第29話
あまり息を切らさないまま、展望デッキから地上に降りる。
私、確実に体力ついているみたい。
生活雑貨や物資を塔の基部に隠し、私はレマ・サバクタニの背負い子に収まった。
カポッとヘッドギアを被り、顎紐を締めた。
荒野に凛と咲く花……『エーリカの花』が刺繍された、ヘッドギア。
この小さな刺繍は私に勇気をくれる。
アンちゃんは、爪が食い込まないように革の当てものをした、私の左肩が定位置。
連射ボウガンが設置されていた時は、後方警戒が私の主な任務だったけど、今はこのレマ・サバクタニを戦車に例えるなら、私は車長。
樽型背負い子の中に立って四方を目視して、有事の際はアンちゃんとともに砲塔となる。
「状況を開始する。
レマ・サバクタニの鉄兜をバンバンと叩きながら命令する。気持ちいい。
「へいへい……、何が戦車だ、調子にのりやがって」
ぶつぶつ文句が聞えるけど、気にしない。
会敵場所に想定した場所に到着する。
ここから、遠距離射撃を試み、商業ビルまで誘導する。
首から下げた双眼鏡で、赤龍の巡回ルートを監視する。
この小型高性能の双眼鏡は、登山用品店のバードウォッチングコーナーで見つけたものだ。最大三十二倍望遠で、大きさのわりにかなり遠くまで視認できる。
遠くで地響き。でも、何か様子がおかしい。いつもの「のんびりお散歩」という歩調ではない。
「敵目視、十時の方向! あれ? 何かと交戦してる?」
何かがワラワラと大通りを走り、パラパラと矢を追尾してくる赤龍に射かけていた。その数五十体ほど。
「まずいな……ありゃ、ここに転送されてきたか迷い込んだ悪鬼の
レマ・サバクタニも自前の望遠鏡を覗きながら、言う。
何匹かが赤龍に踏みつぶされ、一匹が噛み砕かれて咀嚼されている。
逃げ切れないと踏んだか、果敢にも剣や槍をを掲げて赤龍の脚に取りついている個体も見られた。
「お? 『
悪鬼たちには可哀想だけど、射角と射程を観察するチャンスだ。
かっと口を開けると、火球が口内に出現し、そこから直線状に火線が伸びる。
高速噴射した可燃物に着火した感じ? 五百メートルほど先に着弾し、そこに組み立て式の『
アスファルトらしき地面がドロリと融解し、真っ赤なマグマ状になる。
周囲は、放熱の余波を受けて街灯は飴細工よろしくぐにゃりと曲がり、廃墟のガラスは一瞬で赤く染まって溶ける。そして、家屋は炎に包まれた。
その範囲、半径二十メートルくらいか。
遠距離武器を最初に叩くという知能。そして、この『龍吐息ドラゴンブレス』の破壊力。まさに、赤龍は一級危険魔導生物だ。
ずっと折りたたんだままだった、翅が広がる。
体温上昇を放熱処理しているのだろう。
それが、細かく羽ばたく。赤龍の巨体がふわりと浮いた。
放熱と我が身にとりついた悪鬼を振り落とすのと、一石二鳥を狙ったのだろう。
何匹かの悪鬼が、地面に激突して動かなくなってしまった。
「飛んだぜ、野郎、やっぱり飛べるのか!」
この個体は、観察を始めてから今日まで、のそのそ歩くばかりで、一度も飛んだり走ったりしなかったのだ。きっとこの個体は龍界でのヒキニートだったに違いない。
それにしても、龍が飛んでいる姿は初めて見た。
物理学上は、あの大きさの翅で、龍の体重を浮かせる浮力は発生しない。
そうなると、もうそこは魔導科学の分野なのだけど、個体数が少ないので研究は進んでいなかった。
「おそらく、何らかの『
という、曖昧な学説が主流だ。そもそも、爬虫類っぽい体に、キチン質の外骨格に守られたカブトムシっぽい折りたたまれた翅とか、ちょっとキモい。
あ、アンちゃんのは可愛いけど。うちの子、超可愛い。ちゅっちゅ。
赤龍が上空を旋回して、地上を掃討している。
何発もの『
分かったのは、『
「だが、作戦は続行だ。別の要素が混入したってことは、ここが安定を失っているってことだからな。時間が惜しい」
レマ・サバクタニが、古風な一眼の折り畳み望遠鏡を畳んでポーチに仕舞う。
そして、地面に置いた鉄槌を、ガシャッと肩に担いだ。
「いくぜ、赤龍戦!」
「おう!」
「ぎゃぎ!」
赤龍は遭遇戦に興奮したのか、しばらくはウロウロと残敵を探していた。
悪鬼の死体は、黒焦げになってないものは食べている。
あんな臭い肉、よく食べられるものだ。
問題は、飽食してしまって、いつもの巡回をここで終えてしまうこと。
だが、赤龍は何事もなかったかのように、のそのそと巡回を再開した。一安心。
最終偵察ポイントである会敵地点から、狙撃地点に先回りする。
私たちが狙っているのは、交差点。
ここだけは、道の左右に建物が無く、こっちは遠くから建物の中に埋没出来るというポイント。
交差点を見下ろす五階建てほどのオフィイスビルの屋上。
私たちはそこにいる。
交差点からこの屋上まで、直線距離で二百メートルほど。
猛禽類並みの視力を持つアンちゃんなら、狙いは絶対はずさない距離だ。
地響きがする。
私は、左手を高く掲げた。
アンちゃんが、その合図を見て、がっちりと抱きついてきた。
くるっと尻尾を私の腕に巻きつける動作が、何度見ても可愛い。
一瞬だけの眩暈。
今、アンちゃんの視覚情報と私の視覚が同調した。
「『
シークエンスをレマ・サバクタニに伝える。
彼は、私たちを背負ったまま、身をかがめている。外は見えないのだ。
屋上の壁から、私の頭とアンちゃんの首だけが、見えている状態。
赤龍の赤銅色の鱗が、朝日に輝いているのが見える。
「目視、『絶対殺すポイント』まで、あと五十メートル」
今、多分私の鼻梁から両頬にかけて一本ずつ斜めに線が走っているだろう。
もみあげも伸びているはず。目は三白眼で、眉も太くなっていると思う。葉巻は吸わないけど。
「アンちゃん、いくよ。三連射……構え……」
アンちゃんがカパっと口を開ける。
仕組みを知りたくて理系女子心が震える「少し不思議物質」である、光る球が形成された。
不意に、ぶらぶらと長閑に歩いている赤龍の脚が止まった。
―― うそ、この距離で気が付いた?
でも、今更止められるか! こんちくしょう。
「撃て!」
叫ぶ。初速が秒速千メートルの『念弾エネルギー・ブリッド』が三発、キュンキュンキュンと空気を焼いて飛ぶ。反動は「少し不思議物質」の光る球が吸収するのか、全くない。
頭部の側面を狙うつもりが、硬い正面装甲に向かって撃ってしまった。
三発の光る破壊エネルギーの塊は、微妙に角度を変えて障害物を縫うように避け、赤龍の頭部に命中する。
鋼をぶっ叩いたような音が三回鳴る。
赤龍は咄嗟に頭を下げて頭部の装甲に角度をつけ、アンちゃんの
『
を弾いたのだ。
命中した装甲部分が、真っ赤に染まったのは、衝突エネルギーが熱エネルギーに変換したため。
でも、赤龍は高熱に耐性があるから、ダメージがあるとは思えない。
「応射来るよ! 退避! 退避ぃ!」
レマ・サバクタニの鉄兜をバンバン叩いて行動を指示する。
「くそ! もう見つかったのかよ!」
私たちを乗せて、レマ・サバクタニが走る。アンちゃんが翅を広げて放熱を始めた。
アンちゃんに『
左手は、アンちゃんががっちりホールドした状態を保っている。
レマ・サバクタニが、ハーネスに八の字の器具、エイト管を繋げて、手すりに固縛したザイルを嵌める。
そして、地上五階から身を投げた。
アンちゃんが、妖精みたいな翅をパタパタさせている。
私は、タマヒュンした。タマないけど。
ビルの壁面に叩きつけられないよう、レマ・サバクタニがザイルにぶら下がった状態のまま、足を突っ張る。
そのまま、ザイルを緩めながら、壁面と空中を振り子のように降りてゆく。
魔導結晶の緩降装置があれば、普通に飛び降りられるのに、ここでも旧時代の降下方法を行っている。
地面に着くと、スポーツ用品店で見つけた、スケボーにレマ・サバクタニは飛び乗り、器用に坂を下りてゆく。
カッと今までいた屋上が炎に包まれ、あっという間に逃亡した私たちの所にも、熱気が押し寄せてくる。
「あっち!っち!」
私は、咄嗟にアンちゃんを抱えて熱気から守る。
防炎加工された、探査隊支給の作業服は無事だったけど、せっかくドライシャンプーできれいにした髪が、少しチリチリと焦げたみたい。
乙女の命になんてことするのよ! ちっくしょう! あったま来た!
間一髪、赤龍の『龍吐息ドラゴンブレス』を回避した私たちは、第二の迎撃ポイントまでスケボーで移動していた。
ビルの後ろにいるはずの、赤龍に対して、モザイクかけないといけない下品なハンドサインをしてやったわ。F※※K YOU!
(不適切な表現がありましたので、モザイクがかかります)
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