第4話 至福の幼馴染
まぶたが重い。体が目覚めるのを拒否しているようだった。
しかし、意識だけは目を開けるように急かしてくる。がんじがらめの中、体の方が負けを認めるようにまぶたが開かれる。すると、まず視界に入ってきたのは見慣れない天井で。次に感じたのは、布団の感触だった。
どうも、俺はどこかの布団で寝ているらしい。けれど、どこで寝ているのかまでは、まるでわからない。もしかしたら、病院かそれに属するものかもしれない。
現状把握のために、上半身を起こすと、俺の目に飛び込んできた景色に絶句した。
そんなに広くない部屋だが、見る限りすべてが木造。しかも、黒みを帯びた木材は非常に硬そうで、どう見ても安い木材には見えない。そして、俺が寝ていた布団は、新品のようにキレイで、俺のために購入されたような感じがした。
そして何より、外から聞こえる音が、風で森林が揺らめくような音しか聞こえない。俺が住んでいた街で、ここまで静かな場所はない。つまり、ここは俺の知らない場所の可能性が非常に高いということになる。
「そう言えば、あの野郎。俺の体を再構築するとかなんとかって……。まさか!」
俺はすぐに自分の体を触って確かめる。が、体は見たことも触ったこともあるもので。一瞬心配した、体が別人になってるなんてことはなかった。別に、体が美少女になってて胸をぜひとも触ってみたいなんて思ったわけじゃない。……ほんとだよ?
にしても、タナトスのやろう。人に番狂わせがどうの、力がどうのとか言っておきながら、姿一つ見せないなんて何を考えてるんだ。というか、ほんとにここどこなんだよ……。
いろいろとイレギュラーなことが起こりすぎたせいで、さすがの俺もキャパオーバーを起こし始め、誰かに説明を求めたいと頭を抱えだす。
本当ならば、ここでタナトスにすべてを説明させて、きちんと納得の行くようにしてもらいたいのだが、当の本人が見当たらないのだから目も当てられない。
しかして、俺が困り果てているところに救世主は現れた。
「きょーちゃん……? きょーちゃん!」
「おわっ!? ま、麻里奈? お前、どうしてここに?」
「もうっ! 心配させて! もう起きないんじゃないかって……私……」
俺の胸に飛び込んでくるなり、泣きじゃくり始めた少女は、麻里奈だった。こんなにも取り乱す麻里奈を見るのは久しぶりで、どうにも歯がゆく感じてしまう。しかも、麻里奈の姿が浴衣のような和装なので、美しいのと珍しさでどうも言葉がうまく出てこない。
自分自身を落ち着かせるために、幾度か深呼吸をしてから、麻里奈の肩を掴んで少し離すと、今聞きたいことを選んで口にする。
「麻里奈、ここは?」
「……私の家」
「麻里奈の? でも、麻里奈の家は――」
「正確にはお婆ちゃんの家なんだけど、今は修行のために住んでるの」
そう言えば、祖母の修行が大変だみたいなことを言ってたな。まさか、家に住み込みだったとは。
にしても、どうして俺がそんなところに?
「おじさんたちからきょーちゃんの面倒を任されたときに、きょーちゃんの生体反応を読み取る術を教えてもらって、逐一調べてたんだけど――」
「待て、それ初耳なんだけど。何? 俺、監視されてたの?」
「……? とにかく! 反応が見られなくなって、慌てて探しに行ったら、きょーちゃんボロボロの姿で倒れてて……ここに運んできて、三日間も起きてくれないし」
……そうか。
とりあえず、生体反応云々はあとで両親に聞くとして、麻里奈には心配を掛けてしまったらしい。中学生になって以降は、麻里奈のこんな姿を見るのは本当に久しぶりだ。何でもできる麻里奈にとって、友達や幼馴染なんかの普通の関係は、俺の想像以上に大切なものなのかもしれない。
心配をかけてしまったお詫びに、今泣きじゃくる麻里奈の涙を拭おうと手を伸ばすが、うまく涙が拭えない。どうも遠近感が狂っているようで、麻里奈の頬に触れようとしてスカしてしまう。おかしいと思って自分の目に触れようとすると、その手を麻里奈が止めた。
「麻里奈?」
「遠近感がおかしんでしょ?」
「あ、ああ」
「ごめんね……私がもうちょっとしっかり見張ってれば、きょーちゃんの片目がなくなることはなかったのに」
いや、見張るって怖いから。俺そんなヤンデレな幼馴染要求してないから。
……て、え? 片目がなくなる?
俺の手を優しく掴む麻里奈の手をそのままに、ゆっくりと右目の方に持っていき目の存在を確かめて、次に左に持っていくと、そこには暗闇の存在を感じた。
どうやら、俺の左目はなくなってしまったらしい。左目の欠損に気がついた俺の目の前で、泣きじゃくる麻里奈は小さく謝罪を繰り返していた。一つも……ただの一つでさえも否はないはずの麻里奈が、謝罪を繰り返すのは間違えている。そうは思えても、そう口にはできなかった。
あまりにも、麻里奈の表情が悲壮で彩られてしまっていたから。表面的な言葉は、逆に麻里奈を傷つけるだけだと思って、俺は少し言葉を選んだ。
そうして、選びぬかれた言葉とともに、俺は麻里奈の頬に慎重に触れた。
「両目を失ったわけじゃない。まだ、俺の右目はお前を見てるよ、麻里奈」
キザか? いやー、キザ過ぎたかな?
でも、麻里奈が少しだけ安心したような顔になったので、このことは黒歴史として丁重に記憶の奥深くに押し込むと同時に、少し前の俺を想像の中でぶん殴っておいた。
それから、麻里奈が落ち着くまでの間、布団の上で泣いている麻里奈をあやしていた俺は、慣れ親しんだ幼馴染の香りを久しぶりに堪能していた。昔からわからず、人を安心させる香りのせいで、きっと片目を失った現実を前に発狂せずに要られたのだろう。
それに、片目を失った本人よりも先に泣きじゃくられては、おちおち悲しんでもいられない。無意識にも、人を落ち着かせる才能を持つ麻里奈は、本当に救世主になり得るのだろう。何よりもかわいいし。
かわいいは正義だ。どんな悪も、かわいいの前には手も足も出せはしない。核兵器の発射ボタンだって破壊可能なものこそ、可愛いという人類が生み出した最大の暴力だ。
つまり、何が言いたいかって言うと、俺の幼馴染がマジで可愛い。
「君の幼馴染自慢も大概だけれど、そこまで行くと逆に清々しいほどに変態だね」
「言ってろバカ。てか、登場が遅いんじゃないか、タナトス?」
「まあ、それほどでもないさ」
俺が目覚めて、もうすぐ三十、四十分くらいだろうか。神様の登場にしてはずいぶんとゆっくりしているのではなかろうか。まあ、その分、麻里奈のぬくもりを感じられたからいいが。
さきほどまで泣いていた麻里奈が上半身を飛び起こすと、タナトスのほうを見たまま硬直する。そりゃあ、宙を浮く少年が現れたのだ、驚いて硬直するのもわかるけど、なんだか様子が変だぞ。
確かに、タナトスの登場で驚いた麻里奈は硬直していたが、次の瞬間には驚きによる硬直ではなく、なんだか空気をピリつかせるような硬直になっているような気がする。
果たして、俺の予想は当たっていて。麻里奈の次の言葉で、空気が割れるような音がした。
「なんで、神様がきょーちゃんにつきまとってるの?」
「……怖いなぁ。そんなに睨まれると、ついサクッと殺ってしまいたくなるだろう?」
「いや、お前らが話してるほうが怖ぇよ、まじで」
子供が両親のガチ喧嘩を見るような怖さだよ、ホント。震え上がってるもん、俺。
タナトスはさすが神様というだけあって、人間である麻里奈と本気で喧嘩腰になっているわけではなかった。そのため、すらりと麻里奈の視線を避けると、俺の方へとやってきて手を差し伸べる。
「さて、約束通り君に力を与えよう。とはいっても、もう三分の一は与えたんだけれどね。とりあえず残りを与えないと話にならない。来るかい? 今ならまだ、引き返せるよ」
「引き返したら地獄行きだ。残念ながらまだ死ねないんでね」
力を与える、なんて。魅力的な言葉だ。男の子なら、きっと一回は夢に見る言葉なのではないだろうか。不覚にも、そう思えてしまう俺は、確かに普通ではないのだろう。少しニュアンスが違うにしても、タナトスが言ったように、俺は普通をかなぐり捨ててしまったらしい。
「じゃあ、行こうか。御門恭介くん?」
「計画通りって顔だな、全く……」
ただ一つ嫌なことがあるとすれば、それはきっとタナトスっていう不可思議な存在を前にして、ワクワクする自分がいることだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます