第五話 夕食

 母さんが慌てて夕食を作っている間、俺たちは裕二さんと対面に過ごすこととなった。



「僕達はこうして喋っていたけど、由樹くんたちは今まで何をしていたんだい?」

「⋯⋯格ゲーを」


 にこやかに問う裕二さんに俺は少し躊躇いがちに答えた。


 実の娘が格ゲーをしてたって知ったら驚くよな。


 裕二さんの反応を俺は恐る恐る待っていた。


「格ゲーか、そうかそうか」


 だが俺の予想とは裏腹に裕二さんは微笑を交え、小刻みに頷いた。


「どうだい、紗英は強かっただろう?」

「えっと、⋯⋯はい。格ゲーはかなりやってますが、その俺よりも遥かに強かったです」

「紗英は家でずっとゲームしてたからな」

「えっ⋯⋯」


 俺は間の抜けた声を漏らした。

 驚いている俺を見て裕二さんは一回頷き、その後もう一度口を開いた。


「僕は仕事が忙しくてね。家に帰るのはいつも夜遅く。当然夕食も夜遅くなってしまう。それまで紗英は家で一人で僕が帰ってくるまで暇だから、暇つぶしになるようなものをと思ってゲームを買ってあげたんだ。それから紗英はゲームにハマってね。休日、紗英とゲームをして遊んだりするんだけど、全然勝てなくてね。ゲームを買った当初は僕の方が勝っていたというのに」

「俺達と⋯⋯同じですね」


 俺と光は当然として、紗英ちゃんも同じ穴の狢だった。

 失った親は違えども、寂しさは同じだ。

 裕二さんは紗英が暇だからと言ったが、実のところ、紗英ちゃんは暇だったのではなく、寂しかったのかもしれない。

 それは俺たちも同じだからよくわかる。

 だが、紗英ちゃんは家に一人。対して俺達は二人。

 紗英ちゃんの寂しさは俺たちが想像しているよりも寂しいものに違いなかった。


「⋯⋯」


 俺の右隣に座っている紗英ちゃんは少しうつむき、恥ずかしそうにしていた。

 また無口に戻ってしまった紗英ちゃんを尻目に残念に思いつつ、俺は裕二さんに向き直った。


「そういえばなんですけど、紗英ちゃんの学校って?」


 それはゲームをする前に光の部活のことについて考えているときに思ったことだ。

 そもそも紗英ちゃんと裕二さんがどこに住んでいたのかすらわかっていなかった。


「君たちと同じ学校だよ」


 裕二さんの返答は俺にとって意外なものだった。


「うちの高校を受けたんですか?」


 この地域には高校が三校ある。

 母さんが再婚すると決めたのはいつかはわからないがそう昔のことでもないだろう。

 中学校3年生にとって高校入試は1月に行われる。

 その時点でうちの高校を受験しておかないと俺たちと一緒の高校に入ることは叶わない。


「そうだよ。そもそも僕たちはこの近くに住んでいたんだ。まあ、近くに住んでいたからこそ佳子さんに会うことができたんだけどね」


 テレた表情で料理を着々と進める母さんを見る裕二さん。

 その視線はまさしく、愛するものに向けるそれだった。


「じゃあ光と同級生ってことですね」

「そうだね。光ちゃん、紗英のこと頼んだよ。由樹くんもね」

「はい。任せてください」


 裕二さんに返事を返したのは俺だけだった。

 光はうんともすんとも言わずただそっぽを向くだけ、紗英ちゃんは裕二さんのその言葉に「ちょっとお父さん」と口から出るのを我慢しているそんな反応を示していた。


「見ての通り紗英は恥ずかしがりやで、なかなかクラスにも溶け込めなくてね」

「⋯⋯」


 紗英ちゃんは裕二さんの言葉に俯く。

 紗英ちゃんの表情はその長い髪で隠れるが、顔など見ずとも暗くなっているのは明らかだった。


「きっと大丈夫ですよ、紗英ちゃんは。それは裕二さんがよくわかっているはずです」


 俺の言葉は裕二さんと紗英ちゃんの二人に届いていた。

 裕二さんは呆気に取られた顔をし、紗英ちゃんは俯いていた顔を上げた。


「⋯⋯ああ、そうだね。それは僕が一番わかっているのはずなのに、まさか由樹くんに言われるとは⋯⋯親失格だな」


 裕二さんは自身に向けた嘲笑を浮かべた。


「そんなことないですよ。いつでも裕二さんは紗英ちゃんの心の支えだったはずです、ね?」


 俺はそう言うと紗英ちゃんの方へ向く。

 すると返事は重い頷きで返ってきた。


「紗英⋯⋯」


 突如訪れた静寂は食欲をそそる匂いと共に一瞬にして消え去った。


「どうしたの?この空気は」

「えっと⋯⋯」


 この空気に耐えかねて反応に困った俺は、お茶を濁すような返答しかできなかった。

 ただそれだけ、たったそれだけのことで母さんは何かを察したのかその空気感に似つかわしくない優しい笑顔を作った。


「まあとりあえず食べましょう。お腹減ってるでしょ?」

「実はさっきからお腹ペコペコで」


 母さんの作ってくれた空気の流れに沿い、俺はテンションを少し上げお腹を押さえた。


「じゃあ、食べようか」


 裕二さんもその流れに乗り食事を取ることとなった。


「それじゃあ、いただきます」

「「「いただきます」」」


 これが新しい家族での初めての食事。

 先程の空気はどこへやら。

 我が家のリビングには新しい空気が流れていた。


「ごちそうさまでした」


 食事を終えるのにそう時間はかからなかった。

 ただその時間は甘美なもので、この時間が毎日続くのかと思うとそれだけで心が踊るようだった。

 食事を終えると、各人お風呂に入り、その後光は自室へと戻り家族団欒とはいかなかったが俺と紗英ちゃん、母さんに裕二さんは色々な話をした。

 俺について大部分で言えば家でのこと、学校のこと、趣味のこと、それから幼少期のこと。

 紗英ちゃんについては同じく家でのこと、学校のこと、趣味のこと、そして幼少期のころ。

 話を聞いていると紗英ちゃんと俺は趣味が似ていたり、


「おやすみなさい」

「うん、おやすみなさい」


 家族団欒の時間はすぐ終わり、後は寝るだけ。

 母さんたちにおやすみの挨拶を交わし、俺と紗英ちゃんは自室に戻るため一緒に階段を登っているところだった。


「紗英ちゃん、もう部屋は片付いた?」

「⋯⋯」


 俺の問に紗英ちゃんはゆっくりと頷いた。


「早いね。荷物が届いたのって今日の午前だったのに」


 話をしているとちょうど階段を登り終えたところだった。


「それじゃあ、おやすみ紗英ちゃん」

「⋯⋯」


 俺のおやすみの挨拶に紗英ちゃんは腰を曲げて深いお辞儀をし、俺はそれを見てから部屋に入った。

 俺の部屋は光と同じ部屋構成で、部屋にはゲーム機が出しっぱなしだった。


「ゲーム大会やってよかったな」


 今日のゲーム大会で少しでも家族としての距離が近づいた手応えが俺にはあった。

 光はそこまででもなさそうだが、それでも紗英ちゃんに対する態度は変わったはずだ。

 ゲーム機を片付け、その後ベットに入り、電気を消し目を瞑る。

 すると俺にしては珍しく、すぐに意識は闇へと消えていった。

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