△5六飛将《ひしょう》

 決意を込めて出動したものの、新宿の駅周辺の様相は、僕らが想像していた以上に変貌を遂げていた。そのことに一瞬気圧されてしまう。いやいや、駄目だろ。気合いを入れるんだ。


 新宿駅南口付近。「イド」の噴出まで残り2分と告げられていたのにも関わらず、二次元人が、確かにそこに存在していたのだった。「そこ」? 僕らの住む、この世界に?


「『イド』から……直結している!?」


 スカートを翻しつつ走る前方のミロカさんから、そんな驚愕の声が漏れ出て来る。前方やや上を見やると、天を衝くミライナタワーのどてっぱらに、亀裂のような黒い巨大な爪痕のような「裂け目」が確かに見て取れた。それは建物に付けられた痕跡ではなく、そこの空間そのものが裂けているように、確かに見える。


「な……」


 驚きの余りそれ以上の言葉を発せなくなってしまう僕の左後方のナヤさんだったが、僕なんかはもうぽっかり口のまま、一言も発することなんて出来なくなっている。さらに驚愕を助長するかのように、その「裂け目」から二次元人のひとつが、ぐいいとこちら側に這いずり出てきたわけで。


 見慣れたヤツだ。黒い、「ホリゴマ」。しかし上空で蠢いているその図体の大きさが、先ほど懸念したように今までと異なっている。目視だが、約五まわりくらい大きい。何てでかさだ。


「歩兵」と水無瀬書体でそのボディに彫られているが、その「歩」一字だけで既に僕らの身長くらいの大きさはあるんじゃないか? 細い「裂け目」を鉄骨を組み合わせたかのような両腕を使ってずりずりと這い出してくる様は、今までの中で最大級の現実感の無さだ。


 その場に居合わせた人達は、一様に驚きは見せているものの、スマホを向けている輩も結構いて、いや、まずいって。


「……こちらの世界への干渉……今までは見られなかったことが……」


 流石の沖島オキシマもそんな実況が限界のようだ。とにかく、異常……今までも大概だったが、それ以上ののっぴきならない状況が突如として起こりかけていた。そしてもうひとつ、ビルの壁、車道歩道、縦横高さ関係なく、白い線が格子を形どって張り出すように展開していっている。


 いつも「異次元」でレーザーのように射出されて「盤面」を形づくる、あの「白線」だ。しかし普段は整然とした「九×九」の枡目を形成するのに、今はガタガタ。それが何か、イレギュラーな異常感を否応増していくかのようで、僕の胸に嫌な予感が巻き付くようにして離れない。と、その僕の横に、リズミカルに弾むふたつの相似球体が迫ってきた。嫌な予感が瞬時に脈動に吹き消される。


「……とにかく、いま出て来たのんを片付けな。みんな、のっけから全開で行くで」


 風花フウカさん(こう書きます)が、重々しい声でそう告げつつ、はち切れんばかりの競泳水着の深奥、深い谷あいの狭間から、黒い将棋駒、「ダイショウギ×チェンジャー」を抜き出した。その反動でふるりと双球が悩ましく揺れるのだが、この一連の行動すべてが脈動を助長させてやばい。いやそんな場合か。


「ふふふ……この6人の『一斉チェンジ』!! ……初めてのことじゃないかい?」


 そんな僕の煩悶の中、なぜか無駄に高揚している波浪田ハロダ先輩の含み笑いが。でもそれを完全に尻目に、ミロカさんとかはさっさと変身を開始してるけど。僕も乗り遅れるわけにはいかないっ。


「ダイショウギチェンジ!!」


 何人かの声が重なり合い、疾走を続ける僕らの周囲を、赤・緑・黄色などの鮮やかな光が爆発するように弾け、包んでいく。

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