第6話 魔義眼のすゝめ

 神様の世界だとか、神様のお墓だとか、麻里奈が神様の世界に住んでいるとか。ただでさえ、考えさせられることが多いっていうのに、タナトスのやつは俺に一体何を渡すって? 神々の目とか言ったか? えぇ?


 いろいろと限界が来ている俺の脳内では、タナトスに喧嘩腰な態度でいた。ただし、面倒なことになりそうなので、口には出しはしなかったが。

 正直、俺は神様だとかいう世界はド素人だ。というか、俺の記憶ではついさっきまで一般市民で、人畜無害のただの高校生だったはずなんだ。それが、目を開けたら神様に関わる関係になってましたなんて、笑いたくても笑えない。

 だが、図らずしてやると言ってしまったし、何より手のひら返しをしても死ぬだけだと言われれば、もう断ることなんてできやしない。俺にはまだ、死ねない理由が少なくともあるのだから。


 俺の視線が麻里奈を捉えると、こっちを見ていた麻里奈と目が合い、麻里奈がいつもの笑顔を見せて、首を傾げる。それまで考えていたことを思い出して、俺は少し顔が熱くなって目をそらした。

 やがて、墓を進んだ先に一際大きい墓があった。その前までやってきて、タナトスは立ち止まった。そうして、俺たちの方へと向き直ると、大手を振って口を開く。


「ここが目的地さ」

「……墓、だよな?」

「ああ、墓だね。と言っても、この墓は別さ。これはね――」

「なんで……」

「どうしたんだ、麻里奈?」

「だって……嘘……なんで、カインの墓が神々の世界にあるの!?」


 カインの墓? 一体、麻里奈は何を言っているんだ?


 取り乱す麻里奈を見て、俺は首を傾げるが、どうやら意味がわかるタナトスは肩を竦めてみせる。今日に至って麻里奈の久しぶりな姿を多く見てきたが、この取り乱しようは本当に危険なものに触れているというもので、少し俺も戸惑った。

 今から触れようとしているのは、確実に危険なもの。しかし、それを必要としているのは俺のこれからで。触れなければタナトスの条件はクリアされない。最悪、人類史がさよならしてしまう。非常に悩ましいところではあるが、俺に何かをさせようとするタナトスを信じる価値はありそうだ。


「それで、そのお墓の前で、俺は何をすれば良いんだ?」

「お、話が早くて助かるよ。君には今から――」

「待って! タナトス、私の質問に答えて! どうしてカインの墓がここにあるの!?」

「はぁ……君は話がわからない人間だね。この際、誰の墓がここにあろうと関係ない話だろう?」

「世界に見捨てられた最初期の人類の墓がここにある事自体が、大問題なんだけど!」


 世界に見捨てられた……?


 どうして、タナトスと麻里奈は一般人がいるというのに専門用語のオンパレードを繰り広げようとするのか、まったくもって意味不明だ。話についていけない人間の立場にもなってもらいたいものだ。

 とにかく、俺が今から関わるものはタナトスにとっては有用で、麻里奈にとっては困るものなのだろう。今は、その程度の理解にしか至れない。


 どうしても引かない麻里奈にタナトスは負けたように口を開き始める。


「彼にも説明をしなくちゃいけないし……仕方ない、面倒だけれど話そうか」

「面倒って言葉は聞きたくなかったけどな。まあ、説明してくれるならそれに越したことはないか」

「きょーちゃんは気にならないの!? 今からされることに疑問の一つも沸かないの!?」


 俺の気のない言葉に麻里奈は激昂する。


 今どきの子供は、周りに関心がないとよく言われるが、その最たる存在が俺であるとよく言われるので、気にはしていなかったが、麻里奈のように気にするほうが自然なのだろうか。どうも、周りへの関心が薄いので、なんとも言えない。


「いやだって……タナトスって、言動はぶっ飛んでるけど、俺を必要としているのは確かみたいだし。今以上に悪いことにはならないだろ?」

「そうそう。全く、怒ることしか能がないメス犬にも見習ってほしいものだね」

「誰がメス犬だって!?」

「君の彼に対する態度を正直に述べてみたのだけれど、違ったかな?」

「ち、ちがっ……私はきょーちゃんのことが――って、何聞いてるの、バカ!!」

「痛っ!? ちょ、麻里奈なんで叩いた!?」


 理不尽だ。何もしてないのにひっぱたかれるなんて。てか、麻里奈は今、なんて言おうとしたんだ?


 タナトスの見透かしたような目で見られた麻里奈が、悔しそうな顔で睨み返すが、先程の話を蒸し返されたくないようで、やっと麻里奈が口を閉じた。

 そして、タナトスの口からここに来た理由を告げられる。


「メス犬の質問に答えるなら、カインの墓がここにあるのはカインが神々にとって有益な功績を残したからさ。人類史には、その功績は書かれてはいないけれどね」

「……その功績ってのは?」

「カインは人類最初の殺人者として名前を残しているが、神々の中では魔義眼の製作者として名高い」

「魔義眼?」

「魔法を宿した義眼のことさ。カインは、イドに流された後、持ち前の器用さと頭脳を駆使して、神々の義眼を作成したのさ」


 神々の義眼。きっと、俺が今から手に入れようとしているのはそれなんだろう。でも、神様たちの義眼が俺に適応されるのだろうか。それに、ただの義眼じゃなさそうな事も言っているし、俺が手に入れようとしているのは、一体どんなものなのだろう。

 一抹の不安はあるが、この期に及んでタナトスが裏切ることはないと思っている俺には、どうしても麻里奈のようには思えない。

 もしかしたら、俺は普通ではないのだろう。それが、タナトスによってもたらされた変革なのか。それとも元からのものなのかはわからない。こんな風になったことがなかったので、どうなのかはわからないが、麻里奈の姿を見る限りで、俺が変であることは明確だ。

 それでも、俺は進まなければならない。後戻りができないのなら、俺は前に進むしか無いのだ。


「それで、その魔義眼? とかいうやつを俺に渡そうっていうのか?」

「そうさ。しかも、君に渡すのはカインの最後の作品にして、最高傑作。神々を見通す魔義眼。銘は《終末論アヴェスター》。君の、新たな左目だよ」


 麻里奈は口に手を当てて驚き、タナトスはニッタリとニヤつき、そして俺はわけがわからないと眉をひそめるのだった。

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