第四話 シャノ

「なんだ、ガトラじゃないか。帰ってたのか」

 口髭を蓄えた壮年の男が扉から顔を覗かせている。ガトラは男に応えるように右手を差し伸べた。

「シャノ、ただいま。さっき戻ったばかりなんだ」

 シャノと呼ばれた男がガトラの手を強く握る。さあ入れ、と扉の内へ招き入れた。

「他の者達には会ったか」

「ああ、ひとしきりな」

「水臭いな。言ってくれれば皆を集めて歓迎会を催したのに」

「そんな大袈裟なもんじゃないさ」

 静かに奥から出てきた女性がテーブルにカップを置く。

「…おかえりなさい、ガトラ」

「アナトアも久しぶり。ああ、茶は大丈夫だ。行く先々で振る舞われたので、腹が膨れてしょうがない」

 アナトアと呼ばれた女性は穏やかな笑顔で応えると、カップを置いた盆を抱えて部屋の奥へと戻っていった。

「ロマーノ翁はいるか?」

「集会所じゃないかな。ウルヴンも行っていると思うが」

 ガトラは舌打ちして呟いた。

「なんだ、あいつ。そうならそうと先に言えばいいのに…。シャノ、ありがとう。積もる話もあるが、今夜にでもゆっくりとな」

 ガトラが座ったばかりの椅子から立ち上がった。

「もう行くのか」

「ああ。今年は若が」

 先ほどまで笑顔が絶えなかったシャノは、ガトラの言葉に顔を引き締めた。

「そうか…そうだったな。十二分に猶予はあると思っていたが。いつの間にかそんな時期か…」

 シャノの呟きにガトラは黙って頷く。しばらく沈黙の時が流れた。

「安心しろ。真実を知る我らは最後までその責を全うするつもりだ。気がかりなのはノアだな…。若かったし、あれには伝えないままだったが、果たして良かったのか…」

 考え込むようにこぼすシャノの肩をガトラが優しく叩いた。

「感謝してるよ。ロマーノ翁にもアナトアにも、お前にも。…大丈夫だ。ウルヴンには考えがあるらしいから、俺もそこに任せるつもりだ」

 ガトラが扉へと向かう。アナトアも再び顔を出し、シャノと二人で見送った。

「まだ時間はある。…なあに、きっと皆が笑える旅立ちに出来るさ」

 そう言って、ガトラは立ち去っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る