きょうだいはハンデがありすぎる
「いや、あたしはいいです! 障がい者じゃないんで!」
興味本位で部屋に入ってきた女の子が、自分は工作はしませんと首を横に振っている。小学生で、半袖半ズボンといった動きやすい格好をしている。
「もしかして、きょうだい児? 遠慮しなくていいんだよ。障害とか関係ないんだから」
恰幅の良い女性が屈託のない笑みで、材料一式を差し出す。化粧の濃さや服のデザインから年齢を推測するに……大学生ではなく保護者だろう。
しかし、なぜか少女は笑みを引き攣らせている。
「へえ、じゃあ……ウバババババ!」
ええええ……。
なんともいえない奇声を発して少女は逃げ出したぞ。
え? どうしたの? と、女の人やボランティアはポカーンと口を開けて固まっている。
工作をしていた子どもたちは耳を塞いだり、集中していて聞こえていなかったり、反応は様々だ。
そしてオレは、気になって後を追った。
「って、うおお!」
角を曲がった先で奇声少女がしゃがみこんでいる。ぶつかる前に飛び越えようとしたが……失敗したオレは躓いた。
少女を下敷きにして倒れそうだったので、何とか踏ん張ろうとした結果、しゃがんだ少女を包むように逆ブリッジをした格好に落ち着いた。最悪である。
少女目線だと、イケメンが上から逆さまに落っこちてきたように見えるだろう。
「ぎゃあああ! 上から人があ!」
尋常じゃない叫び声。まるで化け物や不審者に出くわしたような反応である。
「お、落ち着いて」オレは廊下に手をつきながら「ただのイケメンだから」
「顔のいい人は性格が悪いと相場が決まっているんだよ! いじめられる!」
くっ。顔の良さが裏目に出たか。
じゃあ別の理由を……とっさに出てこないな。
「あんたと同じく、キャンプに参加しているんだよ。さっき、工作室にいただろう?」
「人の顔なんていちいち覚えられないよ! あと! いつまで逆立ちしているの!」
筋力が足りないうえに少女が内側にいるせいで、オレは前にも後ろに動けないでいる。あ、やべえ。はたから見ると、オレって変な人じゃない?
「おーい! シン子! この声はシン子だよな! 元気か!」
ドスの効いた声と慌ただしい足音が近づいてくる。うわあ、どうしよう。なんて言って誤解を解こう。
「はい! 元気です!」答える少女。
「あ、ちげえ! 無事か! 怪我してないか!」
「あたしは平気でーす!」
「安心したぜ! それにしても、なにがあって悲鳴をあげてんだい?」
廊下の向こうから、消火器をかかえた、赤いドレスの男性がやってきた。
「……た、助けてくださぁぁぁい!」
オレは大声で叫んだ。
なんだその消化器は! 鈍器か? やられるの、オレ?
「ええー。どういう状況なの?」
「オレがヘンテコリンな格好をしているのは、この少女が原因っす!」
「ええ! あたしのせいなの?」
「シン子。お前、また……」
「わ、悪気はないの。そもそもなんでこうなってんのか心当たりないから!」
とにかく赤ドレス男の助けによって、少女は救出されたのだった。
「円藤ドンです。姉が自閉症だからキャンプに来ました。オマケです。怪しい人じゃないです。お嬢さんが慌てて工作室を逃げ出したので、心配して追いかけて、躓きました」
オレは土下座をして、誠意を示した。
もう土下座しかないと思ったからだ。
「こけ方が斬新すぎなんですけど。まあ、不審者だったら受付で弾かれてるもんな」
赤ドレス男は納得してくれた。よかった。あの赤い鈍器で殴られずに済みそうだ。
「この消化器は、シン子がまたボヤを起こしたと想定して持ってきただけだから。気にすんな」
ちなみに「シン子」というのは、少女のあだ名らしい。苗字の「しんどう」のしんを取ってシン子。
「は、はあ……」
「もし不審者や猿に襲われそうになっていたら、この角っこを叩き込んでやるわけよ」
やっぱり鈍器じゃないか。
あぶねえ。猿と間違われなくて一安心だぜ。
「オレは林堂ざます。自閉症の子にはボランティアがつくように、そのきょうだいにもボランティアがいる。それがオレざます」
「え、そういうキャラでいくんですか」
一般女性でも、こんなゴージャスなドレスは着ない。男なら、もっと着慣れていない。そのうえレディ口調という縛りはさぞ大変だろう。
「飽きたら戻るわ。それまでは目印として着とくから」
「大変な目印ですね」
夏にふさわしくない格好だ。しかも無理をしたのに、集まったのが2人だけ。世知辛いな。
「シン子よ。どうしてあの時逃げたの?」
いろいろあったが、オレはようやく聞けた。なぜ逃げたのか? 妙にその理由を知りたくなったのだ。
「あはは……。場違いだったから退出しただけだよ」
「場違い? そう見えなかったけど」
「だってあそこは工作する子やお手伝いする人がいる場所だから。ただ見たい人は場違いだよ」
それこそが真実であると、シン子は胸を張った。
「ボランティアさんにせっせとさせといて、自分は高みの見物な子もいるいたぞ?」
「それは自閉症の子でしょ。あたしは障害がないから、なおさら工作しないといけないじゃん」
いやいや、強制じゃないから……と、言おうと思ったが、シン子は材料を渡されかけていた。工作させようとしていた。
「だからあたしは丁重に断ってあの部屋を飛び出したの」
「断った?」
「『ごめんなさい。手作業は苦手なんです』って言ったでしょ」
「あー……聞き取れなかったな」
たぶんオレだけじゃないけど。
あれで、本人はきちんと喋ったつもりだったのか! いくらなんでも噛みすぎだろう。
「あたし、頭が悪くて不器用なんだよ。でも好奇心は人並みにあるから、やっているところを見ていたいんだけど……」
シン子は苦笑していた。自分がわがままな子だと自覚しているときに浮かべる笑みって、こういう感じなんだろうな。
負い目を感じることはないのに。
「壁役とかないの? あればいいのに」
「壁役って、演劇でもそんな役ないぞ」
「とにかく、自閉症の子だってやっているのに、健常者のあたしがやらないってダメでしょ」
「絶対ダメとは言いきれないけど……。言いたいことはわかるよ」
この子の先入観はなんとなくわかる。
障がいがないから一人でやれ。当然なのだが、やるより見て楽しみたい人だっている。
姉が自閉症というだけで、オレはしっかり者なんだろうと期待される。
たしかにオレはしっかり者だ。基本的にグータラしているがやる時はやる省エネタイプだ。ところが、みんなはオレのグータラを見るなり何故か落胆する。四六時中なにごとにも気遣っている完璧なしっかり者のイメージを押し付けたのはそっちなのに。
家族に自閉症がいるのだぞ。むしろ緩くないとやってらんねーから。
周りに迷惑をかけないよう神経を張り巡らせていたら、我が弟のように「自閉症はそもそも家から出すな」と言い出すぞ。
オレは、他人の手をわずらわせず自立して行動する人であれば、しっかり者たど思っている。それで充分だろ?
「健常者って、ハンデがありすぎだよね」
少女の諦めた表情を見ていると、同情的な念がわいてきそうだ。この子は、自閉症の家族と比べられ損をしてきたのだろう。
「ドンくんもきょうだいに自閉症の子がいるのか。上にいるの? 下にいるの?」
シン子が興味津々で聞いてきた。
「上だな。アネキだよ」
「じゃあドンくんは、お姉さんを世話するために生まれてきたの?」
「そんなことはない。そういう訓練は受けていないからな」
平常を装っていたが、オレは内心ドン引きしていた。思いつきの質問ではない。いや、小学生の発想とは思いたくはない。
でもオレの家は違っても、他の家庭では自閉症の我が子を世話するための子を産んだりするのか? もし自分たちが死んだ後もその子が不自由しないように?
「実際にそういう子っているらしいよ。産まれた時点で生き方が決められていたら、そういうものだと受け入れるのかな?」
シン子はあっけらかんとしていた。なんだ。ただ豆知識を披露する感覚で喋っていただけなのか。
他人事な態度にオレは安堵した。
「お世話か。もし、シン子が自閉症なら、どうしてほしい?」
「週末はドライブに連れてってほしいよね。アイスはサーティーワンで!」
「アネキもアイス好きだな。やっぱり外出は大事だよな」
こんなふうにして、オレはきょうだい児と合流した。
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