二度目の遭遇と妹たち

 あのあと商店街をざっと歩いて布団を買い込んだ。家に戻ってからわかったのは、青いゆるキャラの名前がキーボ君で、頭の天辺が黄色いのと赤いのがいるらしいということと、俺が見た黄色頭のやつはシェイドの弓削夫妻の甥っ子が、もう一匹――いや、一人か?――がベーカリー・リオンドールで会った恭一がやっていることだった。

 あとは改装して新たにオープンした店があったり、雑貨屋が増えてたりもした。閉店してる店もちらほら見かけたが改装して名前を変えたり、閉店していても後継者が戻って来て復活していたり。


 大崎酒店の店主である正一郎の親父や、菊水茶店のご隠居が相変わらず砂吐き夫婦だったことに呆れたものの、変わっていないことが嬉しかったし安心した。


 そして久しぶりの地元商店街を堪能した数日後、足を骨折して入院していると連絡をもらった友人のお見舞いに行くために、山の手にある総合病院に行くことにした。お土産はどうするかとあちこち覗くものの、これといったものはなかった。

 その先々で見かけたキーボ君なるゆるキャラのグッズを眺めるも、男にやるものではないしと買う気にはなれず、買わなかった。ヤツがほしがるとも思えないし。

 それならばと、まだ会いに行っていない妹の籐子への土産代わりに呉服屋で見つけた根付けと巾着を選んでいたのだが、二種類あった根付けがどうしても決められず、結局二つ買ってしまった。

 その流れで結局友人には定番の果物を持って行くことにし、籐子への土産を一緒に持ってお見舞いへ行った帰り。


 病院の出入口直前で見たことのある女――恭一が言うところの超絶ウサギ耳女が俺の目の前を通り過ぎた。柚花庵で見た時のようにどこかボーッとしながら歩いて行く。


(危ねえなぁ……あんなボーッとしながら歩いて大丈夫なのか?)


 そう思った矢先、やっぱり童顔女は何かに蹴躓けつまずき、鞄から何かを落とした。それを拾ってみれば、先日俺が拾った扇子で、「またかよ……」と小さく呟いて童顔女に声をかけることにした。


「お嬢さん、落とし物だ」

「え……? ひっ!」

「ちょ、おい、待てって!」


 俺の顔を見た途端に短い悲鳴を上げた童顔女は、ちょうど出入口付近だったためにまた走って逃げようとしたが、慌ててその腕を掴むと、あの時と同じように童顔女の身体がビクリと震えた。ほんと、失礼なやつ!


「きゃあっ!」

「『きゃあっ!』じゃねぇよ! お前はウサギか?! ほら、落とし物だよ、お・と・し・も・の・!」

「え……?」


 掴んでいた手に拾った扇子を乗せてから腕を離せば、童顔女は扇子を確認したあとで「ごめんなさい……」と謝った。それに小さく溜息をついて扇子を見ると、飾り紐のようなものがついていた。


「たく……何回落とせば気が済むんだ? ほれ、その扇子を貸してみろ」

「……どうぞ」


 一瞬躊躇ったものの、結局は俺に扇子を渡してくれた童顔女に「すまんな」と言ってから持っていた紙袋に手を入れる。紙袋の中には籐子のために買った巾着と根付けが二つ入っていたからだ。

 そのうちの一つを、扇子の雰囲気に合わせてぶらさげてやる。奇しくもその根付けは赤い組紐の、楕円形にウサギの耳や目が書いてある、小ぶりの鈴が付いた根付けだった。

 落としても鈴が鳴るか確認してから、それを童顔女に渡す。


「ほれ。これなら落としても大丈夫だろ」

「うわー、可愛い根付け! いただいてもいいんですか?」


 少し青ざめていた顔色が根付けを見た途端に戻り、綻んだように笑った童顔女に俺もフッと口元を緩める。


「構わねえよ。……今度は落とすなよ?」


 可愛い可愛いと夢中になって根付けを眺めている童顔女に念のために釘を刺すと、童顔女は「はい!」と元気に返事をし、鞄にしまい始めた。それを見計らい、「じゃあな」と童顔女の返事を待たずにその場をあとにする。


 もう少し一緒に……どこかで話がしたいような気もしたが、耳がいいならいろいろと大変だろうし、人が多いと疲れるんじゃないかと思ってやめた。


(どのみちもう会うこともないだろうしな)


 そう思ってふっと息を吐く。とりあえず、今日は妹がやっている店に行って最近の様子を聞こうと決め、訪れる時間を閉店間際と決めてそれまで待ち、居酒屋とうてつへと向かうと暖簾をくぐる。

 ざっと店内を見回せば、フロアには妹の籐子と眼鏡をかけた大学生くらいのバイト、カウンターに座っている可愛らしい感じの客の女、カウンターの中には妹の旦那である徹也と幼なじみでフラれ記録をストップして結婚した千堂せんどう 嗣治つぐはるがいた。


「ごめんなさい、もうじき閉店……あら?」

「よう、籐子。元気か? って、見た限り聞くまでもないな」

「「籐志朗さん?!」」


 俺を見た籐子は客だと思ったのか、閉店だと言いかけて首を傾げ、徹也と嗣治は俺の名前を呼んで固まった。

 まあ、全然日本に帰って来てなかったし日本にいた時ですら帰って来なかったのだから、帰省は実質十年ぶりくらいになるのだから仕方がない。


「おう。久しぶりだな!」

「うわー、籐志朗さん、真っ黒じゃないか!」

「まあな。そのへんの話はまたするが……籐子、おめでとう。やっと、だな」

「あ……、うん、ありがとう!」

「これ、お祝いな。商店街の呉服屋ので悪いが……」


 持っていた紙袋を渡すと、籐子は早速中を覗いて嬉しそうな顔をする。


「あら、この巾着……! 買おうと思っていたやつなの。ありがとう、兄さん!」

「なら良かった」

「お兄さん?!」

「似てねえ……」


 籐子の言葉に驚いたのはカウンターに座っていた女で、似てねえと呟いたのはフロアにいた男だった。それに対して「籐子はお袋似だからな」とカウンターに近い席に座ると、籐子がおしぼりと小鉢、箸を持って目の前に置いている間に、男が暖簾をしまっていた。


 そこで改めて二人を紹介された。


 男はやはりバイトで女は嗣治の嫁だと紹介され、俺も二人のために改めて名乗る。どうやらここにいる二人は籐子と徹也が夫婦であることと、籐子が妊娠していることを知っているようだった。


「話してよかったのか?」

「平気よ。どのみち大空だいすけくんには言っておかないといろいろと不都合が出るし、二人とも口は固いもの」

「へえ? それはすごいな」

「ええ。大空くんは将来弁護士になりたいそうだし、桃香ももかさんは科捜研勤務だから」

「なんだ、嗣の嫁は同業者になるのか」


 そんなことを言った俺に、嗣治の嫁の桃香は首を傾げながら「同業者?」と呟き、徹也が「籐志朗さんは国際警察官だから」と話すと、二人どころか嗣治まであんぐりと口を開けた。


「聞いてないっすよ! まだ皇宮警察官だと思ってた!」

「皇宮警察官……それだってすごいのに。どっかの一課の人たちとは大違い!」

「一課の人、『たち』?」

「そうなんです! 聞いてくれます?!」


 そう言った桃香は日頃の恨みがあるのか、はたまた今日はたまたまだったのか、守秘義務に触れるか触れないかのギリギリのラインで愚痴を溢して行く。そんな様子にあっけにとられながら嗣治を見ると、嗣治自身もあっけにとられながらも眉間に皺をよせ、少しだけ嫉妬しているように見える。


(……何か、夫に嫉妬している嫁さんみたいじゃねえか)


 内心そう思いながらも桃香を見れば、俺と話しながらも、時たま嗣治に話を振っている。


「嗣、いい婿さんもらったな」


 冗談で嗣治にそう言えば、嗣治と桃香以外の三人はプッと吹き出して笑い始め、桃香はなぜかオロオロし、嗣治はガックリと項垂れている。


「――っ! 籐志朗さんにまで嫁認定された……!」

「あん?」

「兄さん、とりあえず何か食べない? 食べながら説明するわ。徹也さん、兄さんに何か出してあげて。大空くんもたまにはラストまでいたら? 賄いを食べながらいろいろと聞いたらどうかしら」


 そんなことを言う籐子に頷きながらもビールを頼む。


 料理やビールを食べたり飲んだりしながら、嗣治と桃香の馴れ初めから結婚までのことを聞いて口をあんぐりと開け、なぜ嗣治が嫁認定でガックリ来たのか納得する。


「まあ、嗣らしくていいじゃねえか。今更だが、二人とも結婚おめでとう」

「「ありがとうございます!」」


 仲良くお礼を言った夫婦をからかい、なんだかんだと話をしているうちに夜も更けて行った。


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