嫌がらせの日々
わたしはムシャクシャした気分のままみんなのところに戻る。
お母さんとお父さん、友里亜さん、佐藤兄弟、伊勢君が居なかった。
代わりに、祐太、一翔、義経、季長、奈央、里沙の6人がいた。
「あれ?なんであなた達しか居ないの?」
わたしが疑問を口にすると、
「なんだよ、いちゃ悪いかよ?」
祐太が尖った声で言った。
「ごめん、そういうことじゃなくて……。」
後で分かったことだが、両親は配給された物を周りの人に配りに行って此処には居ないのだ。他はゾンビを倒しに行って居ない。
「でもなんで、りっちゃん、なっちゃん、裕太、かず兄、よっちゃん、すえ君だけが此処にいるの?他のみんなに任せっきりでいいの?」
わたしがついこんな事を口にすると里沙と奈央は困ったように苦笑いして、4人は整った眉をひそめる。
「任せっきりってお前……俺たちを過労死させる気かよ。」
明らかに不機嫌な裕太がわたしに突っかかってくる。
「明日美ちゃん、労働基準法って知ってる?」
一翔が抑揚のない口調で言う。
「私たち、明日美ちゃんの事を任されてるから此処にいるのだけど?」
里沙が困ったように笑いながら口にする。恐らく両親にわたしの面倒を見てほしいと言われたのだろう……。
「ごめん。それより、ちょっと用を足してくるね。」
「「「「おう。」」」」
「「行ってらっしゃい」」
小走りで避難所のトイレへと向かうと、案の定、沢山の人が並んでいた。
しかも最悪なことにわたしの前は藤宮で、わたしの後ろは木下だ。
藤宮がトイレから出てきたので、わたしが行こうとすると、木下がわたしを追い抜かして行った。
「あの!!」
わたしが追い抜かさないでくださいって言いかけたとき、木下がじろりとわたしを睨んで
「あんたって偉そうな口しか聞けないの!?歳上に向かって口答えしないの!!」
「そうよ、そうよ!!偉そうにしないでよ!!」
藤宮も木下に同調する。
「でも、追い抜かしは、いけない事だと思います……。」
わたしが反論すると木下は
「ふざけるんじゃないわよ!!あたしはいつでもあんたの悪い噂、振り撒けるんだからね!!振り撒いてないだけ感謝しなさいよ。」
「そうよ、そうよ感謝しなさいよ!!」
わたしは唇を噛み締めた。これ以上何かを言ったらとんでもない事を言いふらされそう。
「すみません、用を足したいので……。」
それだけを言うと、わたしはトイレに入った。
外から
「逃げるんじゃないわよ!!」
「そうよ、そうよ、逃げるんじゃないわよ!!」
と二人がヒステリックな声で叫んでいた。
トイレから出てくるとわたしは何者かに足を引っ掛けられて転んだ。
「痛ッ!」
「あーら、大丈夫?」
藤宮の声だ。声のする方を見てみると、藤宮と木下が意地悪そうに笑っている。
間違いない、この二人のうちの誰かがわたしを転ばせたのだろう。
すると、何か生暖かい液体を下半身に振り掛けられる。藤宮の手には空になった紙コップが握られていた。
「あらやだ、この子、漏らしてるじゃないの!!」
藤宮は近くにいる人に聞こえる声で言った。それを聞いた主婦らしき女性はわたしの事を軽蔑の目で見てくる。きっと内心、こいつ汚いって思っているに違いない。
「漏らしたんだから、洗ってあげなくちゃね。」
藤宮が悪魔のような笑みを浮かべる。すると、木下が持っていたバケツに入っていた液体をわたしにぶっかけた。
冷たい、冷たすぎる。掛けられた物は氷水だった。今は11月、こんなの被ったら風邪をひいてしまう。いや、最悪の場合風邪では済まないかもしれない。
「洗ってあげたんだからお礼を言いなさいよ!!」
木下がヒステリックに叫ぶ。
祐太達や両親の場所と此処は離れているので、わたしが何をされようともみんなには分からない。だから木下と藤宮のやりたい放題である。
「そうよ、そうよ!!お礼を言いなさいよ!!」
なんでわたしがこんな事をされなきゃいけなないの?
なんでわたしの大切な人達を悪く言うの?んでそれほど性格が悪くなれるの?なんで人の悪口を楽しそうに言うの?わたしが、あんたに何かした?
お母さんもお父さんも奈央も里沙も裕太も一翔も義経も季長もあんたに何もしてないじゃない!!
それなのになんで悪く言うの?なんで嫌がらせをして楽しむの?
許せない……。あんたに何かあっても絶対に助けてあげないから……。
「お礼を言いなさいよって言ってるでしょ!?」
藤宮がわたしの横腹に軽く蹴りを入れた。
これ以上抵抗したら何をされるか分からない。
「ぁ……ぁリがとぅ。」
わたしは泣きそうになりながら言った。
「それでいいのよ、はじめからいえばいいのに!!」
木下がそう吐き捨てる。
「後片付け、よろしくね~。」
と藤宮は汚い雑巾を乱暴に投げつけてきた。
わたしは悔しさと怒りを噛み締めて氷水を全て拭き取った。
こんなにびしょびしょになって、みんなになんて言い訳をしよう?
嫌がらせをされているなんて、氷水を掛けられたなんて言ったら、みんな怒るに違いない……。
お父さんやお母さんなんか木下と藤宮にぶちギレそうだし、祐太や一翔だってただじゃおかないだろうな。
義経や季長、伊勢君に佐藤君達なんか刀を抜いて暴れそうだしな……。何よりも誰にも心配なんて掛けたくない。
無理をしてでも明るく振る舞うしかない。
わたしはスカートの水を絞ってからみんなの元に帰った。
まだお母さん達は帰ってはいないみたいだ。ずぶ濡れになったわたしを見た瞬間6人は唖然とした。
「おい、一体何があったんだよ?」
「「明日美殿!?」」
「明日美ちゃん、一体どうしたの?」
「「明日美ちゃん!?」」
みんなわたしの言葉を待たずに奈央と里沙はわたしの体をタオルで丁寧に拭いていく。
一翔はわたしに暖かい飲み物を飲ませたいらしく何処かへ行ってしまった。
祐太はタオルで、義経と季長は手拭いでわたしのずぶ濡れの髪の毛を拭いていく。
「お前、頭キンキンに冷たいじゃねえか。」
祐太の一言にびくりとした。
「ひょっとして、氷水を被ったのか?」
季長の一言に更にびっくりした。
どうやらわたしの頭に溶けかけの氷が乗っかってたらしい。
口が裂けても氷水をわざと掛けられたなんて言えっこない。
体も髪の毛もとりあえずふきおわって奈央と里沙がわたしを呼んだ。
奈央は両手にジャージと下着を持っていた。二人はわたしをシャワー室に連れていくと、ジャージと下着を手渡し、
「貸してあげるから着替えてね。」
と奈央は言ってシャワー室のカーテンを閉めた。
着替え終わって出てくると今度は鏡の前に座らされ、里沙が共同のドライヤーを手にわたしの髪の毛を乾かしていく。おまけにあんず油までつけてもらった。
乾かし終わるとわたしの髪の毛はさらさらになっていた。
元の場所に戻ると一翔がわたしにホットレモネードを渡してくる。
レモネードはレモンの酸っぱさとはちみつの甘さが絡み合い、とても美味しかった。
「明日美ちゃん、私たちに何かを隠してない?」
里沙に聞かれて、わたしは雷に打たれたくらいの衝撃を感じる。もしかして彼ら彼女らには全て筒抜けなのだろうか?
「あ……あれは、滑って転んじゃって、……本当、ドジだよね、わたしって、アハハ……。」
きっとわたしの顔はとてもひきつっていただろう。
誰か、助けてって思った。でも、迷惑なんて掛けたくはない。だから、何がなんでも耐えなくてはならない。
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