幼馴染と童顔女
童顔の女を追いかけながらその方向を見極め、先回りするつもりで、途中で商店街の住人しか知らないような横道に入る。女が来るであろう場所で待っていると、女はキョロキョロしながら息を整えていたので、いつもの癖で忍びよるように近付いて声をかけた。
「逃げんなって、お嬢さん」
「きゃあっ!」
「忘れ……って、おい!」
声をかけた途端に女の肩がビクリと跳ね上がり、そのまままた走り出した。
「マジかよ……」
はあ、と溜息をついてまた追いかけ始める。大崎酒店、
「あー、面倒くせー。帰って来た早々何やってんだ、俺は……。いっそのこと交番に届けるか?」
そんなことを言いながら女の様子を見れば、キョロキョロしながらJazz Barシェイドがあるビルに入って行くのが見えた。シェイドのマスターである
「克明さんや
あの二人は話好きだしなあ……と考えながら歩いていると、ベーカリー・リオンドールで何となく見覚えのある二人を見かけたので、店に入って二人に声をかけた。
「よう」
一瞬身構えて訝しげな顔をした男は俺の顔をしばらく見たあとで驚いた表情を浮かべ、女のほうも男と同じような顔をしていた。
「あ? ……って、もしかして籐志朗さん?!」
「もしかしなくてもそうだ」
「真っ黒に日焼けしてるからわかんなかった!」
「ってことは、二人はもしかして恭一と京子、か?」
「おう!」
「うん!」
会うのは十年ぶりくらいだからと名前を確認をすれば、やっぱり同じ商店街で育った安住 恭一と、三宅 京子だった。
二人に近況を聞けば、恭一は小さいころからの夢だった陸上自衛隊に入ってレンジャーの資格を取り、京子は警察官になったと話した。
「私と籐志朗さんは同業者ってことよね?」
「籐志朗さんは皇宮警察官だろ? 京子とは違うって。ですよね、籐志朗さん」
「ある意味間違っちゃいないが、今は皇宮警察官じゃない」
「え? 辞めちゃったんですか?!」
「辞めたと言うか、職場変えしたと言うか……」
言っても信じないだろうと思って二人にそっと身分証を見せれば、二人揃って絶句してしまった。
「泥棒を追っかける某アニメの警部ですか……」
「階級はあのおっさんより上だけどな」
身分証をしまいながらそんな言葉を交わす。そう言えばと今まで追いかけていた童顔女の話をすると、二人が……特に恭一が反応を示し、「詳しくは言えないけど」と童顔女の話をしてくれたのだが。
「は? チョウゼツウサギミミオンナ?」
「それしか言いようがないんですよ。俺は上官と一緒に上から見てましたけど、追いかけてる同僚のリロード音を聞いてそいつとは別の方向に逃げてたから、耳はかなりいいんじゃないかと」
「あー……なら、やっぱり電話の内容を聞かれたかな……」
苦笑しながらそう言うと、やはり恭一が反応をした。
「どういうことですか?」
「いや、さっきな、同僚でもある先輩から電話がかかって来て狩りの話をしてたんだよ。警察官の京子なら狩りの意味はわかるだろ?」
「確か、一斉検挙のことだったわよね?」
「ああ。狩りを手伝えって言った先輩に『俺たちがやっちゃっていいんですか』って言ったら、その童顔女がギョッとした顔をして逃げた」
「なるほど。ただ、籐志朗さん、スカウトするなら交渉権は陸自が最初ですからね?」
くそ真面目な顔をしてそう言った恭一に呆れる。
「スカウトするかどうかは別としても、訓練を受けてない素人はいらん」
そう返すと恭一は苦笑していた。そしてしばらく雑談してから立ち上がる。
「情報ありがとな。邪魔して悪かった」
「それはいいんですが、籐志朗さんはしばらくこっちに?」
「ああ。休暇中だし、さっき日本に帰って来たばかりだからな。住むところも探さにゃならんし、当面は実家にいる」
「あ! なら籐志朗さん、私、向こうでの話を聞きたい!」
「……時間があったらな」
楽しそうにそう言った京子にお茶を濁す。不機嫌になった恭一が目に入って笑いそうだったからだ。
尤も、話す時間はほとんどないだろう。京子も勤務しているだろうし、俺自身も少し変わった商店街を見て歩いたり、住む場所を探したりしなければならないからだ。休暇が終わればそれどころじゃなくなるというのもある。
じゃあな、と一声かけてベーカリー・リオンドールを出ると中央広場へと向かう。目をこらせば、シェイドから出て来たらしい童顔女がキョロキョロしつつも、魚屋の魚住と肉屋の狩谷ミートの間の通りに入って行く。そっちの方向にあるのは入船寿司と菓子屋の柚花庵くらいだ。
(一人で入船に行くとは思えんし……柚花庵か?)
何となくあたりをつけて裏道から回れば、やはり童顔女は柚花庵へと入って行く。
(ビンゴか)
そう思いながら柚花庵の入口から見えない場所で気配を殺し、扇子を弄りながら待つこと数分。少しぼんやりしながらもご機嫌な顔で出て来た童顔女の手を掴めば、身体をビクンと跳ねさせ、俺の顔を見て青ざめた。
「捕まえた。どんだけ警戒心強いんだ? あんたはウサギか?」
「ひっ! あの、私……その、殺さないで!」
「はあ? 何言ってんだか……ほら、手をだせよ。落とし物だ」
青ざめながらも恐る恐る手を出した童顔女の手の上に扇子を置くと、掴んでいた手を離す。手の上に置かれたものを見た童顔女は、驚いた顔をして扇子を開いたりしながらそれを眺め、「これ、私の扇子……」と呟いた。
「やっぱりな。汚れや傷はないか?」
「はい、大丈夫です」
「ならよかった。俺の目の前で落としたし、大事なものだと困るからと思って声をかけたんだが、あんたはいきなり逃げるし」
「あ……ごめんなさい」
わたわたと焦りながらも頬をうっすらと染めた童顔女にふっ、と笑う。何となく手を伸ばして童顔女の頭を撫でると「じゃあな」と商店街のほうへと歩いて行った。
恭一の話だと防衛省に勤めてるらしいし――社会人してることにも防衛省にいることにも驚いたが――、二度と会うことはないだろうと名前すら聞かなかったが、まさか数日後にまた会うことになるとは、この時の俺は微塵も思っていなかった。
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