第250話


寝室はベッド仕様ではなく、ベッドのマットが床に敷かれていて、そのまま枕を置いて眠る『雑魚寝』スタイルだ。

シーナたちがハンドくんから受け取ったのは枕とタオルケットだった。

家族団欒を邪魔しないように離れて窓側にいたが、「キミたちも此方コッチへおいで」とドリトスに言われて顔を見合わせる。


「スゥ〜」


「はい」


ご主人さくらに呼ばれて顔を向けると、同時に顔面に枕が直撃した。


「ナイッシュ〜!」


枕は柔らかいため痛みは小さいが、それでも衝撃はある・・・小さいが。

ヨルクやヒナリ、そしてジタンまでもが笑顔で枕を持っているのに気付いたスゥは『何が始まるのか』に気が付いた。


「・・・ごっしゅじ〜ん」


「やったなー」と笑いながら枕を投げ返す。

もちろん『遊び』のため十分加減しているが。

それが『枕投げ』の開始ホイッスルだった。


「それー」


「きゃあ〜」


「やったなー」


楽しそうに遊ぶ7人にセルヴァンとドリトスは笑っている。

壁側に避難するとかはしない。

枕が飛んでくると『ひょい』と避けたり受け止めたりする。

どんなに枕を振り回しても、枕から羽毛や綿が飛び出ることはない。

それはちゃんと、ハンドくんが『事前処理』済みだ。

以前、さくらがどんな処理をしたのか聞いたことがあったが〖 それはナイショです 〗と言われてそのまま『あやふや』になっている。


「だってー。ハンドくんが『教えてくれない』ってことは『知らなくていい』ってことだもん」


ヨルクが「いいのか?聞かなくて」と聞いた時に、さくらはそう言った。

ハンドくんを信用しているのだろう。

ハンドくんを信頼しているのだろう。

『さくらが困ることはしない』と。


ただし『さくら以外が困ることはする』が・・・




「えーい!」


そう言いながら、枕を掴んでドリトスに飛び込むさくら。

ドリトスは笑顔でさくらごと抱き寄せる。


「さあ。そろそろみんなで寝ようかね」


「ンー。まだ遊ぶー」


ドリトスの言葉に、ヨルクを枕で押し潰していたスゥたちはピタリと動きを止めて枕を手に正座する。


「明日からまた『冒険旅行』に行くんじゃなかったかね?」


「夜更かししたら、明日がツライぞ」


「そうなったら、ハンドくんが運んでくれるもん・・・」


〖 お寝坊さんは置いて行きますよ 〗


「ダメー。ドリぃ〜。ハンドくんがイジメる〜」


「ハンドくんは、さくらのことを心配してるんじゃよ」


ハンドくんたちは、さくらが持っていた枕を『ダッちゃん』と取り替えて胸に抱かせる。


「さくら。無理をしたら、冒険旅行中は別荘ココに来られなくなるぞ」


「それもヤー」


「じゃあ。もう寝ましょう」


ヒナリの言葉に頷いたヨルクがさくらを抱き上げてマットの上に寝かせる。

そんなさくらを、先に寝転んでいたヒナリが抱きしめる。

ヨルクはそんな2人に大判のタオルケットをかけると、さくらの背後に潜り込んで2人を抱きしめる。


「久しぶりね。こうやって3人一緒に寝るのって」


「そうだな。お転婆娘が『家出』するから」


「『家出』じゃないもん。『旅行』だもん」


「きっと、悪いところはヨルクに似ちゃったのね」


「ヒナリ。お前なあ・・・」


〖 さあ、いつまでもお喋りしていないで寝てください。

電気を消しますよ 〗


ハンドくんの言葉に、頭を中央に向けて楕円形になるように寝転んでいるドリトスたちに合わせて、シーナたちも寝転んだ。

枕投げで、やっと緊張感が緩和したのだろう。


ハンドくんが電気を消すと、昼間の海水浴や枕投げで疲れた7人からは寝息が聞こえてきた。


「さくらの指輪は?」


「昼寝の時に」


「そうか。これでさくらを守れるじゃろう」


数ヶ月前、ジタンの『気付き』で判明したさくらのたましいの現状。

少しでもさくらの霊を守るためにハンドくんたちにも手伝ってもらい完成させた、ドリトスとセルヴァンが編み出した魔法。

それをさくらの指輪に付与したのだ。


「もう『ヤった』のか?」


「ああ。さっき」


ヨルクが眠るさくらをセルヴァンの膝に乗せたあと、2人が小声で交わした会話をシーナの耳には届いていた。

それがさらにシーナの心にかげりを生んだ。

シーナに芽生えた嫉妬心は、さくらに対してか前世の夫セルヴァンに対してか・・・

『前世』を覚えていない彼女には分からなかった。






「さくら。いってらっしゃい。ちゃんと楽しんでくるのよ」


ヒナリに抱きしめられてコクコクと頷くさくら。

さくらの今の姿は『ヒナルク』だ。

その後ろに、同じく旅装姿のシーナたちも並んでいる。


「お主たち。さくらのことをこれからも頼んで良いかね?」


「はい!ご主人のことは私たちが生命をかけてお守りします!」


スゥがそう宣言すると、シーナとルーナが力強く頷いた。

以前より・・・この別荘へ来る直前と比べると、シーナとルーナの意思は大きく変わっていた。


「皆さんの大陸は生きていくのが大変と聞きました。

ですが、さくら様もハンドくんも、皆さんに『間違ったこと』は教えないでしょう。

僕の国も、さくら様たちのおかげで大きく良い方向へと向かっています。

きっと、皆さんのことも良い方向へと導いて下さいますよ」


「「「はい!」」」


シーナたちは声を揃えて返事をする。

彼女たちは、すでに『良い方向』へと導かれている自覚を持っていた。


「さくら。改めて、あの子たちに会わせてくれてありがとう」


抱きついてきたさくらを抱きしめて、セルヴァンは小声でお礼を言う。

コクコクと頷いたさくらに「気を付けて行ってくるんだぞ」と声をかけてからさくらを離す。


「さくら。何かあったらハンドくんを通して神様たちに助けてもらうんだぞ」


「そうね。リビングでお茶を飲んで、さくらの心配ばっかりしているわ」


完全に隠居のじーさん&ばーさんの茶話会のように言うが、忘れてはいけない。

彼らは『神様』なのだ。

シーナたちは少し混乱するが、さくらの住まいが『神の館』と言う場所のため、文字通り神様と住んでいるのだと思った。


〖 さあ。『冒険旅行の続き』をしますよ 〗


ハンドくんのところへ戻ったさくらは、みんなの方へと振り向いた。


「みんな。行ってきまーす!!」


大きく手を振って笑うさくらにみんなも「行っておいで」「いってらっしゃい」「お気をつけて」と口々に声をかけて手を振った。



〖 よく頑張りました 〗


そう言ってさくらの頭を撫でるハンドくん。

さくらは泣くのを我慢していたのだ。


『ご主人をあの優しいご家族の元へ帰す』


ヒナリたちに会って、優しさに触れて。

シーナたちは改めてそう誓い合った。


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