拾参 古代林


「ふあ…——ん?」


大きな欠伸をしながら、扉を開けたジョフは、先の様子に小さく声を漏らした。


同時に、ソファに腰を掛け、テーブルに置かれた大量の書物に目を落とすユウが目に入る。

ジョフが口を開いた。


「ユウ、そいつは?」


「…?」


その言葉に、少しピンと来ない様子のユウは、疑問符を掲げたままにその顔を上げるぞ

しかし、すぐその言葉の意味に気がつくと、彼は側の毛玉を優しく撫でた。


「ああ、こいつのことか…」


「グルルル…」


気持ちの良さそうな声をあげ、毛玉だったそれは形を帯びる。

風貌は勇敢な野生の狼のそれではあるが、ユウに喉を撫でられあげられる声は、小動物とでも言ったところか。

そのギャップにか、ジョフは笑みを零した。


「昨日受けた依頼の討伐対象だったんだが…」


「で、使い魔にしたのか。——まさか調教師テイマーの素質もあるとは、お前には驚かされてばかりだな。」


ジョフが関心の声をあげる。

しかし、ユウはそれに、彼自身もよくわからない感覚を覚えた。


「使い魔にしたと言うよりは…えっと…違う、そうじゃないんだ。俺とこいつは同等の立場で___「友人、か。」


「……」


ジョフの言葉に、ユウの動きが一瞬止まる。

痛々しい過去が脳を過った。

——友人だと言っておきながら、結局裏切られた前世の記憶である。


「…友人なんてものじゃない…あんなもの・・・・・とは違う。」


小さくそう声を漏らす。

それに、ジョフはなにか良からぬ場所に触れてしまったのかと、その表情を歪めた。


「——仲間、そう、仲間だ。俺達はおんなじで....同等....」


それを適切だと見出したのか、ユウは柔らかい表情で、自身の手を舐めるその狼を眺めた。


「そうか……」



パタンッ…



ユウは手に持っていた本を閉じ、テーブルへと置く。


「もうこんな時間だったか。俺はもう出る。」


そう言いながら立ち上がると、純刀の鞘から垂れる下げ緒をベルトに結びつけた。


「——よし、ユウ。じゃあ今日は俺が監督してやろう!」


「……?」


突然のジョフの発言に、ユウは思わず硬直した。

しかし、また面倒事になると思考した彼はすぐに動き出し、彼の肩ポンと手を置く。


「——ジョフ、いつも遅くまで疲れているだろ、今日はここでゆっくり休め。」


そう言うと、ユウは部屋を後にする。

そこには、微妙な表情でいるジョフが一人で残されていたのだった。





「——あいつ…流石にわざとだよな…? 尾行が下手なんてレベルじゃないぞ…」


山道にて、スノーの前を歩くユウが呆れたようにそう呟いた。


「そう…だね…」


そう答えたスノーの顔は、落胆というよりかは、こちらもまた、呆れているように捉えられる。


「ポワーン…」


ユウのすぐ隣を歩く雷狼種の狼が、あくびを漏らした。


そうしている二人と一匹、その後方。

やや遠く離れて50mほどだろうか?


山道に並ぶ木々のうちの一本。

明らかに不自然なそれは、両端から肩をはみ出させている。

——ジョフだ。


本当に彼は気づいていないと思っているのだろうか?

そう言いたげな表情のユウが頭を抱える。


肩がはみ出ているのはそうなのだが、木の影を移動しながら尾けている彼は、舗装された道を大胆に跨ぎ、移動しているのであった。

いくらなんでもこれで気が付かない人間などそういないだろう。


「監督ってこう言う意味かよ……」


ユウが小さくそう呟く。


既に声をかけるのすらもバカらしく感じていた彼は、そのままジョフに気付いていないフリをして歩き続けた。


——そうして数時間、辺りにポツポツと遺跡の跡のようなものが現れ始める。


「ここか…?」


それを見て、ユウが小さく問うた。


「ううん、まだ。もう少し…かな?」


スノーがその言葉にそう答える。


彼等の目的地…それは、古代林と呼ばれている地域だった。

ユウ達の拠点としている国、ティミタス帝国。

その首都ティミタスの、北に広がる森レイダルをさらに奥の山までも馬車で数時間かけて超える。

そこからまた数十分歩いてようやく到着する、相当の距離を伴う場所だ。


だが、長い歴史を持つ場所で、そこには失われた技術などが眠っているなどと言われており、考古学者達が集まった街まで存在する。


最も知られている話としては、遥か昔、十数年に渡り世界から一切の戦争行為を根絶した英雄が王として治める大国があったという事にまつわる話だ。


王の名はヨハン——そう、人の身で、神にまで成り上がったとされる英雄だ。

大昔に既に滅んでいるが、この古代林に、彼が治めていた国が存在していたとされるらしい。


考古学者達のほとんどは、長らくここに眠っているとされているヨハン英雄の宝剣、その真相を研究している。


ヨハンが成神した後、その武器を彼の親友であり、当時騎士団長を務めていた——カーサスという男に託したとされている。

彼はその後ヨハンに代わって国を治めていたらしいが、彼のいなくなった途端、各地で戦争が勃発、彼の治めていた国も、真っ先に数ヶ国に攻められ、堕とされた。

その際、カーサスはそこで命を落としたとされているが、ここに関する資料は皆無であり、正確な剣の位置はわかっていない。


さらにはその大国の存在した正確な位置すらも把握できていない。

遺跡の残骸の距離を測れば、もはや大国というよりは連なった複数の王国に相当する。

また、剣の存在自体すらも曖昧であり、一本だとされたいるが、二本存在した、三本存在したなどさまざまな事が言われており、一部の学者達がそもそもそんな剣は存在しないとまで唱えている始末であり、真相は闇の中だった。


「そう言えば、お前の受けた依頼はオーガの討伐、だったか。」


「う、うん。」


しばらく会話のなかったその空間で、唐突にユウはそう切り出した。

スノーは少々動揺気味に答える。


オーガ——それは、頭に一本か二本、巨大な角を生やした人型のモンスターだ。

平均身長3mを軽く突破する巨体を有し、その脅威度は竜種に次ぐとされている。


単純な力だけでも計り知れないのだが、問題なのはその知能の高さだろう。

槍や棍棒、剣や弓など、様々な武器を自作するほか、簡易なトラップを作り出したりと、ゴブリンなどとは比較にならない知能を有す。


発見当初は、冒険者ギルドも彼等を人間だと勘違いしたほどだったが、肝心の声帯器官は発達しておらず、言葉は通じない上に同種間でも言葉によるコミュニケーションは取られない。

また、そもそも群れる事が存在しなかったり、その魔力器官は原始的で、モンスターのそれに限りなく近い。

以上の事から、彼等は“モンスター”であると位置付けられている。


また、前述した通り竜種に次ぐとされるその危険度は、本来ならばBランク冒険者が四、五人で相性のよいパーティを組み、初めて挑むとされる、即ちジェネラルオーク級のモンスターだった。


「ハァ.....」


ユウが一つ溜息を吐いた。

そして口を開き、続ける。


「どうしてこんな依頼受けた?」


「ええっと……」


スノーがその目を泳がせる。

ユウは半目の状態で睨み続けるだけだ。

それに観念したのか、彼女はようやくと口を開いた。


「ギルドの支部で会った、年のおんなじくらいの女の子に……」


「女の子に?」


「ええっと…その…挑戦的にといいますか…オーガを狩ってこいと言われまして…」


段々と小さくなったその敬語に、ユウは呆れた表情で、また一つ溜息を吐いた。


「あまりにも上から目線だったその態度に....つい…」


「調子に乗ったわけだ……」


そう言った後、今日一番大きな溜息を吐いた彼は、それに続けて口を開いた。


「正直に言うと非常にめんどくさい。」


「ごめんなさい…」


「てかなんでオーガなんだ…古代林だぞ、遠すぎだ。それに、理由も理由だ。同年代の女に喧嘩を売られ——」


そこまで言ったところで、ユウはその言葉を切った。


「……ユウ?」


スノーが何事かとその名を呼ぶ。


「——おい、そいつ…ホントに同年代か?」


「え?」


唐突な質問に、スノーは少しうろたえたが、すぐに返答した。


「いや、同年代っていうか、年が近いように見えただけで…あ、でもフード被ってたからやっぱり自信が…」


アハハと、表情を引きつらせながらそういうスノーに対し、ユウはその親指を顎に当てた。


「——服は、何色だった?」


「色? えっと....暗い、赤? ——どうして?」


「……」


ユウは再び考え込む。

そして、口を開いた。


「そんな奴、いたか?」


「…へ?」


思ってもみない言葉にスノーがそんな声をあげる。


「俺は、ジョフのお陰でギルド支部あそこに泊まってるからな、大体の奴らの顔は覚えてる。でも…年の近い女なんて、お前以外に見かけた事は無い。」


「え…? でも確かに…」


「それにフードを被っていたというのも妙だ。ギルドの酒場でもフードを外さない奴なんて、俺くらいだ。しかもその様子だと話してる時も取ってなかったんだろ?」


スノーが小さく頷く。


「——やっぱり、妙だ。そもそもそんな奴記憶に無いし…」


「最近この街に来たんじゃないかな?」


「——そうか…?」



ササッ…



心の中でまだ引っかかりを覚えていたユウのそれを、茂みの揺れるその音が払拭した。

——ジョフだったからだ。


「ハァ…」


ユウがまたも溜息を吐く。

そうして、突然スノーの体を抱え上げた。


「えちょっ! ユウ!?」


スノーが顔を赤く染めながらそう声を漏らす。


「掴まってろよ。」


「へ?」


突然、ユウはそのまま走り出した。

その尋常じゃないスピードに、スノーは先ほど感じていたトキメキにも似た何かを完全に失っていたのだった。





「よし、今度こそついたな。」


ユウが足を止めると、その後ろからワンテンポ遅れて狼がその足を止めた。

と同時に、スノーがその声を上げた。


「ユ、ユウ!」


顔をより一層赤く染め上げた彼女は、ユウの手を振り払うかのように地面に足を着けると、慌ててそこから離れた。


「どうした?」


その行為に、ユウはそんな声を漏らした。


「ユ、ユウはデリカシーが無さすぎる!」


スノーが声を振り絞るようにしてそう言い、指を向けた。


「……?


しかし、ユウの方は一切動じている様子がないどころか、その頭上に疑問符を浮かべている様子である。


「——やっぱり…もういい…」


一人だけで恥ずかしがっていた自分をバカらしく思えて来たスノーは、小さくそう声を漏らした。

ユウはやはりなにか引っかかるような様子でいたが、結局「まあいい、行くぞ。」と、一言、歩き出す。


「そういえば、ユウ。」


「?」


「さっきのは....?」


「さっきの....? ああ、あれか。あれは....足と地面に同極の雷魔法を流して、反発する力を利用しただけだ。」


「.....?」


今度は、スノーがその頭上に疑問符を掲げる番だった。


「——まあ、帰ったら教える。それで? 奴はどこだ。オーガの生息地まで俺は知らないぞ。」


「ええっと…それは依頼者側も把握してないそうで…」


「は…?」


「この地域に出没するらしい、でも正確な位置は不明。」


「……」


ユウが半目で再びスノーを睨む。


「ハァ…なんでこれにしたんだ…」


「うぅ…」


返す言葉の存在しないそれに、スノーは項垂れるだけである。


「——これじゃ罠の張りようもない…」


「罠?」


スノーが疑問符を掲げながらそう呟くように問いかけた。


「ああ、魔力罠だ。サイクロプスくらいのサイズだったらあった方が楽だからな。」


そう言い、ユウはスノーにポーチから取り出した円盤を見せた。

しかし依然疑問符を浮かべる彼女に、ユウは嫌な予感を覚えた。


「——魔力罠とは。」


「え、えっと…


投げかけた問い。

だが彼女はそれに目をそらすだけである。

その様子にユウは溜息を吐いた。


「——魔力罠。一定以上の重量で作動する罠の一種だ。大量の魔力を対象に注入する事で魔力酔いを誘発させる。まあ、高位のモンスターには魔力酔いするほど効果を発揮できないから、もっといい奴が必要になるが。」


「あ、ああ!」


思い出したようにそう言った彼女に、ユウは続いてある結晶を取り出した。


「とりあえず、二手に分かれよう。見つけたらこれを使え。」


そして、それに通信結晶に魔力を込めると、彼女に手渡す。


「それじゃあ。」


「う、うん。」


そうして、二人は別々の道に足を踏み出していった。





「…またこのパターンか…」


ユウが声を漏らした。


先程より、ユウは周囲に魔力を飛ばし続け、レーダーのようにしてモンスターを探している。

しかし、オーガらしき反応は無い。

先程から感じ取れるのは小型モンスターや他の大型モンスター達の反応のみだ。

痕跡を調べてみても、オーガのものと思えるものは無い。


「ハァ…お前の時もこんなんだったんだぞ…?」


そう呟きながら、狼の頭を優しく撫でる。

すると、目を瞑り、気持ち良さそうな声を上げていた。

その姿を暫く眺めていると——通信結晶から声が聞こえてきた。


『ユ、ユウ!』


スノーの声に、異常事態だと察したユウはすぐさまそれを取る。


「どうした!?」


『サイクロプスが…でもなんだか様子がおかしくて…!』



カンッカンッ



通信結晶から、防御魔法でなにかを弾く音が聞こえてくる。



サイクロプスだと…!?

彼女の反応はしっかりとキャッチしてる…でも…あいつは今、一人、周囲には大型モンスターはおろか小型モンスターすらいない…でも、あの音は…



「待ってろ…今行く…!!」


こめかみから冷や汗を滴らせ、ユウは走り出した。

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