第2話 希望
夕日は目が覚めるとベットに寝ていた。
真っ先に目に入ってきたのは見知らぬ天井。
(ここはどこだ?)
体に力が入らず体を動かそうとするがびくともしない。動くのは口と目だけで、首が動かせず周りの状況を確認しようにもできない。
声を出そうとするが声は出ず、口をパクパクとさせるだけ。
「ん?目が覚めたか」
(誰だ!?)
なんとか声を出そうと口をパクパクする。
だが、やはり声は出ない。
「全然起きないから、もうダメかと思ったよ」
その声から女性のものだと理解することができた。
「なにせ7日も寝てるんだからな」
女性の発言に夕日は驚かされた。
(7日⋯俺はそんなに寝ていたのか)
夕日は天井しか見ることができない。
だが、得られる情報は何も視覚からだけじゃない。
(近づいてくる)
コツン、コツンと足音が聞こえてくる。
その音は徐々に近づいていた。
やがて女性の足音は止まり、ヒョイと夕日の顔を覗いてきた。
夕日の視界に入ったのは、短い黒髪、黒色の瞳、そして美しい顔。
その女性の表情からとても心配そうにしていることが理解できる。
「どうした?何か喋らないか」
女性にそう言われ、喋ろうとするがやはり声は出ない。
「どうした口をパクパクさせて⋯もしかして声が出ないのか?」
肯定の意を込め頷こうとするが首は動かない。
女性は夕日のその態度を不審に思ったのか少し考える素振りを見せる。
「もしかして体も、なのか?」
問われる夕日。
だが、体も動かなければ声も出ない。
それを女性は肯定と取った。
「そうか。ちょっと待て」
女性はそう言うと夕日に手を向ける。
「『回復(ヒール)』」
彼女が言葉を発した瞬間、見たこともない模様が空中に浮かび上がる。
すると、夕日の体を突然、温かい光が包み込んだ。
「よし、これで大丈夫だ。動いてみろ」
(何をしたかわからないけどそんなことで)
動くわけがない。そう思いつつ軽く手を動かす。
「!?」
手はしっかり動いた。
「声も出るはずだ」
「あー、あー、⁉︎」
(嘘だろ!? 動かなかった体が動く。それに声も出るし⋯いったいなんなんだよ。それにここはどこだ?)
自分のいる場所、ましてやなぜここにいるのか理由すらもわからない。
だから夕日はその女性に聞いてみることにした。
「ここはどこなんだ?」
「ああ、ここか?ここは都市クリストのエンデステリアという小さな村だ」
「都市クリストのエンデステリア村、か」
(都市クリストのエンデステリア村⋯どこだそれ?)
地球にはもちろんそんな名前の都市もなく夕日は頭にはてなを浮かべていた。
(⋯あ、そういえば俺、異世界にいるんだっけ?)
だが夕日はここが地球ではないことにすぐに気がついた。
夕日はこの世界に転生させられてすぐに気を失った。
だからなぜ自分がここにいるのかすらも夕日はわからなかった。
夕日が都市名を聞いてもあまりピンときていないことに少し引っかかるシャルネア。
「どうかしたか?」
「いや、なんでもない」
夕日の態度を不思議に思ったシャルネアは夕日に聞くが夕日は誤魔化した。
シャルネアは夕日の返答を素直に受け取り、話を始めた。
「そういえば自己紹介がまだだったな。私はシャルネア・タース。この小さな村で農業を営んでいる。あなたは?」
「俺は龍崎(りゅうざき)夕日(ゆうひ)」
「リュウザキユウヒ⋯珍しい名前だな。出身は?」
「出身か」
夕日は天球のことについて一切知らない。
だから出身を聞かれ夕日は言いよどんでいた。
(ここで、異世界から来ましたと言っていいものか、どっかの村から来たとか、そんなことを言えばいいのか?)
素直に異世界から来たと言っていいものか夕日は迷った。
それに信じてくれる人などそういない。
だから夕日は話を反らすことにした。
「ま、まあ、そんなことよりさっきのはなんだ『回復(ヒール)』って」
結局、夕日は良い言い訳を思いつかず、話題を反らすことに切り替えた。
だが、その話題を反らすために出した話題が良くなかった。
シャルネアからため息が漏れる。
「まさかとは思ったがやっぱり知らなかったか。さっき魔法を使ったときものすごく驚いてたからな。普通、魔法は皆知っている。だから龍崎みたいなのは初めてだ」
「そ、そうなのか」
「ああ、どんなところから来たのか知らないが、さっき使った『回復(ヒール)』というのは魔法の一種だ」
先程シャルネアが使ったものは魔法だった。
(魔法。そういえば神が言っていたな)
夕日は神との会話を思い出していた。
「魔法とは、魔力を触媒にしてあらゆる事象を改変することだ。まあ、簡単に言えば魔力を使い、普段出来ないことが出来るようになるということだ。そして、その魔法の中の基本魔法『回復(ヒール)』は、かけた者の自然治癒力を向上させる魔法。基本魔法っていうのは、まあ、誰でも使える魔法ってこと。誰でも使えるからこそ効果は薄く、『回復(ヒール)』をかけると自然治癒力を無理やり向上させることにより、付与者の体力がごっそりなくなる」
シャルネアはとりあえず魔法の説明を優先した。
夕日が魔法を知らないことは魔法の説明をした後で聞けばいいだろう。
そう考えたからだ。
(魔法の説明はまあ、なんとなくわかった。シャルネアが言ったように普段出来ないことが出来るということなのだろう)
1つの疑問が解決し、夕日の頭の中には新しい疑問が浮かび上がった。
その新たな疑問の答えは夕日がここにいる理由にもなる。
夕日はその疑問をシャルネアに聞いてみることにした。
「なあシャルネアさん」
「シャルネアでいい。さんなんて呼ばれる性格(たち)でもないからな」
「そうか。わかった。そういうことなら俺の事も夕日でいい」
「ああ、了解した」
「⋯それで、シャルネア。なんで俺は7日も寝ていたんだ?」
「それは、魔力の枯渇だ」
「魔力の枯渇?」
「魔力はみんな、少なからず持っているもの。そして、自分の体内にある魔力が尽きると最悪死に至る。夕日は何らかの形で魔力が外に飛び出し、体内の魔力が少なくなり気を失った。魔法は、魔力を触媒にして事象を改変することが出来る。だから魔力そのものが体外に出ることは本来ありえない。魔力は魔法を使う際に変換され外の出てくるものだからな。」
シャルネアはそう言うと夕日を黒色の澄んだ瞳で見る。
その瞳は夕日に何があったのか話せと言っているようだった。
(そんなに見られても何も出てこないのだが)
「すまないが、それはわからない。あの時頭に血がのぼって、そしたら辺り一面火の海に⋯というか大丈夫だったのか?」
「大丈夫、とは?」
「あの火の中から一体どうやって」
夕日の言葉の続きはシャルネアもわかっていた。
「なに。私は少々特殊でな。あの火くらいは軽く防げる」
「そう、か。ならよかった」
「⋯話を戻すぞ。それで、結局わからないということでいいのか?」
「ああ。あの時、猛烈にいらついてて、そしたら気を失ってた」
「なるほど。いらついていたというのは何か怒っていたということか?」
「あ、ああ」
夕日は神のことについて思い出す。
あの無責任な神を今すぐにでも殴りたい。
あわよくば⋯。
加速する夕日の思考。
行き過ぎた衝動をギリギリところで留め、その続きを考えることをやめた。
(危ない。また、繰り返してしまうところだった)
助けて貰った恩人の家を燃やすことを夕日はしたくなかった。
「怒ったら魔力が溢れ出た、か」
顎に手をあて、考える素振りをし、数秒して顎から手を外した。
「⋯もしかしたら、スキルが関係しているんじゃないか?」
「スキル?」
「普通ではできない力を持っていることがある。それがスキルだ」
スキルについては神も話していた。
また神との会話を思い出し、夕日は自身の特殊スキルについて話し始める。
「確か、『感情によって使える魔法が変わる』っていうスキルを持っているはずだ」
途端、シャルネアの口は顎が地面につきそうなほど大きく開かれる。
それほどまでに驚いているのだろう
「夕日、お前は何者だ? スキルを所持しているだけでも凄いのに、その規格外な特殊スキル。だが、そういう特殊スキルなら魔力が溢れ出るなんてことも説明つく」
まだ何かあるのだろうとシャルネアが夕日の心を透かしたような目で見てくる。
(正直信じてくれるかわからない。でも、俺はシャルネア助けられた。あのとき助けられなければ死んでいた可能性だって十分あり得る。命の恩人に隠し事はしたくない)
最初言わないつもりだったが遂に夕日は覚悟を決めた。
「わかった。理由を話すよ」
シャルネアは今までにない真剣な眼差しで夕日が話すのを待っている。
「だけど、今からする話は俺たちだけの秘密。誰にも言わないでください」
首を縦に振り肯定の意を示した。
それを確認し、夕日は口を開いた。それから話は3分ほど続いた。たかが3分の話。
だが、その3分は濃いものであり、シャルネアを黙らせるのには十分だった。
「⋯」
話を聞き終えたシャルネアはじっと口を閉ざしている。
(話したところでこんな事信じてもらえるとは思えないが)
「いろいろ⋯あったんだな。これが私だったらと思うと正気を保っていられるかわからないな」
「信じるのか? 俺が嘘を言ってる可能性も⋯」
「私には夕日が嘘を言っているようには見えない。それにあの惨状を見たら誰でも信じるだろう」
夕日はこっちの世界に来たときの事を思い出す。
怒りに我を忘れ天災を起こした事を。
「夕日の話から察するに感情が『怒り』 の状態になったのが気絶した原因だと思う。感情が『怒り』の状態になり、魔力が漏れ、天災が起き、ものすごい速さで魔力を消費し、魔力障害が起きて気絶したというわけだ」
「⋯」
「だとするとこれから怒るのは止めといたほうがいいな。貴重な一週間を棒に振るうことになるからな」
期限である3年のうち1週間、つまり1095日ある内の7日を無駄にした事になる。
その事実を夕日の無言がものがたっていた。
だが、夕日が無言になっていたのは決して何も言えなかったからではない。
次にどう動くべきかを考えていたからだ。
(俺はこれからどうすればいいんだ?やはり仲間を集め、鍛錬に勤しむのが先決か⋯取り敢えずなにか行動を起こさなければ)
「シャルネア。助けてもらって悪いけど、俺はもう行かないと」
夕日がこの世界にいるのは神を倒すため。
だから、こんなところにずっといるわけにはいかない。
ましてや神の倒し方、そもそも神がどこにいるのかすら知らない。
そこから調べなければならない。
そうなると時間はいくらあっても足りない。
そう考え夕日はシャルネアに早い別れの挨拶を告げる。
「凄いな夕日は」
シャルネアが返したのは夕日に対しての賛辞だった。
今にも消え入りそうな声は夕日にしっかりと聞こえていた。
「え?」
だが、なぜシャルネアがそう言ったのか理解ができていなかった。
(どうしたんだ?)
「夕日、私の弟子になる気はないか?」
「で、弟子? 何の? まさか、農業? 悪いけど俺にそんな時間は」
シャルネアは頭(かぶり)を振る。
そしてシャルネアは鋭い瞳で夕日の目を真っ直ぐに見る。
「武術のだ。タース家は名の知れた魔法の名家でね、産まれてくつ子供もまた強いだろう。そう期待されていた。そうして産まれたのは私と一つ年上の姉。姉は魔法の素質が高く、教えられた魔法はすぐにものにしていった。だが、私は違った。私には魔法の素質はなかった」
「えっ!?」
「家ではいないものにされ、私は家を窮屈に感じ遂には家を出た。そうして外を彷徨っていたら一つの道場を見つけたんだ。そこはなかなり腕の立つ男性。まあ私の師匠なのだが、それからそこに厄介になり、今ここにいるというわけだ」
「⋯」
夕日はシャルネアの話を聞き、終始驚いていた。
まず、シャルネアが魔法の名家ということ。
家ではいない者にされてたり。
夕日は幼い頃の記憶を掘り起こし確認する。
記憶にはしっかりと家族からは愛されていたと言える記憶が次々と見つかった。
だから、夕日には親から居ないものとして扱われるなんて経験はないし想像すらしたくもない。
「それで、そっからどう弟子にすることに繋がるんだ?」
「私が教わった道場では、魔力を纏う鬼(き)魔(ま)纏(てん)流(りゅう)という流派の武術の道場だった。魔力を纏う。それは普通はできることではない。だが、鬼(き)魔(ま)纏(てん)流(りゅう)は魔力を纏うことができる。魔力を纏うことがどれほどの力になるか、夕日ならわかるだろう?」
「ああ。痛いほどな」
夕日は気を失う前のことを思い出す。
辺り一面焼け野原になっていたことを。
(俺を弟子にしたいんだっけ? 魔力を纏う。それはとてつもなく強いに違いない。できれば会得したいが、普通できないことをできるようにする、というのはかなり修行なり何なり時間をかけて努力をしていかないと無理じゃないのか?俺には三年しか残っていない。その三年で神を倒さなければならない。こんなところで時間を使うくらいならさっさと神を倒すための旅にでも出たほうが良さそうだ)
そう考えた夕日はシャルネアに断りの返事をしようした。
「シャルネア。その、非常に申し訳ないんだが、俺には三年しか残ってなくてだな⋯」
シャルネアが何かを思い出したかのように、はっとしたような顔をする。
「そうだった。三年しかないんだったな。普通に修行をしてたんじゃ間に合わないか。⋯手っ取り早い方法があるといえばあるのだが」
「本当か!?」
「ああ、命を削って鬼麻纒流の最終奥義を体得する方法があるんだよ」
「命を⋯削って?」
「そう、命を削ずるんだ。正確には寿命を縮めるということになるな」
「寿命を、縮める」
「安心しろ。痛みは全くない⋯多分」
「多分ってなんだよ。めちゃくちゃ不安になってきたわ!!」
「実はそれやったことないんだ。でも、大丈夫だ。死ぬことはない」
必死に言うシャルネアを見て夕日はシャルネアを信じてみることにした。
(とりあえずシャルネアを信じてみるか。力が簡単に手に入るんだ。やる価値はある)
「寿命を消費すればいいんだな?」
シャルネアは夕日に手の平を向ける。
手から光が発せられ夕日の体を包んだ。
「ふむ。夕日の寿命はあと、78年あるな。寿命を70年削って体得することができるが、やるか?」
(寿命⋯わかっちゃうんだな)
寿命を知ることができる。
そんなことができるのは魔法しかない。だが、シャルネアがその魔法を使えていることから、基本魔法なのだろうか。
それとも鬼魔纏流の技なのか。
(いや、でも寿命を知ることができるのが基本魔法の訳ないよな。⋯まあ、魔法についてはよく知らないからなんとも言えないな。とりあえず寿命については3年分残ってればいいから75年もいらないよな。⋯それなら大丈夫か)
「シャルネア。よろしくたの⋯」
同意の返事をしようとしている途中コンコンと、家のドアが叩かれる音が響いた。
「誰だ? ここに来るやつは余り居ないのだが」
「たす、けて」
「ちょっと待て。今、開ける」
ゆっくり歩いていたシャルネアだが、ノックと同時に聞こえてきた「助けて」という声に焦りを覚え、駆け足でドアに向かっていく。
「ガチャ、キー」っとドアと家を繋ぎ止めている鉄製の蝶番が音を立てる。
そうして訪問者を視野に収めたシャルネアだが、目に入ってきた光景は悲惨なものだった。
目の前には血だらけで、右腕が無い女性がいた。
「ど、どうした?大丈夫か?⋯これは酷いな。いったい何が⋯ん?その服にある紋章はもしかして」
シャルネアが見たものは、国家の最高戦力を誇る魔法部隊『マルグリア』の紋章。
それが女性の服に刺繍されていた。
「何があった?」
「ここより少し離れた森に魔物が⋯。今仲間が足止めをしているのですが、早くしないと」
「どういうことだ?人間界に現れる魔物くらいなら倒せる力はあるだろう?」
「それが、魔法が一切効かないんです」
「なんだと?」
「私達は魔物を倒すことができない、助けを呼ばなければ、そう判断してここに来たんです。この村に住み、武術の達人であるシャルネア・タースに」
ゴホッ、ゴホッと咳き込む女性。
その際に傷が疼くのか女性は苦痛に顔を歪める。その苦しむ様子を見ているだけで魔物の強さがわかるような気がした。
幸い傷の手当てはしているようで流血はしていなかった。
これで流血で死ぬ、ということはないだろう。
「すまないキツイところを。⋯よし、わかった。その場所を教えてくれ」
これで魔物を倒すことができる。
女性はそう思い、苦痛で歪んでいた顔がパアッと明るくなった。
「ありがとう。ありがとうございます!!」
「それじゃあ、早速行こう」
そう言うとシャルネアは、女性に向けられていた視線を夕日の方へと移した。
「夕日も行くぞ」
「え、でも」
「魔力を纏うということがどういうことかよく見ておけ」
途端、シャルネアから近寄りがたいオーラが発せられた。
(なんだ、これ。体がビリビリする)
シャルネアの表情は夕日の知っているものとは全く違っていた。
どこか生気のない生きる意味を失ったようなシャルネアの目には確かに火が灯っていた。
『農家』のシャルネアはもう、そこにはいない。
そこにいるのは『武術の達人』のシャルネアだけだ。
どうやらこっちが本当のシャルネアらしい。
「よし、行くぞ」
(魔法が効かない魔物相手にどうやって戦うのだろう?武術というくらいだしやっぱ素手だよな⋯本当に勝てるか?)
一抹の不安を抱え、夕日はシャルネアの後に続き魔物退治に向かっていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます