三秒転生

サカキ

第零章 世界の終わりは目前に

プロローグ

 2018年冬

 寒さが身にしみる頃、大学の構内にて今まさに少し遅い青春の1ページが刻まれようとしていた。



「綾香お前が好きだ。付き合ってくれ」



 男、龍崎(りゅうざき)夕日(ゆうひ)は今、告白をしている。

 相手は小さい時からずっと一緒だった幼馴染の椎名(しいな)綾香(あやか)。

 綾香は長い黒髪に清楚な顔立ち、そしてなんと言っても笑顔が可愛い女性だ。

 夕日は黒髪の短髪で髪に対してこだわりがないのかあまり遊んでいない、顔立ちは普通より少し上というところだ。

 特段イケメンというわけではない。

 そんな彼らは共に18歳の大学生で、2人とも家が近いこともあり一緒に帰る約束をしていた。

 夕日は小さい頃から綾香のことがずっと好きで、いつもと変わらぬ、いつもと同じ様子で待っていた綾香に、遂に告白を仕掛けたのだった。



「っ!? えっ、えっと⋯⋯」



 綾香はいきなりの告白に動揺し、あたふたする。

 そんな初な反応を見せる綾香はまだ付き合ったことがなかった。

 美人の部類に入る綾香を放っておく者はおらず、高校時代はかなりの回数告白を受けていた。

 本命でもない人からの告白、それを断るときの辛さ。

 綾香にとって告白は次第に嫌なものへと変わっていった。

 さらにこの不意打ち。

 いつもの心持ちでいた綾香は完全に虚を衝かれていた。

 嫌なはずの告白に対し、綾香は顔が赤くなっていく。

 思ってもいなかった告白にはやる気持ちを抑え、綾香は落ち着きを取り戻す為、大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。

 そして心が落ち着いたのを確認しゆっくりと口を開いた。



「⋯⋯うん。こちらこそよろしくね」



 その返事は肯定を示すものだった。

 告白の成功。

 それは本来嬉しいはず。

 だが夕日は自身の予想とは全く違う綾香の返事に耳を疑っていた。



「⋯⋯えっ、今なんて?」

「これからよろしくねって」

「それって、つまり⋯⋯俺と付き合うってこと?」

「うん。そうだよ。さっきから言ってるじゃん」



 未だ現実感が乏しい夕日はまだ信じきれていなかった。



「夢じゃ、ない、よな?」

「ほら、夢じゃないでしょ」



 綾香はこれが夢ではなく現実だと気づかせるため、夕日の頬に手を当てた。



「冷たい。⋯⋯でも、温かい」



 今の季節かなり冷え込むため、手袋をしていない綾香の手はかなり冷たかった。

 だが、夕日にはその冷たさが、逆に温かく感じられた。

 これで晴れて二人は恋人。

 綾香と恋人という事実に気分が高鳴るなか、夕日はふと疑問に思うことがあった。

(即答だったけど、普通はじっくり考えるものじゃないのかな? ⋯⋯いや、嬉しいんだけどさ)

 なぜ即答だったのか答えは1つしかないのだが、今まで綾香はそういう素振りを見せたことがなかった。

 だから夕日が疑問に思ってしまうことも当然と言えるだろう。



「いきなりだったのに即答なんだな」

「なんで? だって私も好きだし。夕日のこと」

「ほ、本当に? いつから?」

「小さい頃からずーっとだよ」



(小さい頃からって本当かよ。そんな昔から両想いだったなんて)

 フラれる覚悟で抑えきれなくなった想いを打ち明けた夕日だったがその覚悟はあまり意味をなさなかった。

 そもそも二人は昔から両想いだったのだから、フラレるわけがなかった。

 その事実に夕日はもっと早く告白すればよかったと強く後悔し、告白が成功して嬉しいはずなのに苦笑いをするしかなかった。



「でも、よかった。ずっと俺の片想いだと思ってたからさ。綾香からそんな素振り全然見れなかったし」

「それは夕日もだよ!!夕日からそんな素振り全然見れなかった」

「だってそれは、綾香が俺のこと好きじゃないと思ってたから、あんまり好き好きやるのも、ね」

「え、夕日も?夕日は私のこと好きじゃないと思ってたから。それにフラれるのが⋯⋯怖かった」



 うつむき加減に話していた綾香は視線を夕日に向ける。

 自然と互いの視線が重なっていき、そして、二人の間を静寂が支配した。

 だが、その静寂は2人の笑い声によりかき消された。



「ぷっ!! なんだよそれ」

「くすっ!! 本当、なんだよそれ、だね」



 互いの事を思った結果こんなにも遠回りになってしまった。

 そのことに夕日も綾香も笑わずにいられなかった。



「こんなことならもっと早くに言うんだった」

「本当そうだね」



 夕日はより一層早く告白すべきだったと後悔していた。

 それは夕日と同じ年月、いやそれ以上の想いを今の今まで打ち明けてこなかった綾香は、より強く後悔しているに違いない。



「あ、でも私、夕日に言わなくちゃいけないことが」



 笑った後の緊張感の取れた緩い空間の中、綾香が何かを思い出す。

 その何かは綾香の張り詰めた表情からとても重要な何かだということが見て取れた。



「きゃー」

「来るなー」



 だが、綾香の言葉の続きはどこからともなく聞こえる悲鳴によって遮られた。



「なんだ!?」



 夕日は悲鳴の聞こえる方向に視線を向ける。



「なんだ⋯⋯あれ」



 夕日の視線の先には見たこともない巨大な物体。

 突然の異常事態に夕日はここにいるのは危険だと綾香の手を取りその場から離れようとした。

 だが、夕日の手は綾香の手を掴むことはなかった。



「綾香?」



 空を切る手をおかしく思い綾香へと振り返る夕日。

 当然振り返るとそこには綾香はいた。



「綾香、早く逃げるぞ!!」



 そう綾香を急かし再び腕を掴みにかかる夕日。

 夕日が綾香の腕を掴む。

 その前に、綾香の腕は夕日の手を交わし夕日の胸へと伸びていた。



「えっ!? ⋯⋯な、んだよこれ。どう、してだよ」



 突然のことに驚きの声を上げる夕日。

 夕日の胸にはナイフが刺さっていた。

 それは幾何学模様の入ったナイフ。

 そのナイフは一人の人間の手に握られていた。



「あ、やか」



 夕日の心臓にナイフを刺していたのは綾香だった。

 夕日が刺された場所は心臓。

 夕日は確かに刺された。

 だが、不思議と血は1滴たりとも出てくることは無い。



「ごめんね。夕日」



 ナイフを刺した張本人の震えた声。

 その声を聞き、夕日は闇へと誘われていく。

 閉じる瞼になんとか抵抗しつつ、かろうじて視界に入った綾香はやはり美人だった。

 綾香の顔に流れる二筋の滝を最後に、夕日の意識は闇に溶けていった。

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