第61話 幸せを願うモノ
「………………まさか」
場の空気が疑問で包まれる中。
タナトスだけがそうつぶやいた。本当に驚いたような顔を見るのは、もしかしたら初めてかもしれない。虚を着けた回答ができたなら、少しはしてやったり顔を見せつけたほうがいいだろうか。いや、それは必要ないか。
小さく頷いて、俺は頭の中で固まりつつある攻略法を語っていく。
「そのまさかだ。《
俺は颯人の過去の中で無限とも言える終末を体験した。だが、そのどれもが扱えるわけじゃない。俺が使えるのは颯人の世界矛盾と同等の終末だけだ。
では、どうして《完全統率世界》しか使えないのか。簡単だ。颯人が持つ過去のイメージと《一秒の定義》というキーワードを得られたからだ。
そう考えれば、俺の記憶には颯人の過去のイメージが丸々入っている。あとはそれを具現化させるキーワードさえ手に入ればあるいは……。
まあ、終末を具現化すると何かしら甚大なダメージを負うから、本当だったら嫌なんだけど。今回はそうも言ってはいられない。願わくば、俺自身を傷つけるものじゃなけれいいんだけどな。あれ、チョー痛いし。
未だ納得がいかないタナトスに俺は苦笑いを浮かべてつぶやくのだ。
「太陽は、もう一度落ちてるんだよ、タナトス。それを再現する」
「――ざけるな。ふざけるな!! テメェ、それがどういうことかわかってるのか! 確かに太陽は過去に落ちてる。
そう、ただぶつかるだけじゃない。高威力と高威力がぶつかれば、その余波はきっと周りにあるものにも及ぶ。端的に言えば、地球に迷惑がかかる。それも、尋常ではない威力の迷惑が。
でも、それは俺が知ったことじゃない。それは、颯人がどうにかすることだ。俺は世界に選ばれた守護者じゃないし、そもそも世界を守ろうなんて考えてないんだから。
それに颯人はまだ、力を隠してるみたいだしな。
怒りで血走った目をする颯人の肩に手を置く。そして、これ以外にはないんだという想いで答える。
「全部わかってる。わかってるんだ、颯人」
「だったら!! …………だったら、なんでお前はそれを選べる。どうしてその選択肢を選べるんだ……」
「俺はバカだし、強くもないし、そのくせ守りたい人が多い。俺はな、颯人。人を守りたいんだよ。決して世界を守りたいわけじゃないんだ。だから俺は世界に選ばれないし、いつまで経ってもお前の言う正義にはならないんだ。それに、世界はお前が救ってくれるんだろ?」
「…………簡単に言ってくれるな。俺だって――」
わかってるんだ。颯人がそうやって苦悩していることも。
わかってたんだ。颯人がもう行き詰まっていることも。
大切な人を守りたい。でもそれは世界が許してくれない。だから、分不相応にも世界を守ろうとして、いつからか世界の守護者として祭り上げられた。それでも救えないのは大切な人か、あるいはその人が暮らす世界か。
颯人にはもうわからないのだ。自分が守っているのが世界なのか、自分が愛する人なのか。
「人がすることには限界がある。どんな天才や鬼才だって、世界を守る傍らで人は救えない。まして、命よりも大切な人なんて救えるはずがない。だから颯人、俺がお前の大切な人を守ってやる」
「…………な、に?」
「俺には世界は救えないよ。そんな大きなものは俺はいらない。俺はただ、周りのみんなが笑っていてくれたらそれでいいんだ。だから、世界はお前にくれてやる。そのかわり、お前の大切な人くらい、俺に守らせてくれないか?」
分不相応はお互い様。なら、相応の力で相応の事を成し遂げよう。世界も人もなんて選べないなら、信頼できるやつに片方を預けよう。そして、お互いがお互いの大切なものを守り続ければ、世界は平和なものに早変わりする。
諦めたのか。あるいは呆れたのか。颯人が吹き出すように笑う。
笑うことないだろ。こっちは案外真剣なんだぞ?
すると、笑ったことを謝るように目頭に浮かぶ涙を拭って、颯人は持ち前の快活な表情で言う。
「そりゃあ安心だ。この世に、お前以上に人を守ることが似合うやつはいないよな。そいつに美咲を預ける――ああ、安心だ。憎たらしいくらいに安心だよ、ったく」
「わかってくれたなら、早々に始めるぞ」
「ああ。でも、俺は何をしたらいい?」
わかってくれた颯人が切り替えて何をすればいいのかの提案を仰ぐ。
もう颯人がやることは決まっている。文字通り世界を守るのだ。そのための方法は、きっと颯人は持っている。あのときの言葉が本当なら、な。
「神埼家のパーティで、お前言ったよな?」
「あぁん? 何をだよ?」
「神々の力や星々の力を使うってさ」
「…………
ニヤリと。
全てを理解したらしい颯人がよくそんな事を覚えていたなというように感心していた。そりゃあ覚えているだろうさ。なにせ、その言葉はあの戦いで本気を出していなかったという証拠なのだから。
さて、これで下地は出来た。あとは太陽を落とす方法だけだ。
そして、それを持っているのはタナトスだけだ。
タナトスの方を見ると、何やら腹を抱えて宙を回っていた。いや、あれは笑いを堪えているように見えるぞ? このクソ時間がないときに、アイツは一体何にツボったんだ?
呆れることすら忘れ、笑いそうになっているタナトスに声をかける。
「それで? 教えてくれるのか、タナトス」
「あ、あ、あ…………ククク…………フ、ハハハハハ…………ア、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!」
「うるさいし、面白くないし、何よりうるさいからな?」
堪えられなかったのか、あるいはよほど面白かったのか。ともかくタナトスが笑い出す。その笑い声がとても大きく、あるいは世界中に響き渡るのではないかというもので。危うく鼓膜を破られるところだった。
さて、何がそんなに面白かったのかはさておき――いや、置けなかった。
「いいよ。いいよいいよいいよいいよいいよ!! やっぱり、最高じゃないか、君!! アッハッハッハッハ!! ククク……太陽を落とすとか……バカだ、君バカだよ君!!」
「あのなぁ……バカって言ったほうがバカなんだぞ?」
背後で密かに麻里奈が「そういう話じゃない」と突っ込まれた。
ともすれば、タナトスは泣き出すほどに笑いながら、妙な事を呟いた。
「やっぱり、彼女とは大違いだ」
「あぁん? 今なんつった?」
「いいや、こっちの話さ。さて、なんだったかな…………そうそう、ニュクスの眠りだったね」
うそぶくように躱されたが、まあ確かにそれどころではない。
やることは決まり、俺はタナトスにニュクスの眠りについての話を聞き始めた。用意はできた。準備は完璧ではないが、もうやるしかない。チャンスは一度。失敗すれば全てが黒い太陽に飲み込まれる。
世界が終わる瀬戸際。これほどまでに心が荒むシチュエーションはないだろう。というか、どうして俺がここに立っているのかをぜひとも問いたいくらいだ。でも仕方ない。仕方ないで済ませられる俺がもう嫌になるが仕方ない。
そう。仕方ないから世界を救うのだ。そこに住む人々を救うのだ。これは幸せを願う明日を取り戻すための戦いなのだから。
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