★衝撃の事実

 帰りの電車の中で、今日あったことを振り返ってみた。仕事はいつもの通りだったし順調だったけれど、午後には某国のお偉いさんが大臣に会いに来て会談するとかでバタバタしていたら、予定よりも早い時間に着くからと連絡をもらってさらにバタバタしてしまった。

 そして上司と一緒にお迎えするべく外で待っていて、到着したリムジンから出て来たSPらしき人の中に、商店街や病院で扇子を拾ってくれた人がいたことに驚いた。サングラスをしていたけど、彼だとすぐにわかった。


(まさか、SPに紛れて大臣とかお偉いさんを殺すつもりじゃ……)


 そう考えたら殺し屋にしか思えなくなってしまったし、たまたま防衛省に来ていた父に近付いたから、もしかしたらお父さんが狙いかも?! と思って彼を睨みつけつつもを庇うように立つ。


「お父さん、その人、殺し屋よ!」

「おい暁里、殺し屋って……」


 そう言ったものの、父は呆れたような呆気にとられたような顔をしながら言ったあとで、殺し屋がジャケットに手を入れた。思わず撃たれる! と思ったけれど、出て来たのは手帳のような物で、それを開いて私や父に見せた。


「おい、超絶ウサギ耳女! 誰が殺し屋だ、誰が! えー……午前中に上司から連絡が行っていると思いますが、自分は国際刑事警察機構インターポールの日本支部所属、警視正の篠原と言います。今回の件は自分が担当することになりましたので、そのご挨拶を」


 そう言った殺し屋――もとい、篠原さんの手帳を見れば写真付きの身分証で……。しかも、そこには篠原さんが言った通りのことが書かれていた。


「嘘ーーー!!」


 そのことに驚いた私は、フロア中に響くんじゃなかろうかという声で、そう叫んだんだのだった。やってしまった……。

 そのあとは父に私の失敗を知られて恥ずかしい思いをしたし、篠原さんに狩りの意味を教えてもらってようやくわかったけど、扇子を拾ってもらったことを思い出してお礼を言おうとした矢先に上司に呼ばれてしまって、またお礼が言えなかった。

 鈍臭い自分に凹む。


 父は海上保安庁のお偉いさんだから一人にすることには不安があったけれど、SPができるほどの国際警察官な篠原さんがいるからと割りきってまた仕事に戻った。


「私の完全な勘違いと思い込みとはいえ、悪いことしちゃったなぁ……」


 ポツリと言葉を溢す。

 篠原さんが醸し出してた雰囲気が独特だったし、ずっと殺し屋とか思っていたから警戒してたんだけど、警察官――それも国際警察官!――とわかってからは、全面的に信じたわけじゃないけど警戒を解いた。

 そして、今更ながら自分の過ぎた妄想と思い込みが恥ずかしくなり、未だにお礼が言えていなことも相まって、凹んで悶絶していた。


 自宅の最寄り駅である希望が丘駅の改札を出て、母が入院している病院に向かうバスに乗る。母を見舞ってまた希望が丘駅に戻ると、父は遅いだろうと思って今日は作らずにテイクアウトにしようと決め、自宅方向ではなく商店街に足を向ける。向かった先は、商店街の一番奥にある明明ピンイン飯店さん。


春琴チュングムさん、こんばんは」

オソオセヨいらっしゃいませ~。あ、アカリっ氏。今日は何食べるね?」

「ごめんなさい、今日はテイクアウトをお願いしたいんだけど、いいかしら?」

「もちろんね。何するか?」

「うーん……。あ、酢豚とエビチリとチヂミなんだけど……」


 少し考えてからメニューを告げると、玉爾さんはニッコリ笑って頷いてくれた。


「いくついるか?」

「二……ううん、三人前」

「わかった。そこに座って少し待ってほしいね」

「ありがとう」


 何人前かを告げて玉爾さんに言われた場所に座って待つ。


 実はチヂミは明明飯店のメニューに載っていない裏メニュー。何回か明明飯店に来て春琴さんと仲良くなって、春琴さんが韓国の人だと聞いたからこっそり春琴さんに『チヂミはメニューにないの?』って聞いたら、チヂミは春琴さん自身が作る裏メニューだと教わったのだ。

 初めて食べた時は本当に美味しくて、その日はおかわりしたのを覚えてる。

 そのことがあってから明明飯店に来ると三回に一回は頼むようになり、春琴さんもたまに『アカリっ氏、今日はいい材料入ったね。チヂミ食べるか?』と聞いてくれるようになったから、その時は食べるようにしていた。


 そんなことを思い出していたら、春琴さんが紙袋を持って私の側に来た。袋からはいい匂いがしていて、思わずお腹が小さく鳴った。それを聞いたらしい春琴さんが「ふふっ」と笑って頷きながら紙袋を差し出したから、代金を渡してからそれを受けとる。


「待たせたね。熱いし重いから気を付けて持っていくね」

「いい匂い! ありがとう!」

クウェンチャナどういたしましてト、マンナヨまたお越しください~」

「はーい!」


 手を振ってくれた春琴さんに手を振り返して明明飯店をあとにすると、そのまま自宅へと戻った。


「ただいま~」

「お帰り」

「暁里~~~!!」


 玄関を開ければ、普段はない男性用の靴が二足目に入った途端、父の言葉と、ウザイほどテンションの高い兄である璃人の声が聞こえた。

 まさか兄までいるとは思わなかったから、テイクアウトは父と私の分しか買ってない。残ったら明日の朝食べようと思っていただけに、ちょっとがっかりしていたら、リビングに入った途端に兄に抱きつかれた。


「兄さん、ウザイ! そして抱きつかないで!」

「久しぶりに会ったのにひどいな!」

「ひどくないし、もう子供じゃないわ!」

「二人ともその辺にしなさい。璃人、少しは落ち着いたらどうだ?」


 呆れたような父の言葉に、兄はようやく離してくれた。父がいるテーブルの上にはカット野菜の上に乗せられた豆腐ハンバーグとご飯が乗っている。それに首を傾げつつもテーブルに紙袋を乗せてから手洗いうがいをしたあとでお皿を持って行くと、酢豚、エビチリ、チヂミをお皿に移した。


「お、中華とチヂミ?」

「うん。明明飯店さんのよ。お父さんは遅いかなと思ってテイクアウトにしてもらったんだけど、まさか兄さんまでいるとは思わなかったわ。おかげで予定が狂ったわ……」

「ひでぇ……暁里、最近本当にひでぇ……」


 ぼやく兄をスルーして席に着くと、三人でいただきますをしてご飯を食べ始める。豆腐ハンバーグはどうしたのかと聞けば、やっぱり父も私が遅くなることを見越して、商店街の中にある篠原豆腐店で買って来たらしい。

 ご飯を食べながらお互いの近況報告と母の病状を伝え、ご飯が終わったあとでお茶を出したら「二人に話がある」と父に改まって言われた。兄と顔を見合せつつもまた席に着くと、父はしばらく黙り込んだあとで話し始めた。


 父曰く、私が国際指名手配犯を内包している犯罪組織から狙われていること、その情報を元に日本の警察ではなくICPOに相談したこと、私の護衛は明日からで、今日会った篠原さんが就くことを告げられた。


「え、篠原さんが護衛に? 大丈夫なの?」

「彼はずっとICPOの本部があるフランスにいて、いくつもの犯罪組織を壊滅させたそうだ」

「ええっ?! そんなにすごい人だったの?!」

「本人はそう言っていた」

「でも、どうやって護衛するの? ここまで来るのは大変じゃない?」

「彼の実家は商店街の中にある篠原豆腐店さんで、今はそこから日本支部に通っているらしい」


 そんな父にの言葉に驚いた。だから商店街にいたし、私の居場所を先回りすることができたことや気配がしなかったのかと、ようやく納得した。


「……俺と父さんがいるんだし、別に護衛なんかいらないだろ? 今までやって来たみたいにすればいいじゃないか」

「今までは本当にラッキーだっただけだ。これからはそうも言ってられんし、私は暁里の側についていてやれん。今は二人とも陸にいるから気を配ってやれるが、二人ともいなくなったあとはどうするんだ? お前に護ることはできるのか?」

「今までやって来たんだから、できるに決まってるだろ! 暁里は俺が護る!」


 篠原さんのことで納得している間に、なぜか兄は喧嘩腰。兄の気持ちは嬉しいし二人に溺愛されている自覚はあるけれど、兄の溺愛具合は本音を言えばウザイ。非常にウザイ。

 そして何より、護衛に関しては、素人の兄よりも人柄を知らないはずの篠原さんのほうがなぜか安心できる気がする。

 そんなことを考えていたら、父の怒ったような低い声が飛んだ。


「何かあってからでは遅いんだぞ、璃人。そして分を弁えろ。篠原くんはお前と違って護衛のプロだ……某国のお偉いさんのSPができるほどのな」


 珍しく厳しい口調で話す父に、兄は憮然とした顔をしながら席を立つと、何も言わずにリビングから出て行った。それを見た父は溜息をついたあとで私を見る。


「暁里、そういうわけだ。私は予定よりも早く戻って来たからその情報を手に入れることができたが、篠原くんには外で会わないほうがいいと言われている。気を配るし暁里は不安だろうが、私はそうするつもりでいる」

「わかっているわ。不安がないわけじゃないけれど、篠原さんは信頼できる気がするの。それに……」

「それに?」

「よくわからないけど、何だか安心できる気がするし」


 そんな私に、父はおや、と言う顔をしたあとでフッと笑い、「そうか」と、ポツリと呟いた。


 篠原さんに対して何でそんなことを思ったのかはわからないけれど、少しだけ話した彼からは、自身の仕事に対しての自信というか自負というか、「この人ならば大丈夫」と思わせる何か……そんなものが感じられたから。



 翌朝、頑ななまでに「防衛省まで送る」と言った兄に辟易しつつも一緒に駅の改札に行くと、そこには篠原さんがいた。


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