第24話   骨董屋『千里眼』③

「あー、つかれた。変な人だったわね」


 人気ひとけのない道まで戻ったとたん、スミレが大きく背伸びした。


 宴はもらったファイルを大事に抱えている。


「すみれ、あの男はなかなか親切であったぞ? 若い世代が古い道具たちに触れ合うことを、喜んでいるようであった。案外、古い人形が好きなすみれと、話が合うのではないか?」


「合うわけないじゃない。会話してるだけで背筋が寒くなるもの」


「……」


 宴は視線が泳いだ。


「良くしてもらったというのに。女って怖いのだ」


「もう、わたしが悪いみたいに……。しょうがないじゃない、我が家といろいろあった人なんだから」


「もしも、の者を外で見かけた際は、どうするのだ?」


「街で見かけたら? うーん、あいさつは、するかな」


「お、すみれが譲歩したのだ」


 宴が店員との仲を取り持とうとするから、スミレはちょっとイヤになる。


「このファイルを渡したら、人魚さんは満足してくれるかしら」


「ざっと読んでみたが、人形の製作環境と材料について、かなり詳細に書かれていた。この資料で満足できないのならば、人魚は叶継に対して、相当に詳しいことになるな」


「叶継さんと、どんな関係なのかしらね」


 ひとまず話題を逸したスミレなのだった。



 道を覚えたらしい宴が、どんどん歩いて先導してゆく。


 それはスミレにとって、一向に構わないのだが、白銀色の狼みたいな髪が、一陣の春風になびき、白い着物の背中上部に不思議な模様が現れたとあっては、それを聞かざるをえなかった。


「宴、背中に、かんざし? みたいな絵があるけど、どうしたのそれ?」


 宴が振り向かず、手で髪を押さえた。


「春は風が強くて困るな」


「かんざしの模様がつく場所なんて、寄ってないわよね? あ、もしかして、千里眼に古いかんざしでもあったの?」


「……」


 宴は答えあぐねたのか振り向いた。意外にもその口角は、上がっている。


「あの男から、椿に関する縁はないかと、探ってみたら、コレが出てきたのだ」


 宴が自ら髪を掻きあげた。突風よりも、はっきりと観察できる。その背中には、綺麗な漆塗りのかんざしの絵が。椿の花の飾りが付いていて、その花弁は今にも散ってしまいそうな勢いで開いていた。


「これ、椿ちゃんの花……?」


 宴にもわからないらしい、彼が小首を傾げる仕草に、スミレも困った。


「こんなとき、スマホがあればねぇ。画像を検索できるのに」


「住職から借りた物は、使ってはだめなのか?」


「あら、ダメよ。せいぜい家族のを借りる程度しか許されないわね。通信量とかかかるだろうし」


「つーしんりょー……」


 宴が髪を支えていた手をはなすと、ぼっさぼさの白銀の波がバサッと降ってきて、大きな花を覆い隠した。


 宴は自分の髪の毛を、手入れしていないというよりは、どうでもよく扱っているような雰囲気があった。もったいない、キレイなのに、とスミレは言いかけたが、今ここで手入れの仕方を詳しく聞かれたら困るので、口をつぐんだ。


 宴は身なりに気を使えば、さらに人目を引く美しい人になれると思う。しかし、これ以上に目立たれては、スミレも対処ができる自信がない。宴をお手入れして遊ぶのは、当分先になりそうだった。


「もしも人魚さんが、ファイルの資料でも満足してくれなかったら、そのかんざしの絵も、人魚さんに見せましょうか」


「他の手がかりが、全て焼けてしまったのではな。なりふり構っていられぬか」


 果たして、あの人魚は納得してくれるだろうか。人魚の機嫌次第で、椿の命運も決まってしまうのだった。


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