諸行無常な恋模様

サカキ

第一話 光

 午前十時

 家のドアが開く音が聞こえた。


「お邪魔します」


 母さんに来客があったようで男性の声が一階から聞こえてくる。

 親しい関係なのだろうか、人を家に上げるなんてそのくらいの理由しかない。


「由樹(ゆき)、光(ひかり)。ちょっと降りてきて」


 来客を家に上げてから少し時間が経ち、一階にいる母さんに呼ばれ俺はニ階にある自室から出た。

 その時ちょうど妹も部屋から出てきたようで一緒に階段を降りることになった。


「光。母さんなんの用だろうな?」

「わかんない。どうせしょうもないことでしょ」


 俺には妹がいる。

 妹の名前は入江いりえ ひかり

 高校一年生だ。

 そして俺は光の兄、入江 由樹ゆき

 妹より一個年上の高校ニ年生だ。

 母はシングルマザーで、幼い頃から今までの俺たちを女手一つで育ててくれた。

 父のいない生活というのは少し寂しい思いもしたが、今の生活でも十分楽しく、母には俺たち兄妹共々感謝していた。

 少し性格に難ありの妹だが、母の要望には四の五の言わず素直に従うのもその為だった。

 階段はそんなに段数なく、すぐに一階に着いた。

 そして、着くと母さんがそこにいた。


「由樹、光。こっち来て」

 

 母さんはそう言い、リビングへと歩く。

 階段からリビングまで、そう距離はない。

 母さんの後をついていき、俺たちは何を考える暇もなくリビングのドアの前まで来た。

 母さんはリビングに入るため、ドアのドアノブを下におろし、ゆっくりと開け、中へ入っていく。

 それに続き俺たちも中へと入っていった。


「こんにちは」


 すると、リビングへ入るや否や男性の声が聞こえてきた。

 その声の主は母と同年代くらいの男性で、その他に妹と同年代くらいの可愛らしい女の子がいた。

 その女の子はこちらを向き、挨拶の一つでも飛んでくるかと思いきや、何も言わずペコリと頭を下げてくるだけ。


 恥ずかしがり屋なのかな?


 俺は反射的に会釈を仕返したが、光はただ立っているだけだった。

 光は母にだけ従順で、他人に対して少し冷たい。

 そんな奴だから兄としては母に向ける態度を他人にも向けてほしいと日頃から切に願っていた。


「ほら座って」


 そう母に促され、俺たちはテーブルを挟み、お客さんの対面に座った。


「由樹、光」

「「?」」


 俺の左隣に座る母さんは、急に真剣な表情をし俺たちへと向き直る。

 急に向けられた視線に俺たちは、頭に疑問符を浮かべていた。


「どうしたの母さん?」


俺たちへと向いたはいいが、何かを話そうとして口籠る母さんを見て、俺はその手助けをする意味で母さんへと声をかけた。

 すると、母さんは一瞬お客さんの男性と視線を向け、その視線に対し男性がうなずくと、視線を戻し、何か覚悟した表情で口を開いた。


「由樹と光に聞いてほしいことがあるんだけど⋯⋯」

「なに?」

「⋯⋯いきなりだけどお母さんね、再婚しようと思うの」

「「えっ!?」」


 母から放たれた衝撃の言葉に俺たちは驚きの声をあげ、表情を固くした。


「相手は目の前にいる男性よ」

「はじめまして。由樹君、光ちゃん。佐々木 裕二といいます」

「は、はじめまして」「⋯⋯」


 再婚相手の男性からの挨拶に、俺たちはまともに返せずにいた。

 とはいえ、光は普通の状態でも何も言わなかったに違いない。

 俺はおそらく何事もなく挨拶しただろう。

 その相手が母さんの再婚相手でなければ。


「僕自身シングルファザーで、偶然出会った佳子さんと意気投合してね。その後色々と話をしたりすることがあって、それで由樹君や光ちゃん、そして僕の子供である紗英さえにとって再婚したほうがいいんじゃないかって」

「子供にとって親は二人いたほうがいいと考えたの。私達は再婚する方向だけど、一番大事なのは子供たちが受け入れてくれるかどうかだから、話し合う機会を作ろうって」


 母と裕二さんの表情からどれだけ真剣なのかが見て取れた。

 俺は母さんの幸せを優先したいから母さんの再婚に反対する気はないけど⋯⋯光がな。

 俺は光に視線を向ける。

 光は下を向き、両手に拳を握り、肩を震わしていた。


「何それ、意味わかんない!!」

「あ、光」

 

 案の定、光は母の再婚を受け入れられずリビングを勢いよく出て、ドタドタと音を立て階段を上っていった。


『ばたん』


 ドアの勢いよく閉まる音を聞き、裕二さんは暗い顔をしつつ口を開いた。


「無理も、ないか」

「いきなり言われたら普通は、受け入れられないわよね」

「⋯⋯由樹君はいいのかい?」

「俺は母さんの幸せを優先したいんです。だから母さんの再婚には特に反対はしません」

「由樹⋯⋯」


 母さんの目には薄っすら涙が浮かんでいた。

 その涙を見ると俺は少し心が

 自分の気持ちを誤魔化すように、俺は目の前で無口を決め込む裕二さんの子供、紗英を見た。


「紗英さんだっけ、君はいいの?」


 俺がそう問うと、紗英は少しおどおどしながらも無言で頷いた。

 それを確認し、先程自室へ戻るため俺の横を通り、リビングを出た光の横顔を思い出す。


 ちょっと心配だな。


「母さん。ちょっと光の様子見てくるよ」

「うん⋯⋯お願い」


 そうして俺は、席を立ち、ゆっくりとした面持ちでリビングのドアを開けた。

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