第9話すれ違い

 コンコンとドアが優しくノックされた。

「だれ?」

 震える唇から出たのは、自分でもびっくりするくらいに乾いた声だった。

「私と里沙よ。」

 どうやら奈央と里沙のようだ。

「明日美ちゃん、膝を擦りむいていたでしょう?手当をしに来たのよ。」

 そう言って里沙は救急箱から消毒薬と大きな絆創膏を取り出す。

「ちょっと染みるわよ。」

 彼女はわたしの怪我を優しく手当をしてくれる。

 こんなに優しい彼女らに向かって大嫌いだって言ってしまったなんて……。

 あの時の自分は最低だ……。

「もう、気にしなくていいよ。それより、祐太君達と仲直りしないの?」

 奈央がそう問いかけてくる。

 いきなり大嫌いだって叫ばれて、傷つかない筈がないのに、彼女らはこんなに意気地ないわたしの事を気にしてくれている。

「それより、そろそろ武器を手入れした方がいいんじゃない?

 今なら祐太君達がいるはずだし、仲直りのチャンスじゃない?」

 里沙が提案をしてくる。

「えー、居ないときの方がいいよ……。」

 わたしが弱気になってると、

「行くわよ……。」

 二人はわたしの背中を押しながら、廊下を通り、和室へと向かう。

 此処はいつもみんなと笑いあった場所だ。

 開け放たれた障子に、熱心に木刀や、弓、太刀を手入れしている彼らの姿が目に飛び込んで来た。

「さぁ、行って。」

 小声で奈央が指示した。

 わたしは重い足取りで和室へと行く。

 こちらに気がついたのか、彼らはわたしの事をチラッと見る。

 けれど、いつも目が合うと向こうから話しかけてきたり、笑いかけたりするのに、7人共、無表情だった。

 まるで、《何しに来たんだよ……》

 とでも言うかのような目線で見つめていた。

 わたしは思わず躊躇したが、曲がり角で覗いていた二人は、目で入って、と言っていた。

 仕方なく、トボトボ入ると、みんなと少し距離を置きながら、畳の上に腰を下ろす。

(手入れ道具はどうするの?)

 当然武器を扱ったことのない自分には手入れ道具なんか持っていない。

 頻繁に弓や太刀を使う義経や季長、佐藤兄弟、伊勢三郎義盛とか、弓や木刀を扱う一翔や祐太はちゃんと手入れ道具を持っているし、

(じゃあ、借りるしかないの?)

 呼び掛けたいけれど、辺りはなんか気まずい感じだし、口を動かそうにも、上手く声が出ない。

(ど……どうしよう!?)

 一人で慌てていると、

「使うか?」

 祐太がツンッと尖った声で手入れ道具を渡してくる。

 わたしは無言で受けとる。

 しかし、どうやって使ったらよいのかが分からない。

(どうしよう……)

 一人オロオロしてると、

 義経がうちの手から大鎌を取ると、すごく慣れた手つきでさっと手入れしていく。

 手入れを終えると、そのまま無言で大鎌をうちに渡してきた。

 お礼を言わなきゃならないだろうか?

 けれど、辺りを依然と気まずい空気が囲んでいる。

 勇気を振り絞って、

「ぁ……ありがと……」

 やっと口に出した言葉はまるで蚊の鳴くような声だった。

 聞こえたのかどうか分からない。

 ……聞こえてるといいけれど……。


 和室から出て、自分の部屋に戻ると、

「どうだった?」

 奈央が結果を聞いてくる。

「二人が見ていた通りだよ……。完璧に嫌ってますって感じ……。」

 幼なじみに嫌われるのって普通の友達から嫌われるよりも辛い。

 ましてや、家族にまで嫌われたから余計だ。

「嫌いなんてそれは無いと思うけど……」

 里沙が意外な事を言った。

「嫌いならわざわざ私物を貸したりしないし、手入れをやってあげたりしないはずよ?」

 そうかなぁ……。

 ただ単にオロオロして長居されたら嫌だからなんじゃ……。

「じゃあそろそろね。」

 二人が出ていく。

 はぁ……。最悪……。

 なんでみんなあんなに怒ったのかなぁ……。

 すると、何者かが窓をトントンと優しく叩いた。

 カーテンを開けると、友里亜さんが立っていた。

 入れてほしいようだ。

 窓を開けると、窓を飛び越え、部屋に入ってくる。

「ケンカ……しちゃったんだね……。」

 部屋に入ってくるなりそんなことを言った。

「み……見てたんですか!?」

 ビックリした。友里亜さんはあの時居なかったはずだから。

「えぇ。ずっと見てた。」

 彼女は静かに頷いた。

「その……わたし……も、もう嫌われちゃったかも知れません……。」

 やっとの思いで言葉を溢した。

「大丈夫よ……。そんな長いこと一緒にいる親友を家族をそう簡単に嫌うことなんて出来ないよ。」

 そう……かな?でも、助けてもらって、あんなひどい態度を取って、おまけに最後にみんなに向かって「大嫌いだ。」なんて叫んで、

 ……本当に最低な自分だ……。

「きっと、時間が解決してくれるわよ……。十年以上も一緒なんだからそんな事で壊れるような柔な絆じゃないはずよ。

 それに、あなたが、両親の元に生まれたのも、隣の家の祐太君達と出会ったのも、気が遠くなるほどの時を越えて、彼らに出会ったのも、保育園で彼女と仲良くなったのも全て奇跡なの。」

 奇跡か……。あるのかな……。

「きっと神様が明日美ちゃんにはこの人が必要だってことで巡り合わせたのよ。

 それと同時にみんなも明日美ちゃんが必要なのよ。」

 巡り合わせ……。でもこうなっちゃって……

「明日美ちゃんは家族や幼なじみの事をどう思ってるかしら?」

 どうもこうも、大切な……大事な……。

「大切な人です……。」

 その答えを聞くと、友里亜さんはゆっくりと言った。

「一番大切、大事なものはなくしてから、その大切さに気付くものなの……。

 だからあなたにはあたしみたいな思いをしてほしくなんかないわ……。」

 それだけにいうと、友里亜さんは手を伸ばしても届かないくらいに遠い場所を悲しそうに見つめていた。

「友里亜さんにも親友がいたのですか?」

「えぇ。でも、私の身の上話より、あなたの事を話してくれない?

 幼なじみとはじめて逢った時の事を。」





 今から13年前、とある託児所で、わたしが一歳の頃に祐太と仲良くなったらしい。

 わたしは13年前の事なんか覚えていない。

 かろうじで覚えているのは三歳の頃、変な石碑の前で転んで800年以上昔の鞍馬山に来て、まだ子どもだった義経と出会ったこと。

 この事も11年前。

 でもそんなにハッキリとは覚えていない。

 四歳の頃にまたまた変な石碑の前で転んでまだ元服前の季長に出会った。

 五歳の頃にわたしの通っている保育園に新しくやって来た、奈央と里沙と仲良くなったこと。

 どれも遠い昔の筈なのに、最近のように思えるのだ。


 わたしは、ぽつりぽつりとのことを友里亜さんに話始めた。

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