△4七猛牛《もうぎゅう》

「……」


 何とも言えない空気になった。


 沖島がイケメン先輩に話しかけ、イケメン先輩がそれを軽くいなしながらミロカさんに話しかけ、ミロカさんがそれを完全に無視しながら僕に話しかけているという、通い慣れた通学路に一転、静の修羅場の構図が繰り広げられているわけで。


 小春日和のいい天気であるが、かえってそれが薄ら涼しく感じられてしまう。


 「イド」とか来ねえかな、と、そろそろその混沌感に嫌気が差してきた僕が不謹慎な事を思い願い始めるが、しかし得てしてそのくらいのプラマイ微妙な願いであれば、僕くらいの不遇なる者の元には、案外あっさりと届け叶えられてしまうものであって。


「!!」


 ピュイピュイピュイというような耳障りな音が僕の腰ポシェットのタブレットから辺りに響き渡る。まさか「イド」!? ナイス、と褒めていいのかわからないタイミングだが、とにかくこのいたたまれない雰囲気から逃れられるのであれば……っ!!


「ミロカさんっ!!」


 彼女の携帯も同じ音を発していたようだ。画面を素早く確認すると、鋭い目つきに変わって頷く。周りに……「半径50m」くらいに、僕ら4人以外の人影はちらほら見受けられるが、スーツ姿か制服姿。子供はいないようで良かった。僕はミロカさんの耳元に顔を近づけると、囁く。


「……一般の人たちを巻き込んでしまうこと、それを避けることが難しいってことは、よくよく考えてみたら分かりました。ミロカさんの考えもちゃんと考えずにはたいてしまったこと、それを改めて謝ります」


 これだけは言っておきたかった。何よりミロカさん達は、何の見返りも無いこの戦いに、自らの意志で身を投じているんだ。それを斟酌もせずに直情で突っ走ってしまったことは、はっきり浅はかだったと言わざるを得ない。共に……戦う。ならば、色々と考えなくてはならないことは多そうだった。


「……」


 僕の言葉に、一瞬のうちにまた様々な表情を垣間見せたミロカさんだったが、最後に落ち着いたのは、ツンでもデレでも無さそうな、何か自然な微笑みだった。あれ、とその柔らかな感じに、僕はこの状況下で全てを忘れて引き込まれそうになるが。


 いかん、「対局」に対応だ。


 せめて沖島だけでも、この場から避難させられれば……そう告げようとした僕だったが、


「……『ホリウメンター』だってミロカ……私は初めてなんだけど」


 沖島の口から、そんな言葉が飛び出した。「日常」から出た「異次元」。あっるぇ~、僕の知ってる沖島じゃなーい。


「心配ないさ~、ミユくん。ちょっと指し手が速まって、ちょっと指し手が鋭くなっただけの、言わば初段レベル。君の敵ではない」


 何とか先輩も、やけに余裕な口調でそうおっしゃいますが。


 「異次元」は「異次元」に惹かれ合う。その事をこの後、僕はいやというほど思い知らされることとなる。混沌の沼へと叩き込まれつつある僕は、何とか助けを求めミロカさんの方を見やるが、


「と金……次、醜態さらしたら……コ〇ス……」


 モードが……変わった……ッ、咀嚼嚥下出来ないことは諸々あるものの、この場の第一優先は、「対局」にて結果を残すこと。沖島も何とか先輩も、もしや導かれし者なんじゃね、とか、何故この場に偶然のように(偶然ではないのかも知れないが)集まってきたんだよおかしくね? との疑念は取り敢えず置いておく。


「君が『獅子』……その力、見せてもらおうじゃないか」


 テンプレでもあるのか、何とか先輩が初めて僕を認識したようにそう言い、懐から黒い「将棋駒」、「ダイショウギ×チェンジャー」を取り出す。やっぱりそうなのか。でも彫られた文字は「金将」。あれ? 「二次元人が進化の過程で切り捨ててきた」のが我々の変身モチーフなのでは? その声に出さなかった疑問に答えるかのように、先輩は不敵な笑みを見せつつその「駒」を裏返して見せる。「飛車」。うん、それも馴染みあるけど。


「フハハハハ、第六の戦士とは得てして異端なるものなのだよ!! さあみんなで変身と洒落込もうじゃあないか、ダイショウギチェンジっ!!」


 取って付けたようなテンションで、先輩は高らかに吠える。「第六の戦士」とか、わけの分からないことを言い始めたけど、そこは無視して僕も「駒」を構える。

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