△1八玉

 身体に感じる圧迫感と重量はかなりのものだ。それでも、それを差し引いても、


(カッコいい……)


 のだった。赤を基調に、ボディには黒いメタルな質感の防弾チョッキのようなプロテクターが、きちりと体に嵌まり、手先足先は光沢のある白グローブで締めている。色づかいが素晴らしい。


「……やはり、選ばれし者。その『スーツ』の重量は約20kg。それなりに鍛錬をした人間でないと、身に着けて動くことは困難。さらに戦うとなれば尚更。潰れないだけでも大したものだ」


 老人は相好を崩してそう言ってくるが、いや、誂えたかのように体にフィットしてくるので、そこまでの重さは感じない。むしろ体の稼働を先回りしてサポートしてくれるかのような感覚だ。僕は腕をぐるり回したり、膝をよいしょと曲げてみたりする。


 緑映える公園では、赤い姿がよく目立つことだろう。周りを見渡すと、僕と老人以外の人影が無いことが黒いバイザー越しにも確認できた。まあこの不審者たちに近寄ってくるとしたら、制服組しかいないよね……


 ふと我に返れば、ここに至るまでの僕らの怪言動・怪行動は逐一チェックされているのでは。通告来ますよ?


「……要らん心配だ。その程度、欺くことは我々の科学力にとっては容易い。それよりもどうだね少年、我々と共に戦ってはくれんかね」


 「科学力」という言葉を臆面も無く使ってくることに一抹の不安を感じるが、まあこのスーツにしても、どこからどうやって出てきたかは全くの謎なわけで、そこはいいか。それよりも。


「……」


 やはり僕なんかには、世界を救うやら何やら、そんな大それたこと出来やしないのではないかというような、今までの負け犬人生がフラッシュバックして来てしまい、急激に息がしにくく感じられてくる。


 ―やっぱり僕はダメだ。


 力無く、「武装」された腕を降ろす。外見だけ「変身」したって、ダメなものはダメなんじゃあないだろうか。僕は。僕には。現に今も、気持ちは急速に萎えしぼんでいってしまっているのを感じてしまっている。無理だ。


「……お誘いはありがたいんですが、やはり僕は……」


 断ろう、と思って口にしかけた、その時だった。


「……チェストプレス、レッグカール、トライセプスディップス……」


 老人が、悪い笑みを浮かべながら呪文のように唱えだしたその魅力的な単語群に、僕の思考は一瞬止まってしまう。


「シーテッドショルダープレス、ラットプルダウン、スタンディングカーフレイズ……」


 何を……何を言っているんだ?


「……などを始めとした数々のトレーニングマシン、各種バーベル、ダンベルは無論のこと、トレッドミル、プール等も完備してある」


 う、嘘だッ、このご時世にそんなご禁制の品々があるわけ……


「我々の組織を侮ってもらっては困る。いるのだよ、世間には自らの肉体を密かに鍛え上げている人種が、まだ、相当数」


 何……だと? 


「特にこの社会を牛耳る輩に多いのは、不都合な事実。ゆえに我々のような地下組織が必要なわけだ」


 完全にワルの顔になってきている老人は誇らしげにそう嘯くが、それが真実なのだとしたら。


「……ちなみに風呂には、正に湯舟のすぐ隣には、プロテインが最適な濃度で調合されて出てくるマシンがある。……想像してみるといい。ハードなワークの後、汗をざっと流した直後、熱めの湯に半身を浸けながら飲む、キンキンに冷えたプロテインドリンクを」


 ……そ、そんなものが存在するのなら、ワーク後のゴールデンタイムを逃さずに、風呂でのリラックスタイムも共存させることができるじゃあないかッ。


「……少年、答えを聞こうじゃあないか」


 最早、余裕すら見せている老人の言葉だったが、それに答える僕の言葉はもう、ひとつしか無かったわけで。


「僕の名前は、鵜飼ウガイ モリオ。いやさ! ……またの名を、ダイショウギっっレンジャーぁぁぁっ!! ヴェル、メリ、オっ、リィィィィィィオぉぉぉぉぁぁっ!!」


 キメポーズで高らかに言い放った僕の中で、何かが切れるような、外れるような感覚が沸き起って、


 でも振り切れて、吹っ切って、


 ……伝説が始まった。


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