▲3五小角《ちょろかく》

 「ワイヤー光線」で区切られた「枡目」からは向こうの宇宙空間然とした暗闇と光点が窺えるけど、ガラスかアクリルでも張ってあるかのように、そこに降り立つことが出来た。途端に重力が戻ってきたかのような、下降するエレベーターが停止した時のような感覚が体に来る。


 「九×九」の「盤上」。そこに僕ら……ミロカさん(スカーレット鳳凰)、フウカさん(グリーン反車へんしゃ)、老若男女警官(玉、金、金、銀、と彫られた黒い金属質の『王冠』のようなものを被らされている)、計七名がこちらの陣に、向こう陣営の「二次元人」と対峙する形でいる。


 「二次元人」はオーソドックスな、いわゆる「本将棋」の並びだ。整然と並ぶその姿は、黒い人間大の将棋駒から鉄骨を組み合わせたような手脚を生やした、やはり何かのイベントキャラ的な外観イメージは拭えないものの、表情の無いその異形の姿から立ち昇るのは、はっきりとした「敵意」であるわけで。


「こ、これは……いったい何……だ」


 警官の一人、年配の白髪の男性(玉)が、僕らの後方でもっともな疑問を呈するものの、


「……動かんでええでー、適当に囲われといてくれたらそれでよしや」


 緑のスーツに身を包んだフウカさんが、黒いバイザー越しにちらと振り返りながら後方の四人の警官たちにそう軽い感じで言葉を投げた。フウカさんは僕らを先手番と仮定したら、「5七」の地点で軽く手首足首を振って体をほぐしている。何か場慣れした余裕、みたいな雰囲気を感じる。いや慣れてらっしゃるのだろう。


「……向こうの『利き』に入ることだけは気をつけろ。問答無用の『一手』を放たれたのならば、さしもの我々も防ぐ手立てなく、あっさりと『取られて』しまうからな」


 黒い翼を音も無く、孔雀が如きに展開したミロカさんが重々しく告げるが、そういう説明は先にしておいてもらいたい。


 場には、明らかに重力を孕んでいるだろ、みたいな空気が充満して来ている。何だか胃と食道の間らへんが、締め付けられるような感じもしてきた。


 始まる……っ!!


「向こうは律儀に『一手10秒未満』で指してくるが……当然、こちらはそんなルールくそくらえだ。『二手指し』『三手指し』上等。本能の赴くまま、存分に暴れてみせろ、『レッド獅子』」


 ミロカさんは「2八」の本将棋でいう飛車の初期位置で、両手に銃を握ったまま、腕組みをして立っている。


 その言葉は「8八」に突っ立っている僕に、確かに向けられていた。初めてまともな役職(?)で呼ばれたよ。対局後の折檻を和らげるためにも(いや和らげる必要はあるのだろうか)、やはりここは決めるしかない。


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