△4五嗔猪《しんちょ》
「モリくんって進路どうするの?」
駅までの大通りをしばし斜めに隣り合いながら歩く。二本前の電車に合わせた時間だったから、幸いなことに周囲には同じ学校の生徒の姿は見られなかった。
それでもいつもなら走り去る局面だったが、とにもかくにも僕のあまり働いてはくれない大脳が、「日常」という名の癒しを切実に望んでいた。たまにはこいつも労わってやらねばなるまい。
と、至極言い訳めいたことを考えて自分を誤魔化し騙しながら、一歩斜め前を行く、ひょろ長くて姿勢正しい後ろ姿(昔ながらのセーラーが、こいつには本当によくハマっている)に、少しの安らぎをも感じながら、僕は口を開く。
「……進学する。地方の国立狙いだけど、他も4つは受ける。とにかくもう、親に迷惑はかけたくない」
しかし現実が急に襲い掛かってきたような、下っ腹あたりがきゅうと収縮するような感覚に、言葉はぎこちなさに絡め取られてしまっている。自分でもしょうもないことを喋っていることは分かっている。「先行き」という言葉は「不透明」の枕詞なんじゃないか、そんな詮無い事も頭をよぎる。
「……そっか~、じゃあ心機一転なわけだ。何か遠くに感じちゃうなあ」
しかし、目の前の幼馴染女子は、ぽんと気軽に言葉をかけてきてくれる。こいつはいつもそうだ。何かを達観しているような、何にも惑わされずに自分を自分で導いていける。それでいて周りにもふんわりと軽やかに接してくるというような、誰にも触れられない硬い核を、真綿で何重にもくるんだかのような、そんなメンタル。
「私は変わんないかなあ、目指すとこは相変わらずだし」
何気なく言ってるが、こいつが目指すものは、そんじょそこらの生易しいものじゃあない。それでもなお自然体で言葉を紡ぐこの幼馴染に、僕は心の中が涼風で清められるような感覚を受ける。
僕もしっかりしなきゃなあ、と、具体性にかける妄言を頭の中で呟く。よし、何か戻ってきた。昨日の諸々は、また行き当たりばったりで考えていきゃあいいや、と、その場しのぎ感はなはだしい事を考えつつ、ふと視線を上げたところに、不審な動きの人影が網膜に直に飛び込んでくる。やはり先行きなんて不透明であったわ。
「……」
茶色がかったキューティクル全開のボブは、昨日脊髄に刻み込まれた。その華奢ながら柔らかな曲線を描く体の線も。
駅前のバスロータリーの何故か2番4番の間を行ったり来たりしているぞ……現れたミロカさんは薄茶のブレザーに臙脂のチェックのリボンとスカート。遠目からでもその可愛さはごんごん僕の脳髄に突き刺さるようにアピールしてくるのだけれど、同時に不穏感もフオンフオンとうなりを上げて迫ってくるようで。
携帯を取り出して何かを調べている。そして、はっ、といきなり周囲を見渡すと、僕の姿に気付いたようだ。慌てて並んでいる人の列の死角に隠れたりしている。
一部始終を俯瞰してしまった僕は、この後起こるだろうことも薄々見当がつき始めてきていて真顔にならざるを禁じ得ない。
鉈で割られたような日常パートの唐突終焉を肌で感じながら、それでも僕は一縷の望みを賭け、呼吸を止めて存在感も消し、その隣を足音を殺して通り過ぎようと試みる。だがそれは甘すぎる見通しだった。
「と、と金じゃないのっ! ぐ偶然ね、な、何なら、途中まで一緒に行ってやってもいいんだからねっ」
……すげえよ。縄文時代くらいのすげえ手筋だよ。教科書通りというか、古文書通りレベルのツンで側頭部を殴られた僕は、左に日常、右に異世界を感じながら、自分の精神が真っ二つに割かれていくような、そんな得も言われぬ感覚に身を委ねていることしか出来ない。
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