2-③
買い物を終えると、歩きながら次の行き先を決めることになった。
会話の中心は美和ちゃんとサギだ。いつの間にかサギも美和ちゃんと呼び、敬語もやめていた。二人はプライズゲームの話で盛り上がっている。その流れで、僕たちはゲームコーナーに寄ることになった。
「あ、ヤバ」
そう言って立ち止まったサギに、僕は危うくぶつかりそうになる。そして、サギはするっとこちらへ振り向く。
「どしたの?」
「あ、ちょっと俺、はぐれまーす。また連絡するから!」
「ええー……」
呆れ顔で見送る美和ちゃん。急にそんなことを言われたら、そりゃこんな顔にもなろう。
「なに? 誰かいたの?」
「どれかわかんないけどそうなんじゃない?」
「元カノ?」
「今カノかもよ」
牡丹さんと美和ちゃんが呆れるように笑う。後者なら大変なのかも。
「すぐ戻ってくるかもしれないし、ここで時間つぶす?」
美和ちゃんが『太鼓の名人』という筐体のバチにふれながら言った。
「先に買い物したらいいと思うけど――って」
牡丹さんがしゃべっている間に、美和ちゃんはお金を入れてしまう。
「ついつい手が。牡丹、勝負しよ!」
「目立つから嫌なんだけど……もう」
呆れながらも、牡丹さんもお金を入れる。文句を言いながらも付き合ってあげるのがほほ笑ましかった。
こうなると、僕は我田さんと横並びで二人を見守る形になる。チラッと見てみると、一瞬目が合った。しかし、我田さんは逃げるように筐体のほうへ行ってしまう。
僕は一人取り残されるようになる。すると、わずかしか離れていないのに、急に疎外感というか、三人が遠くに感じられた。
今この瞬間、僕がいなくなれば我田さんも楽しい気持ちになれるかもしれない。割り込んでいくわけにもいかないし、ここは体よく離れてしまおうと思った。
「あの、サギを探してくるね」
なにか言いたそうな顔をする美和ちゃんと牡丹さん。そして、我田さんは驚いたような顔をしていた。そんな三人を尻目に、僕は小走りでその場所から立ち去った。
ゲームセンターから出てすぐにサギにLEENをする。しかし、既読がつかない。これでは居場所の見当もつかなかった。
戻るわけにもいかないし、と言い訳しながら一つ下のフロアまで下り、近くのベンチに座った。これじゃあ本当に身を隠すためだけに移動したようなものだ。
でも、少し安心する。こうしているあいだは誰かに嫌な思いをさせることはないのだから。
サギと連絡がつくまではここにいよう。僕は脱力した。
○
しばらくスマホとにらめっこしていたけど、サギとは一向に連絡がつかなかった。既読すらついていない。いったいどこへ行ったのやら。
待ちくたびれた僕は、今のうちにと思い、トイレへ行くことにした。女子の前では行きづらいし、ちょうどいいと思ったのだ。
トイレは自販機なんかが置いてある休憩コーナーのさらに奥にある。道すがらサギを探しつつ歩いて行った。
トイレ直前でスマホが震えたため、画面を確認した。サギかと思ったら、美和ちゃんからのLEENだった。
〈サギくん見つかった?〉
〈私ら二階に移動したよー〉
どうやら太鼓は終わったようで、すでに同じフロアにいるらしい。サギを見つけるまでは合流しづらいため、そろそろサギからも連絡が欲しいところだった。
とりあえず美和ちゃんには〈まだ見つからない……〉〈了解です〉という二件のメッセージを送り、トイレでの用を済ませる。
そのあと、僕はそのままトイレの中でサギに電話をかけてみた。すると、思いのほかあっさりと捕まえられた。
「クック、ごめんごめん。ちょっとうどん食べてたー」
「ええ……なんで?」
「実は昼メシ食べてなかったんだよね。大丈夫、食べ終わったらすぐ合流するから」
「わかったけど」
切れた。まったく、自由過ぎる。
とにかく、サギは三階のフードコートにいるらしい。ゲームコーナーの隣だけに、案外近くに逃げ込んでいたみたいだ。
僕は呆れ半分、安心半分のため息をつき、トイレから出る。なんとか三人に見つからないように移動したいものだった。
「――ちゃんと言っておいてほしかった」
「でも、言ったら春奏は来ないでしょ?」
休憩コーナーに差しかかった辺りで、僕は声に反応してとっさに身を潜めた。それは我田さんと美和ちゃんの声だった。
「……わかんないけど」
「絶対来ないじゃん。それじゃ意味ないし」
そこには、我田さんと美和ちゃんがいた。牡丹さんがいないところを見ると、多分僕と同じ用事で、二人はそれを待っているのだろう。
こちら向きに並んで座っているため、通れそうにない。
その声は静かな空間の中ではしっかりと聞こえてしまう。盗み聞きなんてよくないけれど、僕は立ち止まって耳をすませる。それは、きっと僕の関わる話をしているからだ。
「意味ないとか……ない。美和も牡丹も、く……九十九くんのこと気に入ってるんでしょ?」
「そうじゃなくて、春奏と仲良くなってほしいから呼んだんだよ」
「そんなこと……言われても」
弱気な声。やっぱり僕が来たことで、彼女を困らせているのだ。僕は改めて落ち込む。
「いい子そうだし私でもしゃべれるかも、って言ってたじゃん。私もそう思ったし」
意外な言葉が美和ちゃんの口から出た。
「そうだけど……でも、私のことより九十九くんの気持ちを考えてあげてほしい。
いきなり目の前で泣き出した変な人と仲良くなれ、なんてかわいそうだよ。九十九くんからすれば、美和に誘われたから来ただけで、私の相手なんてしたくないと思うけど」
「そんなことないって」
「あるよ。美和や牡丹といるときは楽しそう。でも、私がいると空気を重くしちゃう。……さっきだってそうだったし。だから、なんか申し訳なくて」
僕は心を見抜かれたような気持ちになって驚いた。でも、それは我田さんの心の話だった。
申し訳なくて。僕と我田さんは、同じ言葉を心のうちで相手に伝えあっていた。そうしてお互い遠慮しあい、近づくことができなかったのだ。
我田さんはずっとうつむいたまま、辛そうな顔をしている。
「ひょっとして怒ってるの?」
「怒ってない。……これからが不安なだけ」
「どういう意味?」
「だから、これから遊びに行くとき、どうなるのかなって。もう私、来れないのかなって」
我田さんがそう言うと、美和ちゃんは少し怒ったような、あるいは泣きそうな顔をしてうつむいてしまう。不穏な空気だった。
「なに? それって、春奏と遊びたかったら、クッくん達は呼ぶなってこと?」
「そ、そんなこと言ってない」
「どっちか選べってことじゃん」
「違う……」
憧れるくらい仲のよかった三人の女子。その一角が、僕のせいで壊れようとしている。
なんとしても止めたい。でも、ここで僕が出て行けば、余計にこじれるかもしれない。どうすればいいのだろう。
「クッくん?」
思わぬ声に、僕の体はビクッと震えた。振り向くと、そこには牡丹さんがいた。ここはトイレまで一本道の場所だから、出会うのは当然のことだった。
「こんなところに――」
僕は人差し指を自分の口元にあて、会話を制止する。
「あの……二人のところに。お願いします」
「え? ……ああ、わかった」
牡丹さんはすぐに状況を理解し、二人のところへ向かう。これでなんとかなるだろうか。
しかし、僕が聞いていたことを秘密にしてもらうことを忘れてしまっていた。言ってしまったらどうしよう、と思い、僕は牡丹さんの姿を確認するように覗きこむ。
「だから――」
「おまたせ。どうかしたの?」
「別に、なんでも――」
その瞬間、美和ちゃんの目は僕の目を捉えていた。僕は反射的に身を隠す。
……僕がいたことが、美和ちゃんにバレてしまった。
「ごめん、やっぱり私もトイレ行っとく。先、お店に行ってて」
「……わかった。行こう、春奏」
「う、うん……」
我田さんは逃げるように牡丹さんの後を追う。二人を見送ると、美和ちゃんは一直線に僕のいるところまでやってきた。
「……ごめんなさい」
「どうして謝るの?」
見るからに落ち込んでいる美和ちゃんに、先手を打って放った僕の言葉は届かず、空を切ってしまった。
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