6-③

〈 不安なら聞くよ〉

〈 愚痴でもなんでも〉

〈 僕でよかったら、だけど〉


 こんな僕でいいのなら。僕は春奏さんの力になりたいのだ。


〈くーくんだから嬉しいと思うよ〉

〈でも、聞かせるものじゃないよ・・・〉

〈 僕が頼りないからなら諦めるけど〉

〈 そう言ってくれるなら、聞かせてほしいな〉


 僕は少し卑怯な言い回しをして求めた。これだと春奏さんは遠慮しないと思った。夏菜っぽい発想だ。


 すると、少し返信が滞った。僕はそのままジッと待つ。


〈くーくんと出会ったときに泣いちゃったこと、ごめんね〉


 思っていたもの全然違ったため、僕は首をかしげる。それはもう済んだことで、関係ないとしか思えなかったからだ。


〈 それはもう謝ってもらったよ〉

〈あの日ね、私すごく浮かれてたんだ〉


 どうやら、話したいことはその奥にあるらしい。僕は出会った日のことを思い出そうとする。


〈美和牡丹とまた同じクラスになれて良かったって〉

〈今年は絶対に楽しいんだって〉

〈そんな時、くーくんを見かけたの〉

〈あの時私、律のことを思い出したんじゃないんだ〉

〈律のことを忘れていたことを思い出したんだ〉


 忘れていたことを思い出す。その言葉に、僕の胸がキュッと締めつけられた。


〈昔はね、音楽のことで家族と仲良くできなくて、私は今よりももっと暗い人だった〉

〈律は家族の中で唯一の仲間だったの〉

〈だから、律が死んじゃったとき、私、家族に酷いこと言っちゃって〉

〈お葬式にも出ずに引きこもって、私も死んでやろうかみたいなこと思ってて〉

〈そしたら本当に脱水症状で死にかけて、結局家族に助けてもらった〉


 僕の知らない春奏さんの話だ。淡白に綴られるけれど、その内容はとても重かった。それから一年も経っていないなんて嘘みたいだ。


〈それからは無気力になって、心配かけて。美和と牡丹、秋音にも支えられて〉

〈いつの間にか家族とも仲良くなってて、昔からの不安がなくなってて〉

〈平和になった。寝て起きたら世界が変わってたみたいな気分だった〉


 一見、悲劇を乗り越えたというお話だった。でも僕は、心がモヤモヤした。それは春奏さんも同じだったらしく、次のLEENで腑に落ちた。


〈でも、おかしいよね。なんで律がいなくなったのに平和になるんだって〉

〈唯一の味方だったのに、裏切っちゃったような気持ちになって、憂鬱になるの〉


 自分の平和が家族の死と引き換えだったような感覚。もし僕が同じ状況だったなら、平和そのものを疑うだろう。春奏さんもそうだったようだ。


〈友達や家族といることを幸せだと感じると、律に悪いことしてるみたいに思えて〉

〈でも、それで周りに心配かけるのも悪くて、元気出そうとは思ってた〉

〈それが律に申し訳なくて、家族と納骨やお墓参りに行く勇気も出なかった〉

〈そうして律から逃げたまま、春が来たの〉

〈その時の私は、美和牡丹と離れたら平和がリセットされると思って不安だった〉

〈そしたら二人ともクラスが一緒で。本当にうれしくて〉

〈そんな時に、くーくんと出会ったんだ〉


 春奏さんの過去の一人称が、僕の記憶へとつながった。あの時の春奏さんは、悲しみよりももっと複雑な想いにより涙したのだった。


〈浮かれてて、一瞬でも律のことを忘れてた自分が嫌になった〉

〈それで泣いちゃったんだ。ごめんなさい〉


 一周まわってからの、二度目の謝罪。僕は慌てて指を動かす。


〈 謝ることじゃないよ〉


 そんな事情があって謝られることなんてない。だからそう返事をしたものの、次にかける言葉に悩んだ。思い出すだけで辛いようなことを僕に話してくれたのだから、何か気の利いたことが言えないだろうか。


 しかし、ことが重すぎて、無暗に慰める言葉を使うのは気が引けた。春奏さんは幸せになって良いんだよ、と言いたいけれど、軽々しく言えない気がしたのだ。


〈聞いてくれてありがとう〉


 すると、春奏さんからそんなLEENが来る。僕は少し気まずいような気持ちになる。


〈 聞いただけで、お礼なんていいよ〉

〈聞いてほしいって思ってたの〉

〈聞いてもらうの悪いかなとも思ってたけど〉

〈気にしてくれてるのにちゃんと言ってないの、モヤモヤしてて〉

〈ダメな自分への言い訳にもなっちゃうんだけど〉

〈くーくんに聞いてもらってホッとしたから〉

〈だから、ありがとう〉


 春奏さんはずっと言いたかったらしい。聞くだけで不安が少しでも拭えたのなら、それで良かったのだろう。僕もホッとした。


 春奏さんは、律くんへの想いが家族や友達に迷惑をかけていると思っている。でも、律くんのことを忘れることは許さない。そのジレンマで苦しんでいるのだ。


 多分、律くんの死が春奏さんの不安の根底にあるのだろう。生まれ持った性格もあるだろうけれど、自信のなさや不安を助長させていると思う。


 心の中の一番弱いところ。春奏さんはそれを僕に話してくれたのだ。嬉しい気持ちとともに、重い責任感を覚えた。


〈 それなら、よかったよ〉

〈 言ってスッキリするようなことがあるなら、僕が聞くからね〉

〈くーくんに言うと何でもスッキリしそうだよね〉

〈くーくん、癒し効果があるから〉

〈リラクゼーションくーくん〉

〈 なにそれw〉


 いつもの冗談が出てくる。多分明るく振舞いたいのだろう。僕は自然と口元が緩んだ。


〈くーくんも、愚痴とか何でも私に言ってね!〉

〈私ばっかり寄りかかるのは嫌だから何でも聞くよ!〉


 春奏さんは勢いよく言葉を並べる。多分、もう私は大丈夫、という意思表示だ。


 僕は何でも聞いてくれるという春奏さんの言葉に、少し悩んでいた。春奏さんが泣いた理由を言ってくれたのなら、僕は逃げた理由を言うべきだと思ったからだ。


〈 ありがとう。僕は大丈夫だよ〉


 でも、僕は言わなかった。涙に弱いだなんて言ったら、せっかく元気になった春奏さんが気にやんでしまうかもしれないからだ。


 話したいことは他にいっぱいある。まずは以前のように話したいと思った。


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