第26話 手の甲のメモ

更年期は物忘れが多くなる。

「牛乳、パン、バナナ」

仕事帰りに手の甲に書いたメモを確認し

買い物カゴに入れていく。

「……かぶ?何だっけ? これ」

書いたメモを思い出す。

牛は牛乳、パはパン、バはバナナ。

頭文字ひとつを書くことがルール。

なのに、[か]ではなく[かぶ]の二文字だ。

思い出せない。何で二文字だ?

明らかに野菜のカブではない。

大根オンリーの我が家だ。

店の中を歩き回って思いだそう。


メモ一文字に拘るのは理由がある。

今から二十五年前、飲食店でバイトしていた。

ジャガイモ一キロ分の皮むき。

玉ねぎ一キロ分のみじん切り。

三十代の主婦パートさんの手の甲のメモを

見た時からだった。一緒に皮むきする

彼女の手の甲に書いてある文字。

【ヤクとシャブ】だ。恐い。恐い恐い。

聞くに聞けない。視線を感じたらしく、

「あっこれ?帰りに買ってくのよ」

笑顔で答える主婦。主婦も薬を使うのか?

怪訝な顔の私に、さらに言葉を続ける。

「旦那と子供に頼まれたのよ」

お子さん、まだ三才ですけど?

「……ごめん。まぎらわしいね。ヤクは

ヤクルトで、シャブはしゃぶしゃぶ用の肉」

「ですよねぇ」略すのは危険だと認識する。

チンゲン菜だったら、はっ恥ずかしい。


店内をひとまわりするデバネズミ。

カブ、かぶ。たしか夫に頼まれたような。

【か】だけじゃ分からないから【かぶ】と書いた。

そうだ。思い出した。


それはお菓子コーナーにあった。

歌舞伎揚という煎餅だった。

すっきりしたデバネズミ。

買い物専用の手帳買おうかな?

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