第2話 小早川 誠

小早川こばやかわ 誠◆


俺はバイトを終えて帰路についていた。

今日は午前9時から午後15時までというシフトだった。


「募金お願いしまーす!」


帰り道そんな声が聞こえてきた。

どうやら駅前の方で募金活動を行っているらしい。

少し最短の帰り道から逸れ、駅前へ向かう。

思った通り、駅前には募金箱を持った大学生の男女がいた。

どうやら、この募金の趣旨はカンボジア等の発展途上国の子供達を支援するものようだ。

俺はバッグから財布を取り出し、今日の夕食代を考えて募金箱へ入れた。

計3700円。


「えっ……こんなに良いんですか?!」


「はい。 募金活動頑張ってくださいね!」


「あ、ありがとうございます!」


大学生にとって3700円は案外痛い金額だが、それは使い道で決まるというものだろう。

俺、小早川誠にとって募金へ使う3700円は痛手とは思わない。

踵を返し、家へ帰るいつものルートへ戻る。


「ねぇ。 あの募金箱って奴にお札入れてんの誠だけじゃん」


声が聞こえる。

悪魔のリザの声だ。


「そうかもね」


他人から見れば独り言を呟く変人にしか見えないので、できるだけ短く小さな返答を心掛ける。


「やっぱ。 誠はおかしーのよ」


「かもね」


◆◆◆

リザと出会ったのは昨日の夜だった。

大学から帰り、明日までに提出のレポートを書いていた時、リザは唐突に現れた。

リザは中学生くらいの背丈で、銀色の長い髪、ゴシック調のドレスを身につけた少女だった。

外国人のようなルックスだが、

――背中に蝙蝠のような羽が生えていた。

外国には何度か行ったことがあるが羽の生えた人は勿論みたことはない。


ともかく、いきなり出てきたので、心臓が止まるほど驚いたが、どうやら俺を取って食うだの危害を加えるつもりはないらしい。


曰く、彼女は悪魔であり、自分とパートナーを組んで儀式に参加して欲しい。

内容は自分と同じような悪魔と契約した人間を降伏させる。

すると、彼女は悪魔の王に、俺は1つ望みを聞いてもらえるとのことだった。


悪魔だの儀式だのと日常生活では聞きなれない言葉ばかりではあるが、話自体がややこしいことはない。

いわゆる、バトルロワイアルというやつだ。

俺はあまり悪魔などのオカルトはあまり信じないほうだが、現にこうしているわけなので、受け入れることにした。


「で、どーする? やる? やらない?」


「ふーむ」


望みに興味はさほどなかった。


しかし、望みを叶える者には興味があった。


罪のない人を傷つけるようなやつが願いを叶える。

それはたぶんろくなことにはならない。

そんなことあってはならない。

見て見ぬふりはしたくない。


「わかった。 やろう」


「以外と物わかりがいーのね。 ちなみに何を望むの?」


「そうだなぁ……。100億円とか?」


「お金? 案外現金ね。 ダイジョブだけど」


100億円。

使い道は決まっている。


金に困る多くの人を救うことだ。


俺は大学生であり、一人暮らしをしている。

バイトを週4で入れているがその給料の使い道は――生活費や貯金を除き――募金であったり、ボランティアへの交通費に消える。

なんなら生活費も切り詰める。


昔から人助けが好きだった。


いや好きというか困っている人をみるとそれを黙ってみていられない。

『損をする生き方だ』『人一倍正義感があるじゃすまない、君は』と言われた。

それでも、この性格を変えようと思ったことはない。


感謝を言ってくれる人はいるし、俺がどれだけ損を被ろうと笑顔になる人がいるならそれでいい。


しかし、世の中そう上手くはいかない。

子供の頃はいじめられっ子をいじめっ子から守ったり分かりやすい人助けがありふれていた。

しかし、年を重ねれば重ねるほど人助けは簡単ではなくなる。

視野は広がり、困ってる人はありふれていること知り、一つ一つそうやすやすと解決はできない。

1年前、つまり大学2年の頃、留学しカンボジアにボランティアへ行ったりもした。

そこで更に自分の小ささ無力さを知った。

だからと言ってくじけない。

そこでその人たちから目を背ければ俺は俺でなくなってしまう。

他人依存の歪んだアイデンティティ。

しかし、俺はその生き方に後悔はない。


……とはいえ、100億円というのは些か小学生っぽいというか、何にも考えてなさそうな感じがするので願いはもう少し考えようと思う。


「じゃ。 契約しましょーか」


「契約って具体的にどうやってやるのさ?」


「簡単、私の血を飲む。あんたは私と契約したいということを頭で何度も考えてて」


「思ったより簡単だね」


契約自体は本当に簡単だった。

リザが手首を切り、そこから出る血をし舐めた。

俺とリザが一瞬目映い光に包まれた。

身体の底から力が湧いてくるのがわかる。


「どう?」


「こりゃすげえや。 殴れば壁とか壊せそう」


「ほんとに壊れるかもよ? 止めとけば?」


「これ日常生活困んない?」


「オフにもできるって。 そんな不便な訳じゃないじゃん」


「なるほどね」


「契約もすんだし、しっかり説明しましょーか。 まあやることは簡単。 東京都内の契約者を全員殺すか降伏させれば勝ち」


「降伏ってのは具体的にどこまでさせれば良いんだい? 参りましたーって土下座させるとか?」


「契約を解除する儀式があんのさ。 それをさせればおしまい」


「そこでも儀式がいるのね。 血の気の多いやつ的には殺す方が早いし、儀式するとか言って逃げられるかもしれないと」


「そゆこと」


「なるほどね」


「で、あんたは殺せる? 他の契約者」


「誠で良いよ。 組むんだったら『あんた』ってのは言い辛いだろうし」


「それもそーね。 で、殺せる?」


「……人は殺すべきじゃないよ。 その人にだって家族や悲しむ人はいる」


「殺すべきか? じゃない。 か。 例えば、契約者の中にはいるよ。 契約で得た力を使って第三者に害を加えるやつ、降参しようとする相手を問答無用で殺すやつ。 そんな奴はぜーったい降伏しない」


「それは……そうだね……」


人殺し、犯罪者は警察が取り締まるだろう。

俺が首を突っ込むことじゃない。


しかし、契約者という法で裁けないような人間、人の手に終えない犯罪者はどうか?

悪人が願いを叶える権利を得たらどうなる?


そう、これは俺がやるべきだ。


誰かがが止めなきゃならない。

少なくとも、それができる力俺にはがあるのだから。


「殺せる」


「へぇ……」


リザが目を細めた。

リザは表情をあまり表にださないようにみえたが、今やっと何か感情が覗けた気がする。

喜びと困惑のようにみえた。


「少しネジ飛んでるわ、あんた」


「誠でいいって」





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