第63話 終末の終結

 ゆっくりとした速度で落ちてきた太陽は、存在を大きくすると同時に地球に被害をもたらしていく。その最たるが熱量である。徐々に気温が上がっていき、日本では感じられない気温まで上がったところで、俺は颯人の名前を叫ぶ。


「颯人!!」

「わかってる」


 全てを察した颯人が地面に手をやると、そこから淡い光が漏れた。それは颯人の手だけでなくあらゆる場所から吹き出し、やがて空を覆う。すると、地球を襲っていた熱量はばったりと失われてしまう。空には薄透明な膜を通して太陽が落ちてくるのが見える。

 どうやら、これが颯人が言っていた生涯で一度しか使えないという奥の手のようだ。

 仕事を終えたと、俺の下へとやってきた颯人が言う。


「これで地球は太陽系が吹き飛ぼうが残る。まず十分間は無敵だ。だが、それ以降は――」

「言われなくてもわかってるよ。俺が落とした太陽は《終末論アヴェスター》が再現した終末世界の太陽だから、本来の太陽は消えてないし。カオスが倒せれば事件は解決だ」


 そう。タナトスが言ったとおりならば、これで全ての片が付く。地球を襲う未曾有の災害は終結するのだ。そしてそれは、《幽王》という仮面の男に一泡吹かせるのには十分だろう。

 なおかつ、颯人はこの終末を踏破できたという事実が出来上がる。別に颯人の実績など微塵も興味はないが、世界の守護者の任を勝手に押し付けた手前、そうであって無くては困る。

 ともあれ、あとは太陽がカオスを消し去るのを待つ。


 それだけのはずだった。


「…………なあ、颯人。カオスが消えるの遅くないか?」

「そう……だな……。かれこれ一分は経ってるはずだ」


 嫌な予感がしてきた。というか、確実にまずい空気だ。

 大技も大技。太陽を直接ぶつけるという荒業に出たというのに、どうもカオスが倒されない。予想外の事態が起こっているとしか思えない。すぐさまタナトスの方を見ると、タナトスは空を見上げたまま静かに口を開く。


「まずいね。予想よりも肥大率が大きかったようだ」

「つまり?」

「もう太陽を当てるだけでは倒せない」

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」


 よくもまあ、そんな恐ろしい真実を口にできたものだ。俺なんて聞いた瞬間に気絶しかけたぞ!?

 もしかしたらと思ったら、そのとおりようだ。戦いは終わっていない。いや、ともすれば最悪の展開だ。間違いなく絶望へと一歩だ!


 計算を間違えたというようなノリでタナトスは言っていたが、もうそんな言葉では許されない。おそらく人類が出せる最大火力の天体落下をぶつけても倒せない。では何なら倒せるのか。答えは出ない。

 タナトスの言葉で場の人間の戦意は挫けそうになる。

 しかし、完全に思考をやめなかったのは諦めが悪いからか。あるいは何かに希望を持っているからか。

 この場で一番終末に相対してきた颯人がタナトスに問う。


「もう一つ太陽を落とすレベルの威力が必要なのか?」


 それは一体何の確認か。

 颯人の問にいち早くタナトスが答える。それは首を横に振る動作で。いわゆるNOを示す意思表示だった。


「いいや。おそらくそれほどの火力はいらないだろうね。予想だけれど、おじいちゃんは今、太陽の威力を押し止めるのに意識を集中しているはずさ。だから、先程までの地球を襲おうとする迫力がない。でも、このままでは確実に太陽は飲み込まれ、最終的にはこの星も消え去るだろう」


 つまりは詰み。最後の切り札は押し止められ、このまま為す術無く蹂躙されるのを待つしかない。

 そう思っている俺を差し置いて、颯人はおかしそうに笑う。一同が何を笑っているのだと視線を厳しくするが、意に介さない颯人はさもありなんと言ってみせた。


「じゃあ、その邪魔をしてやればいいんだな?」


 その邪魔、とは。

 つまり。

 太陽を飲み込もうとするカオスの邪魔であろうか。


 いいや、それは無理というものだろう。タナトスが計算ミスをしたのは、多分大きさを読み違えたからだ。確かに颯人は一度カオスの四分の一程度を消し去ったかもしれない。だとしても、太陽を落とすまでの間に大きくなりすぎたらしいカオスを同じく消し去ることは出来るとは思えない。

 そもそも、邪魔というのがどこまでの威力なのかわからない以上、リスクのほうが大きいと考えられるのだ。ここは冷静になって別の案を考えるべきだ。無駄な時間はそれこそ命取りになるのだから。

 否を唱えようとする俺に勘付いたようで、颯人が俺を見た。


「無理だと思うか?」

「もちろん」

「不可能だって?」

「ああ」

「じゃあ、俺には出来る。お前が否定するなら、俺はその全てを見せつける」

「……やなやつだな」

「知らなかったか? 俺は実力を認めたやつには全力でマウントを取りに行くんだ。だから、お前が否定するなら、俺はその否定の全てを否定するのさ」


 まるで昭和のガキ大将のような傍若無人っぷりには感服してしまう。黒崎颯人はきっと、そういう男なのだと知っていたのに。どうしてか俺は、その姿に頼もしさを感じてしまう。

 言うなり、颯人は俺に背を向ける。そして、小さく言葉を唱えたかと思うと、右半身から極彩色の翼が生えてそれらが腕に巻き付いていく。そうして現れたのは《銀の右腕アガートラム》。正真正銘、正義の鉄槌である。

 それを構えて、渾身の一撃を込める颯人の横に立つ人物がいた。なんと、それは麻里奈だったのだ。


「麻里奈……?」

「ごめんね、きょーちゃん。一人だけ頑張らせちゃって」

「謝ることなんて何も――」

「だから、私もやるよ。これでも、神様を殺す技は持ってるんだよね。まあ、まるで刃が立たなそうだけど…………、でも気をそらすことくらいは出来ると思う」

「……………」


 なぜ諦めないのだろう。作戦は見事に失敗したというのに。勝てるはずだった勝負は思わぬ方向へ向かっている。俺が放った太陽は止められ、それ以上のことは何も出来ないはずなのに。

 希望は潰えたというのに――。


 いいや。いいや、違うぞ。確かに絶望的状況かもしれない。作戦は失敗し、もう打つ手が考えつかないかもしれない。だが、それは最初からそうだったではないか。何一つ変わってなどいない。希望などどこにもなく、あるのは僅かな望みだけ。


 そもそも、希望を振りまいたのは俺だったのではなかったか…………?


「「――集めるは星の輝き

 ――我が望むは邪神を討ち滅ぼす正なる意思なり

 ――我が臨むは悪鬼羅刹を滅する最強にして究極の一撃

 ――我が放つは正を以って義を成す平和への一矢

 ――邪神を屠るが我が正義であるならば――――」」


 カンナカムイに一度放ったことのある技だ。確か名前は《破神の弓》だったような気がする。しかも、それを使っているのは麻里奈だけではない。由美さんが見よう見まねで麻里奈が繰り出そうとしている技を全く同じ言葉を用いて発動しているのだ。

 きっと、それが由美さんの世界矛盾なのだろう。どういう理屈なのかはまったくわからない。けれど、単純に二倍の威力になった《破神の弓》であれば、カンナカムイと違い純粋な神性を持つカオスには効果は抜群に違いない。

 そうして、溜めに溜めた颯人の渾身の一撃は麻里奈、由美さんの《破神の弓》と共に打ち放たれた。


「「故に、貫き通すは限りなく収束する正義なりッッッッ!!!!」」

「う、ぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 空に浮かぶ大きな黒い太陽が三日月のように深く抉れる。

 三人はやったのだ。注意を逸らせたかはわからない。だが、確実にカオスの邪魔は出来ただろう。あとは、太陽が無理矢理にでもカオスを消滅させればいい。ただそれだけだ。

 左目に力を込める。すると、俺の左目から黄金の炎が溢れ出す。熱くもなく冷たくもない。ただそれは奇跡を増幅させようとさらにうねる。

 みんながやってくれたのなら、多少無理をしてでも押し通さねばなるまい。これで世界を終わらせてはならない。この努力を無にしてはいけない。脳が沸騰するかの如く頭痛が凄まじい。しかし、それを無視してもっと力を込める。


 落ちろ。

 みんなの努力は無意味などではない。

 落ちろ。

 誰もが希望も絶望もわからない明日を望んでいる!

 落ちろ。

 地球に住むあらゆる生物は終末を望んでなどいない!!


 だから…………。

 だから……………………。

 だから…………………………………………。


「落ぉぉぉぉちろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 やがて、そのときはやってきた。

 綱渡りでバランスを崩した芸者が地面に落ちるように。あっけなく、あるいは一瞬で。黒い太陽は灼熱の星に押し負けて飲み込まれていく。そして、そのままの勢いで太陽は地球へと激突する。激しい衝撃波と熱を持って地球もろとも消え去るはずだったが、十分間の無敵状態に間に合って地球は何事もなかった。

 《終末論》の機能をオフにすると、再現されていた終末は消え去り、眼前の太陽は無かったかのように消え去る。全て終わった。これで全てが救われたのだ。

 愛する者。守りたいと願った者を見つめる。元気そうな優しい瞳は俺を見つめていてくれた。

 安堵に包まれたからだろう。今まで我慢していたものが全て出てきた。

 口から目から耳から鼻から、皮膚が開裂してはち切れんばかりに体中から血液は吹き出す。これが《夜の落陽》の副作用。発動中は耐えられたが、停止した瞬間に全身の血液が吹き出したのだ。


 誰もが驚き慌てる中。朦朧とする意識の俺の目には、どこから現れたのか小さい黒い太陽が映っていた。

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