恋は苦しい
3-①
日曜日はずっと落ち着かなかった。
夢に春奏さんが出てきたことから一日が始まる。
何度も昨日のLEENのやり取りを見返すなど、ちょっと気持ち悪いこともした。LEENを送ってみようかとも考えてみたが、勇気が出ず中止。その思考を繰り返すこと五回。
もう休日どころじゃない。作戦立てや妄想じみたことをすると、気の休まることなどなく――
あっという間に月曜日を迎えたときには――僕は憂鬱になっていた。
劣等感の塊である僕は、心の奥底で人を好きになることを避けていた。かなうわけがないことを前提として考えてしまうからだ。
恋は苦しい。
かなわない恋はそれだけで辛いし、かなったとしても激しい音を立てながら壊れることだってある。僕はそういうものをこの目で見たことがあるのだ。
恋は痛みを伴う。その不安は恋の喜びを覆ってしまった。
見た目から魅力的な人だし、僕だけが彼女を好きだというのはまずありえない。
人付き合いが苦手というところに望みはあるけれど、そういう人だからこそ好きという人は、僕に限らずいるだろう。誰かと競い合うのは苦手だし、上回る自信もない。
そもそも、春奏さんは二年生で僕は一年生だ。クラスが違うどころか学年が違う。あんな出会い方をしなければ、知り合うこともなかった相手だ。
だから、日常的に関わる回数が、同学年の人に比べて格段に少ない。それもまた、自信が持てない要因の一つだった。
結局、月曜日は春奏さんとまったく関わることがなかった。
移動教室や食堂へ行くときに、二年生の教室の方向を見る僕は滑稽だったことだろう。それでも、しゃべるどころか見ることもなかったのだ。
同じ敷地内にいるはずなのに、春奏さんとの距離は遠い。前途多難だった。
○
展開があったのは金曜日になってからだった。美和ちゃんに昼食に誘われたのだ。
春奏さんを見かけられればラッキー、という虚しい日々を送っていた僕にとって、それはうれしい誘いだった。グループLEENで提案されると、当然、喜んで了承した。
僕は自作のお弁当を持ち、サギとともに、意気揚々と待ち合わせ場所へと向かった。そこは前回と同じ、渡り廊下の階段下のベンチだった。
「あ、クッくーん、サギくーん」
「美和ちゃーん、お誘いどうもー」
前回と同じで僕らが食堂へ寄っていたからか、三人はすでにそろっていた。
反射的に春奏さんを見る。すると、目が合ったからか、小さく手を振ってくれた。僕は軽く会釈する。そんなやり取りだけでもドキドキしてしまっていた。
「じゃあとりあえず食べよっか。いただきまーす」
前と同じ順に並ぶと、美和ちゃんの号令で昼食を食べ始める。サギ以外はみんなお弁当のようだった。
食事中でも会話力が全く下がらない美和ちゃんを隣にした僕は、食べるペースを犠牲にしながら、サギとともに話を聞いていた。春奏さんと牡丹さんはそれを横目にしながら、食べるのに集中しているようだった。
サギは昼食を食べ終えると、立ちあがって隣のベンチの端へ行ってしまう。押し出されるような形でベンチ上を水平移動すると、男子で女子を囲むようなかたちになった。
「クッくんのお弁当、お母さんが作ってるの?」
「ううん。自分で作ってる」
「ウソっ!? すごいじゃん!」
僕は美和ちゃんと同じベンチ上で一対一の状況になる。春奏さんはすでに牡丹さんとサギのほうに参加している。僕はそっち側が気になって仕方がなかった。
「別に、すごくは」
「なんかちょうだい。あーん」
「ええっ!?」
僕は箸でたまご焼きを掴んで固まる。これって普通にできることなのか。それとも、やっぱり冗談なのか。
美和ちゃん越しに見える春奏さんが、チラッとこちらを一瞥する。でもそれだけだった。
どうしよう、めっちゃ待ってる。口に触れないように、どうにか入れてみようか。そう思って、たまご焼きを口の高さまで持ち上げる。触れないように触れないように……
「――も、もう限界っ! あははははははっ!」
黙って口を開けていた美和ちゃんが、ついに吹き出してしまった。どうやら、ずっと笑いを我慢していたらしい。やっぱり冗談だったのか。
「美和ちゃん!」
「あー、もうちょっとだったんだけどなぁ。困ってるクッくん見てたら我慢できなかった。では改めていただきまーす」
そう言って、美和ちゃんはさっきのたまご焼きを自分の箸を使って口に放り込んだ。
「うんうん、おいしい。こんなにきれいに焼けるなんてすごいねー。自信作とかある?」
「自信作ってほどのものは……。ほとんど昨日の晩ご飯の残りだし」
「じゃあ、それはお母さんの味?」
「ううん。昨日の当番は僕だから、自作だよ」
美和ちゃんは意外そうな顔をする。
「クッくん、晩ご飯作ってるの?」
「あ、うん。うちの母親、仕事で忙しいから」
「お父さんは?」
「父親いなくて」
そう言うと、美和ちゃんの表情から笑顔が消える。これはすぐに説明すべきだった。
「え、えっと、離婚しただけだよ。だから二人暮らしなだけ」
「そうなんだ。ごめん」
「それで、その……料理が好きで、だから晩ご飯を作るのも楽しんでるっていうか……よかったらこれ、自信作ってわけじゃないけど、ハンバーグをお弁当用に小さくしたんだ」
少し落ち込む美和ちゃんに、僕は弁当箱を差し出す。美和ちゃんはさっきよりも気を遣いながら、ハンバーグを掴んで口に入れた。
「……おいしい」
「よかった」
この「よかった」は味の評価以上に、美和ちゃんがほほ笑んでくれたからのものだった。
こうして、昼休みの楽しい時間は過ぎていく。僕はずっと美和ちゃんと話していた。
結局、目を合わせたりうなづいたりしただけで、春奏さんと会話することはなかった。
せっかくのランチの機会もしゃべれない。どうしたらいいのだろう。
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