一年目――秋

 夏休みが終わって二ヶ月近く経った頃。


 つまりは宇宙そらが僕の家に来てから三ヶ月程経った頃のことなのだが、僕は彼女と一緒に学校からの帰り道を歩いていた。


「宇宙は大丈夫?」

「……なにが?」

「いや、寒くないかなって思ったから」

「……大丈夫」

「そっか」


 ちなみに宇宙は僕の一つ年下だ。当時の僕は小学校三年生だったから、宇宙は二年生ということになる。

 同じ学校に通っていると言えど、学年が違えば関わる機会は激減する。

 だから何の行事も無い日はこうして登下校を共にする事位しか学校での僕らの関わりは無かった訳だ。


 そんなわけなので、その頃の僕らの間には未だに気まずい空気感があった。

 なんとか歩み寄ろうとはしていたものの、向こうが心を開ききってくれていない、そんな状態だった。


「ただいまー」

「……ただいま」


 家に帰ると、たまたま仕事が休みだった父親が、台所でたくさんの大きなカボチャを前に四苦八苦していた。僕にとっては見慣れた光景だったが、宇宙にとっては不思議な様子だったらしく、目をぱちくりさせていた。


「ただいま、父さん」

「おう、おかえり。そうだ、お前らも手伝ってくれ」

「うん、わかった。ほら、宇宙も」

「あ……うん」


 ランドセルを床に置き、台所に向かう僕ら。しかし、宇宙は料理の手伝いだと思ったらしく、いきなりカボチャの一つに思いっきり包丁を突き立てた父親に驚いていた。


「……なに……これ」


 声が震えていた、まあ何も知らなければ当然の反応といえば当然の反応だった。


「ああ、これかい? これはハロウィンの準備だよ」

「……ハロウィン?」

「あれま、宇宙ちゃんは知らないのか」


 宇宙は時頭はいいけれど、意外と知らないことが多い。この様子だとハロウィンも知らないようだ。


 それを知った当時の僕は、自分の中のハロウィン知識を存分に宇宙に披露してやろうという心意気になった。


「ハロウィンっていうのは、元々は古代ケルトの豊作や魔除けのお祭りで……」

「……そうなんだ、ありがと」


 ……遠回しに拒絶された。

 まあ当たり前だ、こんなうんちくを自ら聞きたがる人間などなかなかいるものではない。

 宇宙は僕を素通りし、父親の方へ向かっていった。


「……なにをすればいい?」

「おお、お前は優しいなぁ。奏介とは大違いだ」

「悪かったな、優しくない息子で」

「別にお前とは言ってないじゃないか。なあ宇宙」

「……うん。奏介くんは優しい」

「お、おう……ありがとう……」


 その時の僕の顔は、かなり赤くなっていたことだろう。

 まあつまるところ、照れていた。理由は言わなくてもいいだろう。

 そんな貴重な僕の照れ顔を横目に、父親は宇宙にジャックオランタンの作り方を教えていた。


「いいか、まずはカボチャのお尻に穴を空ける。そのあとその穴から中身を取り出すんだ」


 父親に教えられながらぎこちない手つきで作業している宇宙の隣で、作り馴れた僕はすいすいと作業を進めていた。

 カボチャはあらかじめ父親によって柔らかくされているので、子どもの僕や宇宙でも簡単に中身をほじくりだせた。ちなみに調理されていないカボチャなら、今の僕でもほじくりだすのには時間を要するだろう。


 僕らが両方カボチャの中身を出し終えたあと、父親は二本のマジックペンを取り出した。


「次は、カボチャに顔を描くぞ。お互い好きなように描いてくれ。後はその線に沿って切り取るだけだ」

「僕はいつも通りでいいか……宇宙はどうする?」

「……」


 僕の質問には答えずに、ゆっくりとペンを、ナイフを、動かしていく宇宙。そのいつになく真剣な顔に僕はしばらく目を奪われていた……のかもしれない。


 数十分後、そこにはがったがったに崩れてしまった僕のカボチャと、某あんパン男の顔が精巧に再現された宇宙のカボチャがあった。


「これは……やってしまったな、奏介」

「……奏介くん」

「なんだよぅ、やめろよぅ、寄ってたかって僕をいじめないでくれよぅ」


 ……実に情けなかった。

 でもよく考えてみると、僕はこれまで宇宙に情けないところばっかり見せていた気がする。別にこれからも変わらないけど。


 その後は三人でカボチャの中身を使って夕飯を作っていた。


「おーこれはこれは、カボチャのいい匂いがするねぇ」


 仕事から帰って来た母親もこの通り、ご満悦だった。

 ハロウィンの日は毎年こんな感じの一日だ。ただ、隣に宇宙がいる。それだけで毎年のイベントが、一生忘れられない思い出になっていた。


「おやすみー」

「……おやすみ」

「はいよ、おやすみー」


 夕飯を食べ、歯を磨き、お互いの宿題をしてから風呂に入り。風呂からあがればテレビを観たりおしゃべりをしたりする。

 そんなことをしていれば、もう時刻は十時をまわっていた、子どもはもう寝る時間だ。


 僕と宇宙は同じ子ども部屋で、隣どうしに敷いた布団で寝る。

 宇宙はいつも人形を抱いて眠っていた。彼女がこの家に来てしばらくしたときに、両親が彼女にあげた物だ。


 僕らはそうして、いつも隣どうしで眠っている。普段は会話の無い時間だけれど、この日だけは違った。


「……楽しかったね」


 宇宙から発せられたたったの一言。何気ない一言。


「……そうだね」


 ――それが僕には堪らなく嬉しかったことを、しっかりと覚えている。

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