あかりを追う警察官

饕餮

プロローグ

「別れよう」 


 ぞっとするほど冷たい声が、そう告げた。視線の先にいるその声の持主は、声と同様に態度や視線すらも冷たい。

 懐から銃を取り出し、銃口をこちらに向ける。先ほどまで向けられていた甘い視線や雰囲気は綺麗に消されていて冷徹になり、危険な猛獣を前にしたように空気がピンッと張り詰めていた。


「どうして……っ」

「俺が知らないとでも? そんな間抜けに見えるのか? なあ……国際指名手配犯さん?」


 こちらに銃口を突きつけながらも、彼がまた懐から出したのは手帳サイズのもの。それが開かれ見せられたのは彼の写真とその階級、そして『国際刑事警察機構ICPO』の文字が羅列している警察手帳と、知っている名前とは違う『トウシロウ・シノハラ』の文字、だった。


「……っ!! なんでバレたの!」

「なんでって、俺がアンタをずっとマークしてたからに決まってるだろ? それに気づきもせず、ノコノコ俺に近づいて来たのが運の尽きだな」

「く……っ!」


 太股に隠していた銃を取りだし、彼に銃口を向けた時だった。


「きゃあっ!」


 撃つ前に手首を撃ち抜かれ、銃が手から落ちる。


「『Fin』、だな」

「……っ」


 痛む手首を押さえて彼を見上げると、離れた場所にいたはずがいつの間にか目の前にいて……。

 首の後ろに衝撃が走ってすぐ、意識が途絶えた。



 ***



「ふう……」


 ドサリと音を立てて倒れた指名手配犯に銃を向けたまま、しばらくそのままの体勢で待つ。完全に意識が途切れたのを確認してから隠れていた仲間に合図を送ると、すぐに突入してきた。

 犯人を彼らに任せ、その場をあとにする。歩き始めてすぐに携帯が鳴り、それに溜息をついて出る。


『シノ、今大丈夫か?』

「ああ。たった今終わったところだ。どうした?」

『立て篭り犯と逃亡犯、どっちを仕留めたい?』

「……なんだ、その二択は」


 電話の相手は国際刑事警察機構ICPOのフランス本部で一緒に働いているうちの一人で、俺のバディでもある。そいつに妙な二択を突き付けられ、呆れた声しか出なかった。


『だってシノは二ホンに帰るんだろ?』

「当然。そのためにずっと移動願いを出してたんだし。つうか、休暇ですら帰ってないんだよ……そろそろ本場の日本食が食いてえんだよなあ。寿司とか」

『フランスにあるのじゃダメなのか?』

「シャリの味がな、全然違うんだよ、ネタもな。純日本人としては、あれは寿司とは言わん! あと梅干しが食いたい。他人の手で二度流産させられて苦悩していた妹がやっと妊娠したから、直接お祝いも言いたいんだよな」


 そんな個人的な話をしながら出入口に向かうと、バディがそこにいて手を上げたので、通話を切る。


「じゃあ移動しようか。どっちに行く?」

「……逃亡犯で」

「わかった。装備したら出発しよう」


 ある程度の準備をして車に乗り込むと、バディは車を発車させた。

 そして移動すること十五分、現場に着く。渡されたのはライフルだった。


「……射殺命令でも出されてんのか?」

「組織の幹部数人とボスは逮捕してるし、人質も開放寸前。残ったやつらは殺っていいってさ」

「おいおい、過激だな。つうか、俺は狙撃班の人間じゃないんだが」

「嘘つけ、コラ。狙撃にいたことも、狙撃班の人間よりも腕がいいってことも、俺は知ってるんだからな?」

「一体いつの情報なんだか……」


 相当古い情報だなと軽口を叩いて苦笑し、二人で指定された場所へ移動すると、そこに逃亡犯の車が飛び込んで来た。車を停め、周囲を警戒しながら降りてくる逃亡犯三人。どの面も見たことがある人相で、国際的に指名手配されている人物たちだった。


「さて、殺りますか」

「はいよ」


 バディの合図でまずは一人目に照準を合わせ、ライフルの引き金を引く。こっちの方向を見ていた男の額に銃弾をめり込ませると、俺のを含めた銃声が二発、遅れて辺りに響く。その直後、二人の男の頭が弾け飛んで血や脳みそをぶちまけながら倒れた。

 それを冷めた目で見ながらお構いなしにすぐにリロードし、銃声を聞いて振り向いた男の額に同じように額にめり込ませると同じく頭が弾け、後ろに倒れ込む。

 もう一度リロードし、そのままの体勢で待つことしばし。逃亡犯を追っていた仲間が到着し、周囲や犯人を警戒しながら近寄っていく。そして仲間から合図が出たのでライフルを下ろすと、ふう、と息を吐いた。


「お見事」

「おう。久しぶりだったが、何とかなるもんだな」


 そして懐から手錠を出すと、バディの両手を掴んで手錠をかける。


「シ、シノ……?!」

「ほい、犯人確保、っと」


 そこまで言うと、建物の陰からで先輩である高林たかばやし すぐると、コイツを追っていた仲間が現れた。


「な……っ!」

「言っとくが、籐志郎が狙撃班にいたことはない……一度として、な」

「銃の腕は確かだけどな」


 高林がニヤリと笑いながらそんなことを告げ、仲間も同じようにニヤリと笑いながら手錠を嵌められている男に銃を向け、もう一人は手袋をしてからボディチェックをしていく。


「お? あったあった。さて、一体これは何かなぁ?」

「く……っ」


 男の目の前で、出て来たものをひらひらと振っている。ポケットから出て来たのは所謂麻薬だ。国際警察官でありながら、コイツは麻薬組織に入り浸り、バイヤーをしていた不届き者だった。


「バカだねぇ、麻薬に手を出すなんて。言っとくけど、もうお前が帰る場所そしきはとっくにないからな?」

「じっくり聞こうじゃないか、本部でな」


 仲間にそう言われ、男はガックリと項垂れた。


(ああ、やっと日本に帰れる……)


 ふう、と息を吐いて空を見上げる。心は既に日本に飛んでいた。



 ――帰国直後、まさかあんな目に合うとは、この時の俺は一欠けらも思っていなかった。

 

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