八話『ぷれいやー しゅうごう』
――― …
街の門をくぐり、中へと入った俺の頭の中に、またイシエルの声が響く。
『プレイヤーのみんな、二度目のクエストは成功できたかな?それじゃあこのあたりでおしまいって事にするよ』
『クエスト成功者には夢現世界の中の通貨『ドルド』をプレゼント!ステータス画面を開いて確認してみよう』
「ステータスに入ってるのか…どれどれ」
俺は右手を前に出してウインドウを開く。項目の中に【所持金:100ドルド】という文字を見つけて俺は疑問を口にした。
「これ、どうやって使うんだ?」
俺の声に答えるようにイシエルが言う。
『ドルドは必要な時に引き出せるようになっているよ。ウインドウの所持金を指でタッチしてみてね』
「ほー。どれどれ」
俺は眼前の空間の所持金欄を指でタッチした。縦にスクロールして、引き出せる金額を決定できるらしい。
とりあえず…俺は10ドルドを選択して、再度文字に指で触れた。
「うおっ」
その瞬間に、今度は目の前に金色の硬貨が一枚出現する。俺はそれが地面に落ちないように慌ててキャッチした。
金貨を見れば『10』という文字が書いてある。これがドルド硬貨…ってわけね。
どの程度の金銭価値があるのかは分からないけれど、とにかくクエストに成功した事に俺はほっとしてドルド硬貨を衣服のポケットにしまっておいた。
『再度預けたい時はウインドウを開いて、所持金の文字の所にドルドをくっつけてみてね。便利でしょ』
「…まぁ、預入は後ででいいか…。 …にしても」
先ほどからのイシエルの発言が、やはり気になる。
『プレイヤー』『みんな』。…つまりは、俺以外にもこの夢現世界で活動している奴がいるってことか?
プレイヤーという名前であるのなら、先ほど出あった安田先生…キオと、宮野さんのシャーナは含まれないんだよな。
あの二人は現実世界の記憶は引き継がず、どうやらこの世界の中で役割のあるキャラになっている。つまりは…モブ扱いだ。
一方で先ほどから俺に語り掛けるイシエルは、俺の名前は言わず『プレイヤー』と呼んでいる。
そして『みんな』と多人数に呼びかけるような言葉を使っている事から…俺のような存在が少なくとも何人か存在しているということだ。
しかし、これは俺の夢の中のはずだ。
キオやシャーナのような現実世界には存在するものの、現実とは全く関係しない人達がいるのは分かる。夢の中だから。
俺の夢の中に、俺以外の意思を持つ人物がいるという事か…?
俺が街の門の近くで立ち尽くし、考え込んでいるうちにイシエルの次の言葉が脳内に流れた。
『さあ、それじゃあいよいよ今日…いや、今夜最後のクエストだ。みんな、もうムークラウドの街には戻ってきているかな』
『そろそろ夜明けが近い。このクエストの終了時間は…あと30分にさせてもらうね』
夜明けと共に一旦この世界も終わるわけか。まぁ、夢だから当たり前か。
『内容は… ある場所への到達。ムークラウドの街の中に時計塔があったのを知っているかな』
『知っている人もいるかもしれないけれど、時計塔の下はちょっとした広場になっているんだ。そこへ到着する事が今夜最後のクエストの条件だよ』
ああ…はじめて教会の外に出た時に見た、あの時計塔か。だとしたらこの門からは少し離れた場所になるが…30分あれば余裕で着けるだろう。
最後のクエストか。二回連続で成功させているからここも外せないな。
… … …。
いつの間にかすっかり、この夢の世界の虜になっている自分に気付いて少し恥ずかしくなる。だが…これだけリアリティのある世界だ。下手なゲームなんかよりよっぽど面白い。
俺はワクワクした気持ちを抑えながら、イシエルの言葉を待った。
『クエストの成功報酬は…『情報』だよ』
「…情報?」
イシエルの声色からは感情が読めない。冷静でありながら、どこか楽しそうで…不気味さも感じる。
『この夢の世界、とても楽しいものだっていうのは分かったでしょう?でも、みんなの中には疑問も沢山浮かんでいるはずだ』
『プレイヤーとはなにか。何故自分の知っている人物がこの世界にいるのか。何故夢の中なのに五感が存在するのか。そして…そもそも、この世界は、なんなのか』
『全てに答えるわけにはいかないけれど、とても大切な情報だけは知っておいて欲しい』
『それが、ゲームを更に面白くしていくことになるからね』
「… … …」
情報。時計塔広場にいけば…それに答えてくれるというのか。この世界の事について…。
俺は急いで時計塔広場へ向かう事にした。時間には余裕があるけれど…絶対にそれだけは聞いておきたい。そう思ったからだ。
走る俺の頭に、イシエルが言う。
『さあおいで。この夢現世界を… そして自分たちの現実を、守るために…』
――― …
「… は?」
石造りの時計塔は夕空に向かって真っ直ぐ伸びている。
そしてその下には芝生の広場が広がり、そこには何人…いや、何十人…下手をすればもっと沢山の人があふれていた。
戦士。魔法使い。盗賊。
皆それぞれに自分たちの装備を持ち、それらしい服装を着てはいるが…どの人物を見ても辺りをキョロキョロと見回している事からこの街の元からの住人でない事は分かる。
いや… 待て。その前に俺は気付いたことがあった。
ここに存在している人達に、俺は見覚えがあった。
… まさか…。
「学校の、生徒…?」
全員ではないが…見たことのある人が何人もいる。
朝礼で表彰を受けた野球部員。絵画コンクールで賞をとった女子。学食で隣に座った後輩。廊下ですれ違った先輩… … …。
大勢いすぎて全員の顔は確認できないが、確かにこの中の何人か… いや、俺が知らないだけで、この広場の全員が、どうやら俺のいる学校の生徒のようだった。
「どういう、ことだ…」
そして、皆が俺と同じ感情を持っているらしい。
顔見知りの生徒を見つければそこに駆け寄り、状況を確認しあっている。
「えー、なんでお前いるんだよ!?」
「どうなってるんだよコレ…」
「なに、お前も知ってるの!?イシエルのこと」
「クエストも同じ内容だったのかよ」
「とにかく早いところ出てきて説明してほしいな…」
皆それぞれ自分たちの疑問をぶつけあって、答えの出ない予想をしながらイシエルの登場を待っている。
まるで海外ドラマか何かで見たハロウィンの仮装パーティのようだ。
皆それぞれ違う職業の衣服や武器を身に着けて、楽しそうな会話ではないが賑わっている広場はとても違和感のあるものだった。
あまりにリアリティのある夢の世界だという事。そして自分の夢だと思っていた世界に、意思のある見知った生徒がたくさんいる事に皆不安を隠せない様子で、とにかく会話をしてその不安を誤魔化そうとしているようにも見える。
かくいう俺も、知り合いがいないかとずっと探している。
交友関係を深く持つべきだった。再度それを後悔する。
知っている顔はあれど、話し掛けるような仲の人物は中々見当たらない。
人が多くて見分けが難しいのもあるが、そもそも学校の中に気軽に話せるような人物というのが俺にはほとんどいないのだ。
皆と同じように友人を見つけて、少なくとも一人ではない、という安心感を共有したくて必死だった。
宮野沙也加さんや安田先生の姿はない。ここに集まっているのはあくまでプレイヤーで、夢現世界の住人になっている人はいないらしい。
数少ない話せる人物の期待もできそうになかった。
諦めかけていた、その時。
俺の肩を叩く誰かの存在に、俺は振り向いた。
「え…」
振り向いたその視線の先には。
「け… 敬一郎!!」
「や、やっぱり、真か…!」
同級生。ゲーム仲間。そして…アクティブなデブ。
俺の数少ない親友。浅岡敬一郎が、そこにいた。
――― …
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