながらゆっくりと振り返った本田さんは、視界に僕を収めると、にっこりと、微笑んでくれた。

何か行動を起こさないといけないと思った僕は、本田さんに、ぎこちない笑顔を返した。

それを見ていた男子が、何かからかうようなことを言っているのが聞こえる。

だがそんなことは構わない。だって僕は、本田さんと仲良くなって事故から守るのだから。

そう、僕が選んだのは、最も困難とされる「本田さんと仲良くなる」という道だった。

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